立憲民主党「最大の戦犯」が赤裸々に懺悔する「なぜ政権交代できなかったか」「自民党を倒すには何をすべきか」
選挙とカネを仕切って
立憲民主党の衆議院議員、大串博志でございます。
「大串って誰?」という方も多々、いらっしゃることと思います。
佐賀2区が地元で当選7回、立憲民主党では2025年9月まで3年間、選挙対策委員長、いわゆる選対のトップを3年間、やらせていただきました。
また、昨年9月からは党代表代行(党務総括)という野田佳彦代表に次ぐ、ナンバー2という立場でもありました。
選対委員長は、候補者擁立から結果まで選挙のすべてを切り盛りします。つまり「選挙とカネ」をとりまとめる最高責任者です。

立憲民主党「最大の戦犯」が赤裸々に懺悔する「なぜ政権交代できなかったか」「自民党を倒すには何をすべきか」
選対委員長というのは全国を飛び回り、候補者となりうる人を探し回って、決定し、その応援にも出かけますので、与野党問わず、非常に激務な仕事で、一般的には、1年ほどで交代となります。しかし、私の場合は3年間という長きにわたり選対委員長を務めました。
こう書くと、立憲民主党は選挙で連戦連勝、無敵だったのかというと、そうではありません。
負けて負けて、後半には少しは勝ちましたが今年の夏の参院選も伸び悩み、結果的には自民党から政権を奪うことができなかった。選挙に勝てなかった選対委員長は退くのが定めなので、今年9月をもって、その役から退きました。今回「政権交代できなかった選対委員長が、なぜ3年間も続いたのか書いてみては?」とのお話をいただきました。
負けることが多かった、野党の選対委員長の3年間を記録することも、今後、自民党から政権奪取するためには大事な教訓になるのではないかと思い、筆を執ることにしました。
逆風の吹き荒れる中で
2022年8月、立憲民主党は揺れていました。7月の参議院選挙で惨敗。議席を伸ばせないどころか、野党第1党であるにもかかわらず全国比例の得票数では日本維新の会に逆転される始末。
そして、新執行部が刷新されます。新しく幹事長となった岡田克也氏から、私は「ぜひやってくれ」と選対委員長の指名を受けました。
私は東京大学を卒業してから財務省で勤務し、そして地元の佐賀に戻って旧民主党から衆議院議員という道を歩んできました。
「政治家たるもの政策を語るべき」と政策を中心として頑張ってきました。政策に精通、議論でも渡り合える人が「政策通」と呼ばれます。
一方で他党との交渉、調整を担ったり、選挙で差配をすることを得意とする方は「国対族」とされています。報道などを参考にすると、自民党では幹事長として5年以上采配を振るった二階俊博氏、直近なら長年、国対委員長として手腕を発揮してきた森山裕氏が「国対族」の代表格でしょう。
なぜ私に?
まさしく私は前者の議員であり、それなりに政策をやってきたつもりです。2012年、民主党政権では、総理大臣、野田佳彦氏のもとで首相補佐官という大役も任されました。
ところが、選対委員長と聞かされて「どうして私が?」と岡田氏に聞き返してしまいました。
当時の相手は、総理大臣・岸田文雄氏のもとで、参院選に圧勝した自民党です。強力な選対委員長を起用することが党勢立て直しとして急務でした。
一方、立憲民主党では選挙で結果が出せないため、衆議院の小選挙区で勝ちあがってくる議員が少なかった。
そこで当選回数なども加味し、保守地盤の強い佐賀2区で連続して小選挙区で当選している私に白羽の矢が立ったようでした。

岡田氏はこう言って私を説得しました。
「小選挙区で自民党をやっつけ、勝ちあがって『選挙に強い』と見せつけられる人でないと、選対委員長としてリーダーシップを発揮できない」
私も、「これは受けざるをえないな」と思い、選対委員長という大きな仕事を受けることになりました。
知名度もない自分が
議員としてバッジをつけるには、とにもかくにも選挙に勝たねばなりません。地元の佐賀2区では、「電話一本で大串ひろし」をキャッチフレーズにしました。電話をもらえばすぐに駆け付けることをアピールし、小選挙区で勝ち抜いてきたのです。
ただ、議員としては政策を中心にやってきたので、他の人の選挙にかかわる場面はあまりありませんでした。テレビなどメディアの露出も多いとは言えず、知名度もさほどなく、正直、不安でした。
それに加えて、選対委員長として私の手腕が試される日は、間近に迫っていました。2023年春の統一地方選までは半年ちょっと。その時期には、衆参の補欠選挙も行われることになりました。
果たして、短期間で結果が出せるのか、もがきながら進む日々が続きました。

選対委員長としてとりわけ力量が問われるのは、国政選挙となる衆参補選です。衆議院は千葉5区、和歌山1区、山口2区、山口4区、参議院は大分選挙区の5つの選挙区が対象となっていました。
山口4区は、2022年の参議院選挙で安倍晋三元首相が銃撃事件でご逝去されてのもの。その弔い合戦のような意味合いもあって、立憲民主党は苦戦が予想されました。
補選に全敗、維新が躍進
候補者擁立のため、5つの選挙区にプラス統一地方選も含めてあちこちを飛び回りました。
立憲民主党としては、5つのうち4つの選挙区で候補者を擁立します。接戦には持ち込みましたが、結果は全敗。
統一地方選全体では、全国の地方選で公認および推薦候補者・党籍有の当選者数は5人増とそれなりの結果となりました。
一方で、日本維新の会の人気が急上昇しました。和歌山1区では自民党に勝ち、大阪では、府知事選、大阪市長選で圧勝。全国的にも支持を広げたこともあって、目標としていた地方議員600人をクリアし、地方議員は選挙前から比較すると1・5倍になりました。
衆参の補欠選挙をすべて落としたうえに、対照的な維新の躍進。立憲民主党には「敗北感」が広がる報道が相次ぎました。
私のデビュー戦は、「惨敗」に終わったのです。