「北海道駒ヶ岳」が6000年ぶりに大噴火し、「房総半島」に10メートル超の津波が…知られざる「江戸の巨大災害」

列島誕生以来、地震・噴火・津波などの自然災害の脅威に絶え間なくさらされてきた災害大国・日本。いくつもの巨大災害が、日本史上にその名を残してきた。平安時代を揺るがした「貞観の大津波」、近世では「宝永の富士山噴火」や「安政南海地震」、近現代では「関東大震災」や「阪神淡路大震災」、そして「東日本大震災」……。歴史を大きく塗り替えた自然災害はなぜ発生し、日本にどのような影響を与えてきたのか。浮かび上がる「歴史の法則」とは――壮大なスケールで日本史を捉えなおす新連載!

「北海道駒ヶ岳」が6000年ぶりに大噴火し、「房総半島」に10メートル超の津波が…知られざる「江戸の巨大災害」

本記事は、『日本史を地学から読みなおす』(鎌田浩毅・著)を一部抜粋・再編集したものです。

山が崩壊したことで大津波が発生

1639年(寛永16年)、江戸幕府はポルトガル船の来航を禁止しました。これによって日本の貿易相手はオランダと中国のみに制限されました。日本人の海外渡航も禁止され、「鎖国」が始まります。

翌年、北海道の渡島半島にある駒ヶ岳(北海道駒ヶ岳)で、7月31日(寛永17年6月13日)に大規模な噴火が発生しました。北海道駒ヶ岳での大規模な噴火は、実に6000年ぶりでした。

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渡島半島には、日本最北の藩である松前藩(1604年に成立)がありました。松前藩の歴史書である『松前年々記』などに、当時の噴火の様子が記されています。巨大な噴火によって、正午ごろ山頂が一部崩壊し、崩壊物は山の北側にある内浦湾(噴火湾)になだれ込みました。「岩屑なだれ」です。

岩屑なだれの勢いによって巨大な津波が発生し、内浦湾沿岸を襲いました。津波の高さは、対岸で7.5メートルに達しました。その結果、内浦湾沿岸で700人以上が溺死したとされています。

山頂の崩壊による岩屑なだれは、南側にも流れ落ちました。その結果、そこにあった川(折戸川)がせき止められ、現在、「大沼・小沼」とよばれている特異な景観がつくりだされます。

はげしい噴火が3日間続いたあと、沈静化し、約70日後には収まったといわれています。北海道駒ヶ岳は、噴火前は1600メートル級の富士山のような形をした山だったといわれています。それがはげしい噴火によって山頂は大きく崩れ、標高は数百メートルも低くなりました。北海道駒ヶ岳の現在の標高は1131メートルです。

近畿地方を襲った「双子地震」

1662年6月16日(寛文2年5月1日)、近畿地方北部で内陸(直下型)地震が発生しました。それが「寛文近江・若狭地震」です。近年の調査によると、この地震は2つの断層が連続してずれ動いた「双子地震」である可能性が指摘されています。

午前9~11時ごろ、まずは若狭湾沿岸の「日向断層」がずれ動き、続いて午前11時~午後1時ごろに琵琶湖西岸の「花折断層」がずれ動いたのではないかと考えられています(図「寛文近江・若狭地震の震源断層とその周辺の震度」)。マグニチュードは最大7.5と推定されており、巨大な内陸地震でした。

寛文近江・若狭地震の震源断層とその周辺の震度(福井地方気象台ウェブサイトを基に作成)

震源となった断層の位置と地震の名称が示すように、近江(滋賀県)と若狭(福井県)で大きな被害が生じました。琵琶湖西岸の花折断層に沿った葛川谷では、大規模な土砂崩れが発生したことが確認されています。

谷にあった町居村と榎村(どちらも大津市)は土砂に埋まり、地域での死者は約560人にのぼりました。集落を壊滅させたこの大規模な土砂崩れは「町居崩れ」とよばれています。

若狭湾沿岸の日向断層がずれ動いたことで、断層の東側が3メートル以上隆起しました。それによって当地を流れていた気山川(上瀬川)がせき止められたことで、川の上流にあった湖の水位が上昇しました。

その結果、湖の周辺にあった集落や田畑が冠水してしまいました。寛文近江・若狭地震による被害は、近江と若狭以外の周辺地域にもおよびました。被災地域全体で死者は700~900人、倒壊した家屋は4000~4800戸にのぼったといわれています。

房総半島を襲った10メートル超えの巨大津波

1677年11月4日(延宝5年10月9日)、房総半島の東方沖で、M8と推定される巨大地震が発生しました。「延宝房総沖地震」です(図「延宝房総沖地震と元禄関東地震の震源域」)。

延宝房総沖地震と元禄関東地震の震源域(都司嘉宣「延宝5年(1677)房総沖地震津波の経験は元禄16年(1703)関東地震の津波死者を減らすのに役立ったか?」『津波工学研究報告』32、図1を基に一部改変)

太平洋プレートが北米プレートの下に沈み込む日本海溝で発生した、プレート境界型の地震だと考えられます。

複数の歴史資料にこの地震の被害記録が残っていますが、地震の揺れによる家屋の倒壊などの記載は見当たりません。ただし、地震によって巨大な津波が発生し、福島県、茨城県、千葉県の沿岸部を襲いました。

房総半島では、高さ10メートル近い津波が広い範囲を襲い、犬吠埼付近での津波の高さは13.5メートルに達したとされています。それによって多数の家屋が倒壊し、被災地域全体で500人以上の死者が出ました。

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本連載では、地球科学者が100万年スケールで激動の日本列島を描き、歴史から学ぶべき教訓をお伝えしていく。