【NHK朝ドラ「ばけばけ」第12週】語れば語るほど、ヘブン(トミー・バストウ)は遠くへ?トキ(高石あかり)が選んだ、残酷で幸せな怪談の夜

 朝の風景に異彩を放つNHK連続テレビ小説「ばけばけ」(毎週月~土曜午前8時、NHK総合ほか)。松江の没落士族の娘・トキ(高石あかり)と、異国の教師ヘブン(トミー・バストウ)の物語は、第12週「カイダン、ネガイマス。」において、ついにその核心へと足を踏み入れた。単なる異文化交流の枠を超え、ふたりが怪談を通して魂を共鳴させていく過程のはずだったが……。

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■寝食を忘れるほどの「魂の合奏」

「ばけばけ」第12週、物語の導入部ともリンクする象徴的なシーンが、ついに描かれた。扉を閉め切り、ろうそくに火を灯し、影が揺らめくなかで語られる怪談「鳥取の布団」。それまではどこか、世の中をうらめしく思って生きてきたように感じられたトキの瞳に、かつてないほどの生命力が宿った瞬間である。

 トキにとって怪談を語る時間は、自分のなかに眠っていた物語の力を解放する聖域のようなものだった。遅くまでヘブンに怪談を語って聞かせ、立ったまま寝てしまい、花田旅館の面々を驚かせるトキの姿。それは一見コミカルでありながら、その実、彼女がどれほど心身を削ってヘブンとの怪談を通した対話に没頭しているかを物語っている。

 ふたりの様子をじっと見守る蛇と蛙(阿佐ケ谷姉妹)のシュールで優しいナレーションが、この不可思議な営みがいかに尊く、そして壊れやすいものであるかを際立たせていた。言葉も文化も違うふたりが、怪談を通して共鳴する。それは世界でもっとも静かで、もっとも熱い合奏のようであった。

■ラストピースを埋めるのは誰か

 しかし、この幸福な時間に不穏な影を落としたのが、通訳の錦織友一(吉沢亮)が放った一言だった。トキが語って聞かせる怪談が、ヘブンの日本滞在記のラストピースになるのではないか、と。

 これまでヘブンとともに行動することの多かった錦織。しかし、ヘブンはあくまで通りすがりの異人で、もう誰とも深く関わるつもりはないことを彼自身から聞かされると、一緒に過ごしたこの半年間を空虚に感じずにはいられなかった。自ら距離を置いた錦織の姿は、視聴者の胸を突く。

 そんな彼がトキを訪ね、ヘブンに怪談を話してやってほしいと頼みに来るシーン。すでにふたりが夜な夜な語り合っていると知ったときの彼の表情は複雑だった。そこには、自分の役割が終わったことを悟った者の潔さと、ふたりの絆に入り込めない疎外感、そして何より滞在記が完成に向かっていることへの危惧が入り混じっていた。

「ありがとう」と微笑む錦織の瞳は、穏やかでありながら、ひどく寂しげだ。彼は知っていたのである。新聞記者であるヘブンが日本滞在記のラストピースとして、「日本の魂(怪談)」を書き上げてしまえば、彼をこの松江に繋ぎ止める理由はなくなってしまうということを。

■別れを早めるとしても、最高の怪談を!

 トキもまた、錦織によってその事実に気づかされた。もっともっと怪談を聞きたい、と興奮するヘブンに対し、トキは複雑な葛藤を抱える。語れば語るほど、彼の滞在記は完成に近づき、別れの瞬間は早まってしまう。わざと話を出し惜しみすれば、彼をもう少しだけ長くこの松江に留めておけるかもしれない。そんな小さな迷いが、彼女を揺さぶる。

 ヘブンの孤独な過去――父に捨てられ、人種の違いから結婚に失敗し、いまも亡き母の幽霊を求めて金縛りに遭うほどの寂しさ――を知っていたトキ。英語で自分の寂しさを伝える術を持たない彼女は、代わりに「最高の怪談」を差し出すことを決めた。

 トキが今週語った「子捨ての話」への解釈は、本作の白眉と言える。何度も捨てられた子は、それでもこの親を選んで生まれてくるのだ、という視点。その言葉は、父への憎しみを抱えて生きてきたヘブンの凍てついた心を、静かに溶かしていった。

 第12週の終わり、松江には春の気配が漂い始めた。時間は残酷に、しかし確実に進んでいる。

 トキがすべての怪談を語り終えるとき、ヘブンの滞在記は完成してしまうのだろうか。それとも、怪談という「化け物」が、ふたりの運命をも思いも寄らない方向へ「化かして」くれるのだろうか。

滞在記を完成へと導くラストピースがはまり、ヘブンが松江に、日本に残る理由がなくなったとき、トキとヘブンを繋ぐ鍵は何になるのか。ふたりの未来が見えそうで、まだ見えない。

(北村有)

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