消えた沈船 硫黄島の火山活動
- 硫黄島の千鳥ケ浜に残されていた、全長100メートルを超える廃船。島の急激な隆起で海岸より内陸に位置していたが、今年9月に起きた噴火によって火口にのみ込まれて消失した=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎
- 硫黄島「千鳥ケ浜」の噴火前後の比較。9月の噴火で火口が生じ、左の陸側にあった大きな船は姿を消した。左奥のパイプラインも途切れている=上は2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影。下は25年10月23日(海上保安庁提供)
- 急激な隆起が続いている硫黄島。米軍が港を整備するために沖に沈めたとされるいくつものコンクリート船が、隆起によって海岸に姿を現している=東京都小笠原村で2023年10月30日午前11時14分、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影
- 硫黄島に残されてきた大型の廃船。今年9月に噴火がすぐ脇で起こり、火口にのみ込まれた=東京都小笠原村の硫黄島で2024年6月21日、松浦吉剛撮影
- 千鳥ケ浜で今年9月に発生した噴火。海岸に残された沈船のすぐ脇で新たな火口が生じた=硫黄島で2025年9月2日(気象庁/海上自衛隊提供)
- 千鳥ケ浜で今年9月に発生した噴火。海岸に残された沈船のすぐ脇で新たな火口が生じた=硫黄島で2025年9月2日(気象庁/海上自衛隊提供海上自衛隊提供)
- 硫黄島「千鳥ケ浜」に戦後残されてきた沈船。9月に中央部の白く変色した周辺で火山噴火が起こり、噴火口が生じて左の船はのみ込まれた=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影
- 硫黄島内の噴火地点
- 硫黄島南側の翁浜沖で起きた噴火。噴出物によって新島が一時形成された。奥は摺鉢山=東京都小笠原村で2023年10月30日午後0時23分、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影
- 硫黄島南側の沖で噴火する火口。噴出物によって島のような陸地ができている=東京都小笠原村で2023年10月30日午後0時23分、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影
- 硫黄島南側の翁浜沖で噴煙を上げる火口。噴出物によって新島が一時形成された=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影
- 硫黄島の西海岸近くに残る沈船。海岸線の位置は現在と大きく異なる。今回噴火があった場所(中央上)は50年近く前には既に土の色が白変していた事が分かる=東京都小笠原村で1976年7月、谷田貝高幸撮影
- 戦後まもなく、米軍が波止場を作る目的で海に沈めたという沈船。硫黄島は急激な隆起が続いているが、30年以上前には大部分の船が水没していた。奥は摺鉢山=東京都小笠原村で、1993年1月14日、本社機から多河寛撮影
- 硫黄島「千鳥ケ浜」に並ぶ、戦後残されてきた沈船。急激な隆起で陸に姿を現した。奥の船は今年9月の噴火で火口にのみ込まれた=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影
- 硫黄島の海岸線に残る沈船。右奥の船が噴火によって消失した=東京都小笠原村で2024年3月30日、幾島健太郎撮影
- 摺鉢山(手前)側から眺めた硫黄島の全景。海上自衛隊の基地があり、観光客などの立ち入りは認められていない=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影
- 本州のはるか南に位置する硫黄島
硫黄島の千鳥ケ浜に残されていた、全長100メートルを超える廃船。島の急激な隆起で海岸より内陸に位置していたが、今年9月に起きた噴火によって火口にのみ込まれて消失した=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎

硫黄島「千鳥ケ浜」の噴火前後の比較。9月の噴火で火口が生じ、左の陸側にあった大きな船は姿を消した。左奥のパイプラインも途切れている=上は2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影。下は25年10月23日(海上保安庁提供)

急激な隆起が続いている硫黄島。米軍が港を整備するために沖に沈めたとされるいくつものコンクリート船が、隆起によって海岸に姿を現している=東京都小笠原村で2023年10月30日午前11時14分、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

硫黄島に残されてきた大型の廃船。今年9月に噴火がすぐ脇で起こり、火口にのみ込まれた=東京都小笠原村の硫黄島で2024年6月21日、松浦吉剛撮影

千鳥ケ浜で今年9月に発生した噴火。海岸に残された沈船のすぐ脇で新たな火口が生じた=硫黄島で2025年9月2日(気象庁/海上自衛隊提供)

千鳥ケ浜で今年9月に発生した噴火。海岸に残された沈船のすぐ脇で新たな火口が生じた=硫黄島で2025年9月2日(気象庁/海上自衛隊提供海上自衛隊提供)

硫黄島「千鳥ケ浜」に戦後残されてきた沈船。9月に中央部の白く変色した周辺で火山噴火が起こり、噴火口が生じて左の船はのみ込まれた=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

硫黄島内の噴火地点

硫黄島南側の翁浜沖で起きた噴火。噴出物によって新島が一時形成された。奥は摺鉢山=東京都小笠原村で2023年10月30日午後0時23分、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

硫黄島南側の沖で噴火する火口。噴出物によって島のような陸地ができている=東京都小笠原村で2023年10月30日午後0時23分、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

硫黄島南側の翁浜沖で噴煙を上げる火口。噴出物によって新島が一時形成された=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

硫黄島の西海岸近くに残る沈船。海岸線の位置は現在と大きく異なる。今回噴火があった場所(中央上)は50年近く前には既に土の色が白変していた事が分かる=東京都小笠原村で1976年7月、谷田貝高幸撮影

戦後まもなく、米軍が波止場を作る目的で海に沈めたという沈船。硫黄島は急激な隆起が続いているが、30年以上前には大部分の船が水没していた。奥は摺鉢山=東京都小笠原村で、1993年1月14日、本社機から多河寛撮影

硫黄島「千鳥ケ浜」に並ぶ、戦後残されてきた沈船。急激な隆起で陸に姿を現した。奥の船は今年9月の噴火で火口にのみ込まれた=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

硫黄島の海岸線に残る沈船。右奥の船が噴火によって消失した=東京都小笠原村で2024年3月30日、幾島健太郎撮影

摺鉢山(手前)側から眺めた硫黄島の全景。海上自衛隊の基地があり、観光客などの立ち入りは認められていない=東京都小笠原村で2023年10月30日、本社機「希望」から手塚耕一郎撮影

本州のはるか南に位置する硫黄島