高市政権に漂う第1次安倍短命政権と同じ臭い

“身内”からの問題が相次ぐ高市政権。その状況は短命に終わった第1次安倍政権と似た“臭い”を漂わせ始めている(写真:ブルームバーグ)
「佐藤啓副長官の今後のあり方について、いろいろとお願いしたい」。臨時国会が閉会した翌々日の12月19日、参院の野党国会対策委員長会談に木原稔官房長官の姿があった。
【写真あり】“デマ連発”の問題副大臣はどんな人? 高市首相も入閣していた第1次安倍内閣の顔ぶれも
高市内閣発足時に参議院担当の官房副長官に抜擢された佐藤氏だが、2023年12月に派閥の政治資金パーティーをめぐる裏金問題で306万円の「記載漏れ」が発覚。財務大臣政務官を辞任した経緯がある。
【2025年12月22日15時30分追記】佐藤啓官房副長官の経歴について上記のように修正しました
野党にすれば、佐藤官房副長官は「裏金議員」にほかならない。しかも、今年の参院選で非改選の佐藤官房副長官は、選挙の洗礼も受けていない。参議院の野党は佐藤官房副長官を拒否し、政府と参議院との連絡役は衆議院担当の尾崎正直官房副長官が代行した。佐藤官房副長官は代表質問が行われる本会議で、ひな壇に座ることすらかなわなかった。
11月7日には野党の間で佐藤官房副長官に対する問責決議案を検討する声も出た。また、11月26日には立憲民主党、国民民主党、公明党、参政党、共産党とれいわ新選組の6党が、佐藤官房副長官の「出禁」を解くには高市早苗首相か木原官房長官が直接説明に出向くといった追加対応が必要との意見で一致。結局、臨時国会では「出禁」のままで、結論は年明けに持ち越された。
政権幹部の「核保有発言」で広がる波紋
自民党総裁選挙で勝利したときに高市首相が述べた「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」は、25年の流行語大賞を受賞した。11月7日には午前3時に首相公邸に入り、初の衆議院予算委員会に備えて質問書の読み込みを行った。それほど頑張る高市首相だが、“身内”には残念な事態が相次いでいる。
木原官房長官が同席した19日の国対委員長会談では、立憲民主党の斎藤国対委員長から官邸幹部による核保有に関する発言や国光文乃外務副大臣の問題についての苦情も出た。
核保有発言とは、その前日の12月18日に「安全保障を担当する政権幹部」が記者団に対して、「個人的見解」と断ったうえで「日本は核兵器を保有すべき」と発言したことだ。なお発言はオフレコで行われており、「政権幹部」はそれに油断して本音が出たものと思われる。
木原官房長官は会見で「政府として非核三原則を政策上の方針として堅持している」と弁明したが、陸上自衛隊出身の中谷元元防衛相がいち早く苦言を呈した。中谷氏は「政府の立場として個人的な意見を軽々に言うことは控えるべき」と述べ、「公になった以上、しかるべき対応をしなければならない」と断じている。
立憲民主党の野田佳彦代表も19日の会見で「首相のそばにいること自体に問題がある」と早急の更迭を求めた。一方で参政党の神谷宗幣代表は、20日にX(旧ツイッター)で「いろんな議論や意見があっていい」と政権幹部の発言を容認した。
国民民主党の玉木雄一郎代表は19日夕方、三重県津市での街宣後に“発言が事実であるなら”と前置きしたうえで、「従来の政府の方針とは違う。NPT(核兵器不拡散条約)に日本は加盟しているので、条約上の義務違反の可能性もある。政府の立場としての発言なら問題だ」と述べた。
なお、玉木氏はXで「オフレコの話を記事にするメディアも問題では」と、報道側の姿勢を批判した。これは、「報道の自由」が憲法の保障する「表現の自由」の一部であり、民主主義の根幹を構成することを見逃していることにもなりうる。オフレコ取材は報道される側と報道側の信頼関係に基づくものはもちろんだが、「国民の知る権利」に優越するものではない。
重要な点は、高市首相の「存立危機事態」発言をめぐって東アジアの緊張が高まっている現在、このような発言がなぜ行われたのかという点だ。しかも、いくら「個人的見解」と断ったとしても、受け止めが必ずしも一様とは限らない記者団に対する発言としては、岸田政権時にLGBT差別発言で更迭された荒井勝喜総理秘書官と同様に、軽率ではなかったか。
口を開けばデマ連発の外務副大臣

衆院予算委員会に出席した国光文乃外務副大臣(写真:時事)
「うっかりミス」は誰にもあるものだが、それが重なると、もはや「過失」とはいえない。例えば、立憲民主党がXで「デマを繰り返す異様な外務副大臣」と切り捨てた、国光文乃外務副大臣だ。
国光氏は、高市首相が11月7日の衆院予算委員会に備えて午前3時に首相公邸に入ったことについて、野党からの質問通告が遅く、前々日の正午までという野党の通告ルールが守られていないと、Xで厳しく批判した。だが、委員会は必ずしも開催の2日前までに決定するものではなく、また14年に「速やかな質問通告に努める」との申し合わせが作られた。
実際に、7日の衆院予算委員会の開催は5日の正午の議院運営委員会理事会で決定されており、野党の質問通告は前日正午ごろまでに完了。決して「遅い」というわけではなかった。
木原官房長官は国光外務副大臣に「注意」したが、反省には至らなかったようだ。早速12月6日に配信されたネット番組で、国光氏は「厚生労働官僚時代に小西洋之参院議員から10分しか持ち時間がないのに、50問の質問通告を受けた。おかげで2歳の子どもの子育てができなかった。それで辞めた女性官僚もたくさんいる」と詳細に述べた。
しかし、当時は民主党政権で小西氏は与党側であったこと、また小西氏は当時厚労省に質問通告していないため、国光外務副大臣の主張は事実ではないことが判明した。
国光氏は木原官房長官からは「厳重注意」を受け、すったもんだの末、ようやく16日に小西氏に「謝罪文」を手渡した。だが、「デマ発言」について国民に説明をしないまま、Xのアカウントを削除。政治家としての責任から逃げたといえる。
想起させる第1次安部“短命”政権

第1次安倍内閣の顔ぶれ。松岡利勝氏(4列目、左端)や久間章生氏(最前列、右から2人目)、佐田玄一郎氏(4列目、右から2人目)などに問題が発覚した(写真:時事)
こうした例は、06年9月に成立した第1次安倍晋三政権を思い出させる。当時、農林水産相だった松岡利勝氏は、資金管理団体の事務所を家賃がいらない議員会館内に置きながら、05年の政治資金収支報告書に「事務所費」として3359万円を計上。また、本来は無料のはずの議員会館内の光熱費についても、同年の収支報告書に507万円と記載した。さらに農水省所管の独立行政法人「緑資源機構」の官製談合問題も発覚し、松岡氏は議員宿舎で自死を遂げた。
その後任(正しくはその間に環境相だった若林正俊氏が臨時代理を務めた)となった赤城徳彦農水相(当時)も、林業関係の政治団体「林土連懇話会」からの寄付の未記載問題、国から補助金を交付された社団法人中央酪農会議からの献金を受領していたことが発覚。政党支部と後援会で郵便代金の二重計上や、経費の付け替えも見つかった。
さらに、事務所としての実態のない父親の自宅に事務所経費を計上していたことも明らかになり、赤城氏は農水相就任からわずか2カ月で辞任に追い込まれた。
そればかりではない。「原爆投下もしょうがない」発言で久間章生防衛相がその職を追われ、実態のない巨額の事務所経費が発覚した佐田玄一郎規制改革担当相も辞任した。第1次安倍政権が1年ももたなかった根本的原因は、こうした「身内」による不祥事の続発にあった。
身内の不祥事が重なると、いくら強靭なリーダーシップをもっても乗り切ることは不可能になる。それを防ぐには、“問題の芽”を摘み取るしかない。次期通常国会が開会予定の26年1月23日までに、高市政権は立て直しできるか。残された時間は1カ月だ。