男鹿半島の海岸斜面の「カンシショー」と呼ばれる廃墟とは?…市職員が謎追い10年超調査
秋田県の男鹿半島(男鹿市)南側の船越海岸の斜面に、地元の人が「カンシショウ」や「カンシショー」と呼ぶ古いコンクリート製の建物がある。横並びの八つの小窓からは、日本海が見渡せることから、同市職員の五十嵐祐介さん(44)は、戦時中に航空機などを監視した防空 監視哨(かんししょう) だと考え、10年以上にわたり調査を続けている。(広瀬辰馬)

草木に覆われた防空監視哨とみられる建物
五十嵐さんは、文化財の調査を担当する市文化スポーツ課の副主幹だ。2010年に観光マップを作成する際に、地元の人から建物の存在を教わり、調べ始めた。

建物の調査を進める五十嵐さん
五十嵐さんによると、建物は、高さ2・6メートル、横幅2・7メートル、奥行き4メートルで、海側は丸みを帯びた形をしている。八つの窓は全て30センチ四方で横一列に等間隔に並び、建物の外には屋上に上がるためのはしごとみられる鉄柱が付いている。
これまでの調査で、建設の時期や目的を示す明確な記録は見つかっていない。
終戦の翌年に生まれた地元の女性(79)は幼少期から存在を知るが、「子どもの頃に知った時は既に廃虚だった。『カンシショ』と呼ばれていたが、親も何の建物なのかは覚えていなかった」と振り返る。
ただ、「秋田県警察史下巻」(1971年)には、男鹿市には終戦時の45年までに防空監視哨が5か所にあり、船越地区の海岸にも「船越防空監視哨」があったとの記載がある。建物の形状や立地、「カンシショウ」などと呼ばれていることから、防空監視哨の可能性が高いとみている。

建物から望む日本海と男鹿半島(右)
五十嵐さんは、建物の正体を探ろうと調査を進めるが、一朝一夕にはいかない。2016年には、地域住民から戦中に撮影された防空監視哨の写真を入手することができたが、写っていたのは木造2階建ての建物でコンクリート製ではなかった。写真に見えない位置にあった可能性はあるが、戦後に記録された船越町(現・男鹿市)の行政文書には「元防空監視哨」は「木造二階建」と記載され、同市内にある他の監視哨も木造だった。
五十嵐さんは防空監視哨について、当時、監視を担当していたのは地元の女性や青年だったことから「監視哨だった場合、戦時中の生活を残すものとして大変貴重な施設」と指摘する。
建物は、長年の雨風や潮風にさらされて老朽化が進む。五十嵐さんは、保存に向けて文化財指定などの可能性を探っているが、戦後に建てられた可能性も否定できず難航している。「戦中の建物かどうかの確証がほしい。それを裏付ける資料や証言が必要不可欠だ」と訴える。
防空監視哨に関する情報は、市文化スポーツ課(0185・24・9103)へ。
◆ 防空監視哨 =戦時中、米軍機の飛来を目視や音で知るために海岸や高台に設置された見張り台。監視は24時間体制で行われていた。