タンパク質をとり過ぎると寿命が縮む?ショウジョウバエの実験でわかった「意外な結果」

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ショウジョウバエの寿命を調べたある実験で、意外な結果が明らかになった。摂取カロリーよりも、餌に含まれるタンパク質の量が寿命に影響を及ぼしているというのだ。この事実は長寿研究にさまざまな可能性をもたらす。薬学博士の小幡史明氏が、食と寿命の関係の奥深さに迫る。※本稿は、薬学博士の小幡史明『「腹八分目」の生物学――健康長寿の食とはなにか』(岩波書店)の一部を抜粋・編集したものです。

食餌制限で寿命が延びる要因は

カロリーの制限ではない

 食餌(しょくじ)制限のメカニズムがカロリーの制限であるか否かについては、長い論争があった。

 もしも寿命の制御にカロリーが重要であれば、炭水化物、脂質、タンパク質のどれを制限しても寿命は延長するはずである。また、例えば炭水化物を減らした分、脂質でカロリーを補ってやると、寿命が変わらないということになる。

 他方、もしカロリーが重要ではないとすれば、どれかの栄養素だけを制限したときだけ寿命が延長するはずである。あるいは、これら3つのバランスが大事なのかもしれない。

 ここでは、ショウジョウバエを用いた興味深い実験を紹介しよう。

 一般的には、ショウジョウバエの餌には糖(グルコースまたはスクロースを使うことが多い)と酵母を使う。酵母にはタンパク質が豊富に含まれており、糖や脂質は比較的少ない。特に酵母の抽出物を使うと、かなりタンパク質豊富な餌ができる。

 まず、糖(炭水化物)と酵母(タンパク質)の両方を豊富に含む餌と、両方とも減らした食餌制限餌をつくる。予想通り、両方減らした場合には寿命は大きく延長する。

 さて、では、炭水化物とタンパク質のどちらが大事なのか、あるいはカロリーが大事なのかを確かめたい。それぞれのカロリーは計算できるから、糖を減らす場合と酵母を減らす場合とで同じカロリーになるように餌を調製することができる。カロリーが大事であれば、どちらか一方のみを制限しても(カロリーが減っているわけだから)、寿命は延長するはずである。

 結果は一目瞭然だった。

 糖を減らしても、寿命はそれほど変化しなかった。一方、酵母を減らした場合には、大きく寿命が延長したのである(図8)。つまり、食餌制限で寿命が延びるのは、カロリーの制限ではないことがはっきりと示されたのである。と同時に、この実験の結果から、タンパク質の制限によって寿命が延びる可能性が浮上したのである。

文献14… Mair, W. et al.: PLoS Biol. 3, e223 (2005). イラスト/安斉俊(同書より転載)

炭水化物は寿命の長さに

全く影響しないのか?

 先ほど紹介した実験の結果からは、どうやら餌に含まれるタンパク質を制限することが、長寿スイッチを押すのに大事らしいことがわかった。では、炭水化物は寿命に全く影響がないのだろうか。

 餌の中の栄養素をいろいろと変化させてひたすら寿命を測定すればよいのだが、これはなかなか骨の折れる仕事である。そもそも、栄養操作の実験では、餌にどのような原料(例えばどのようなタンパク質源)を使うかによって結果は変わってくる。また、もともとの餌のバランスがどのようになっているかによっても影響される。

 例えば、たまたま使っていた餌のタンパク質が多すぎただけかもしれない。とりすぎのものを減らせば健康になるのは自明の理である。野菜をとろうというスローガンが成り立つのは、野菜が足りていないからである。野菜ばかり食べる村があれば、おそらく「肉を食べよう」というスローガンが必要である。

 食事の効果を議論するときは、「通常の食事」(実験的にはコントロールと呼ぶ)がどういう状態かを理解し、できればそれにクセがないのが重要なのである。

 もちろん、餌を食べる実験動物の生理状態(運動、代謝など)や遺伝子、あるいは腸内細菌(コラム参照)にもバリエーションがあるから、予想以上にややこしい問題である。

 例えば、アフリカのハエと日本のハエでは、全く違う気候に適応しているので、全然性質が違う。もちろん、日本内でも北と南では違うだろう。低地と高山でも異なる。代謝や運動量、体の大きさや産卵数も違う可能性がある。このような違いを記述し、その原因を考察するのは、生態学が得意とするところであり、そこから面白い情報が得られる。しかし、餌と寿命の関係に生態学的な観点を加えるとややこしすぎるので、ここはグッとこらえて、実験動物側のバリエーションは極力排除して実験を進めよう。

なかなか解消されない疑問

「“満腹”とは一体何か?」

 いったん、実験動物(ハエ)側は1種類であると仮定して、ここでは栄養バランスについてだけもう少し詳しく考えよう。前述の実験では、4種類の餌を準備した。通常の餌、炭水化物が少ない餌、タンパク質が少ない餌、両方少ない餌の4種類である。この結果を、わかりやすく縦軸に炭水化物、横軸にタンパク質をとって2次元の平面上に表すと、4点のデータポイントが描ける(図9)。さて、このようなグラフを描いてみると、とにかく横軸の左側に行けば行くほどよい、つまり、摂取するタンパク質が少ないほど長寿であると錯覚する。

同書より転載

 しかし、タンパク質も、ある一定以上に減らすと栄養欠乏になるはずである。そこで、炭水化物の量を固定して、タンパク質摂取量をさまざまに変えてみよう。すると、タンパク質摂取量が少ないときは短寿命、逆に多すぎる時も短寿命というパターンが見えてくる(図10)。

同書より転載

 実はこれが、食餌制限の難しいところである。全てが程度問題なのだ。ある一定の制限値を超えるほどに減らしてしまうと、かえって健康を損なうのである。

 そうなると、腹八分目でいうところの食べすぎ、つまり満腹というのは一体何なのかという疑問が湧くだろう。

満腹を基準にしつつ

「腹八分目」を見極める

 通常、動物の体内では「タンパク質を一定量摂取したい」という欲求がある。したがって、自由に食事を摂らせると、寿命が最大になる、つまり図10の山の頂点に来るような位置よりも多くタンパク質を摂取する。

 動物は本質的にタンパク質に対する高い欲求(食欲)をもっており、腹八分目を意識しないと老化を早めるほどにタンパク質を食べてしまうのである。腹八分目で長寿になるには、その満腹から少しだけ減らすとよいかもね、といった感触である。

 さて、タンパク質を減らすと健康長寿になるというハエの実験結果をみると「いや、待てよ」と思う読者もいるだろう。健康に関心がある人、いや今や関心がない人でさえ、糖質制限という言葉を聞いたことがあるだろう。

 甘党の方はケーキやチョコレート、そうでない方もご飯やラーメンを食べすぎないように気をつけているのではないだろうか。炭水化物の摂りすぎは肥満やメタボリックシンドロームにつながり、結果として寿命を縮めるはずである。いや実際、その通りである。肥満はそれだけで慢性的な炎症をおこし、慢性炎症は老化を促進する主要な因子である。

 炭水化物を摂取しすぎると高血糖になり、これ自体に毒性があるし、逆に減らしすぎてもエネルギー不足で死んでしまう。だからタンパク質と同じで、適度に制限するのがよいのではないかと思われる。

 およそ口から入る多くの栄養素が、過剰であれば毒になり、欠乏すれば害である。何もタンパク質だけが特別重要ではないのではないか。また、タンパク質の摂りすぎといっても、炭水化物が少ない場合には不足するエネルギー(カロリー)が補えるので、むしろ摂った方がよいということにならないか。

 実験科学は、こういう場合に極めて有効である。直感に反するかどうかはさておき、まずは極めて原理的なところから問い直そう。

寿命が最大化された餌には

どんな特徴があるのか?

 先ほども出てきた、横軸にタンパク質摂取量、縦軸に炭水化物摂取量を示すグラフ(図9)を考えよう。問題は、この二次元に展開された栄養バランスマップ上の一体どこに寿命の最大値が来るのか、ということである。影響するのはタンパク質だけではないはずだ。であれば、右側に偏りすぎても、上側に偏りすぎてもダメなはずだ。

 もちろん、遺伝子や環境要因は極力排除した上で、大量の動物が必要であるから、やはりショウジョウバエに登場してもらおう。さまざまなタンパク質:炭水化物比率(Protein:Carbohydrate ratio,P:C比率)の食事を与えて、彼らがどのくらいの寿命を示すか。

 結果は、驚きであった。実は寿命が最大化されたのは、タンパク質の摂取が少なく、炭水化物の摂取が多い群であった。P:C比率が1:16くらいになるようなところで、寿命が最大化されたのである。

 もちろん、カロリーが大幅に減るような制限ではだめだし、信じられないくらい偏りのある餌ではだめだ。

 でも、「常識的な範囲」では、やはりタンパク質量が低い餌では長寿であり、炭水化物を低くしても、寿命延長効果はあまりなかった。実はこの傾向は、マウスでも同様であることが報告されている。

糖質を制限している人も

恩恵がないわけではない

『「腹八分目」の生物学――健康長寿の食とはなにか』 小幡史明 岩波書店

 では、一生懸命糖質をカットしている私の努力はどうなってしまうのか……と思っている読者の方もおられるかもしれない。それも無駄とも言い切れない。現代に蔓延する異常なまでに甘く美味しい食品群というのは、自然が想定する以上の糖や脂質の過多を誘発する。つまり通常の食事習慣において、これらの栄養素が多すぎるという偏りがある場合は、やはりその制限も有効である。

 著しい体重増加や脂肪蓄積をおこすほど、糖質過多の食事をとっている場合は、これを摂りすぎないように努力するべきであろう。