一度は消えた「駅ビル展望台」――いま“マチの顔”として復活している根本理由
JRが生んだ新しい街に体験型の無料展望台
2025年秋、東西ふたつの駅に生まれた大型再開発ビルに「無料展望施設」が登場し、早くも話題を呼んでいる。このような展望をウリにした施設はかつて様々な駅ビルや都市型商業施設に設けられていたものの、その多くが姿を消してしまったという過去がある。今回は、駅ビルや商業ビルにおける「展望の歴史」をたどりつつ、なぜ今その価値が見直されつつあるのかを探っていきたい。
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2025年9月に1期グランドオープンした「高輪ゲートウェイシティ」(東京都港区)。東京23区で最も新しいJR駅「高輪ゲートウェイ駅」直結のJR東日本主導による再開発エリアであるが、最初に紹介する展望施設はこの中核となるツインタワー「THE LINKPILLAR 1」に併設されたルミネの商業施設「ニュウマン高輪(NEWoMan TAKANAWA)」NORTH(北棟)内にある。
500本の植物と音響が包む地上150mの森

緑と音に包まれたニュウマン高輪・ルフトバウムの展望ゾーン。開業したてにもかかわらず「植物の勢い」は予想以上。一部は天井がないものの、寒さはそれほど感じなかった。午後には羽田へと向かう飛行機たちが彩りを添える(画像:若杉優貴)
ニュウマン高輪NORTHの建物は地上29階・地下3階建て、高さ約161m。無料展望施設は28階から29階の飲食店街「ルフトバウム(LUFTBAUM)」内にあり、展望ゾーンは28階の南西側と北東側。それぞれ「山吹の庭」「翠の庭」と名付けられている。
ルフトバウムの両展望ゾーンの高さは約150mで、その特徴は「500本以上の植物(飲食街含む)」、そして最新の「イマーシブサウンドによるBGM」。実際に入ってみると緑も音響も予想以上の迫力で、植栽というよりも「音楽と水が流れる森に迷い込んだ」と感じるほど。訪問時には美しく紅葉している木もいくつかあり、ここが地上150mだということを忘れてしまいそうになる。
JR東日本によると、このルフトバウムは飲食店街ではなく「都心上空の別荘」のような雰囲気をコンセプトにして生み出されたという。展望ゾーンの一部には屋根が設置されておらず、外の空気を感じることができるほか、午後(15時~19時)には羽田空港に降り立つ飛行機が森の上を低空で飛ぶようすを眺めることもできる。BGMはもちろん、植物の姿や陽の光なども含め、季節や時間、天候によってあらゆるものが変化するため、何度訪れても新鮮さを味わえる「体験型展望台」であるといえそうだ。
「山吹の庭」からはお台場など東京湾岸の風景に加えて東京スカイツリーなど、そして「翠の庭」からは新宿や渋谷など都心のビル群や富士山を望むことができる。(なお、すぐ近くの東京タワーは角度の関係でビル内から見ることは難しい)。
眼下に広がる「鉄道たちが織りなす風景」

ニュウマン高輪の眼下には足を休める電車たちが。出発準備中の寝台特急サンライズ瀬戸・出雲の姿も(画像:若杉優貴)
特筆すべきは、「山吹の庭」から眺める「鉄道たちが織りなす風景」の美しさ。大都市・東京の人々の生活を支えるJR在来線各線、そして東海道新幹線はもちろんのこと、新幹線の東京第一車両所(品川車両基地)に出入りする車両、羽田空港へと向かう東京モノレール、臨海副都心の足であるゆりかもめ等が絶え間なく行き交う様子に加えて、空には羽田へと向かう旅客機、海上には東京湾クルーズや伊豆諸島などへと向かう船、さらに眼下には東京総合車両センター(旧・田町電車区)で山陰・四国へと向かう旅支度をすすめる寝台特急の姿もあり、見ていて飽きない。その眺めはまさに「JR東日本からの贈り物」だ。
高輪ゲートウェイシティは現在も開発が続いており、2026年春に新たにレジデンス棟や複合文化施設が開業を迎えるほか、2027年度までには明治初期の鉄道遺跡「高輪築堤跡」を活用した史跡公園やギャラリーが完成する計画だ。新しい街に生まれた新しいスタイルの展望台は、街の発展に合わせてさらに人気を集めることになるであろう。
大阪・淀屋橋に誕生した「滞在型」展望台

大阪の大動脈・御堂筋沿いに生まれた「淀屋橋ステーションワン」(中央の超高層ビル)。地下には京阪電車・大阪メトロの淀屋橋駅がある。隣接する重厚な歴史建築は日本生命本社(画像:若杉優貴)
一方、高輪ゲートウェイシティと同じ2025年秋にグランドオープンした西の展望台付き大型再開発ビル「淀屋橋ステーションワン」(大阪府大阪市中央区)は、京阪・大阪メトロの淀屋橋駅上に設けられたオフィスと商業施設の複合ビルだ。事業主体は大阪と京都を繋ぐ大手私鉄・京阪電車の親会社・京阪HDをはじめ、当地にオフィスを構えていた中央日本土地建物、みずほ銀行。建物の規模は地上31階・地下3階建て、高さ約150mとなっている。
こちらもビル内に改札がある訳ではないものの、地下で京阪電車の京阪本線と大阪メトロ御堂筋線それぞれの淀屋橋駅と直結。淀屋橋駅は大阪と京都の大動脈の1つ・京阪電車京阪本線と、西日本で最も利用客が多い地下鉄路線・大阪メトロ御堂筋線の結節点であり、乗り換え客も非常に多い。
淀屋橋ステーションワンの下層階は京阪HD傘下の京阪流通システムズが運営する商業施設で、「粋(すい)を尽くしたおもてなし」をコンセプトにベーカリー、カフェ、スイーツ店などが出店。中層階はオフィスとなっており、みずほフィナンシャルグループなどが入居している。無料展望施設「スカイテラス」があるのは建物の30階部分。同フロアにはレストランをはじめ、イベントホール・結婚式場などが併設されている。
スカイテラスの高さは高輪ゲートウェイシティのルフトバウムとほぼ同じ約150m。一部には屋根が設置されておらず、外の風が感じられるのもルフトバウムと同様だ。
1000円で楽しむ水都の夜景

淀屋橋ステーションワン「スカイテラス」。屋根が大きく開いており開放的な雰囲気だ。座れる場所や机も複数あり、ゆっくりと過ごすことができる(画像:若杉優貴)
展望できる範囲は梅田方面の北側を中心に、大阪城方面の東側、そしてベイエリア方面の西側。淀屋橋といえば大阪きってのオフィス街。まさに大阪の真ん中であり、とくに夜の「水都・大阪」らしい水面に映る夜景は必見だ。
このスカイテラスの最も大きな特徴は「軽食を食べながら景色を楽しめる」こと。スカイテラス内にはカフェバー「YODOYABASHI SkyTerrace Cafe & Bar」を併設。昼夜ともに多くのメニューは何と1,000円前後で、気軽に本格的なスープやタンドリーチキン、コーヒー、さらにはワインやカクテルなどを味わうこともできる。
スカイテラス内は比較的ゆったりとしており、椅子やテーブルも十分あるため、館内のベーカリーやスイーツ店、コンビニなどで好きなものを買い、街並みと川の流れを眺めつつゆっくりと過ごすのも良いであろう。
高輪ゲートウェイシティ・ルフトバウムの「山吹の庭」「翠の庭」が「体験型」であるとすれば、淀屋橋ステーションワンのスカイテラスは「滞在型」の展望施設であるといえそうだ。
大正期の三越から始まった「展望の価値」

日本初の屋上遊園地があった東武浅草駅ビル「松屋浅草/エキミセ」。遊園地は閉園したものの、その展望は「スカイツリーが美しく見える場所」として再び人気を集めるようになった(画像:若杉優貴)
さて、今回紹介した「高輪ゲートウェイシティ」や「淀屋橋ステーションワン」のように、都心の商業施設が「展望施設」としても注目されるようになったのは明治~大正期の「商業施設の多層化」にまでさかのぼる。
いわゆる「呉服店」が現在のような飲食店や子供の遊び場を備えた「複合商業施設化」するはしりとなったのは1903年の白木屋日本橋本店(現・コレド日本橋、東京都中央区)や1908年の日本橋三越本店(東京都中央区)の新装であるといわれるが、とくに大正期に三越日本橋本店の高層階に大食堂が誕生した際には、その「展望」が大きな話題になったという。また1931年には松屋浅草支店(現・松屋浅草/エキミセ、東京都台東区)に日本初となる常設の屋上遊園地が誕生した際にも下町一帯が見渡せる景観は人気を集め、当初は眺めを楽しむためのロープウェイ式遊具も設置されていた。
戦後になると「展望食堂」や「屋上遊園地」は駅ビルや百貨店の定番となり、高度成長期前後からは最上階に展望のよさのみをウリとした「展望室」を設ける商業施設まで登場した。またバブル期前後には当時日本最大手だった百貨店「そごう」が多くの店舗に回転展望レストランを設置。「展望」は商業施設にとって「買い物+α」という付加価値の定番となった。
バブル崩壊後、相次いだ展望施設の閉鎖

現在も残る「トキハ別府店」12階の無料展望室。広い窓からは鉄輪温泉など市内各地の湯けむりを望むことができる。高さは約55mと別府タワー展望室とも大きく変わらないが、観光客の姿は少ない。大分県別府市(画像:若杉優貴)
しかしそうした動きは長くは続かなかった。バブル崩壊後、「合理化」の旗印のもと直接の収益に繋がらない施設が消えていくなか、商業施設に併設された展望室の多くは閉鎖となり、また屋上遊園地・屋上展望施設は維持管理費に加えて防犯・防災や耐震化の観点から閉鎖が相次いだ。
さらにバブル期以降とくに大都市では高層ビルの増加から「展望」自体の価値が失われていった。いずれも超高層オフィスとの複合ビルに設けられており、東京を代表する有料展望台だった霞ヶ関ビルディング「展望回廊パノラマ36(36階)」(東京都港区)、同じく大阪を代表する有料展望台の1つだった大阪ビジネスパーク・大阪城前の「TWIN21展望台(38階)」(大阪府大阪市中央区)、さらには無料展望台が設けられていた「新宿センタービル(大成建設本社ビル)(53階)」、「新宿住友ビル(51階)」(いずれも東京都新宿区)なども、バブル期から2010年代にかけて相次ぎ閉鎖となった。
とくに2010年代に入ると再び都心エリアの地価が高騰したことにより、展望フロアや展望レストラン街を共用部ではなく賃貸オフィスなどに転用する動きも起きた。このようにして「収益化」「効率化」という大義名分のもとで、駅ビルや商業施設をはじめとした都心の「展望」をウリにした施設は多くが姿を消していった。
外国人観光客が再発見した「展望の価値」

外国人観光客から「展望スポット」として人気を集める「カレッタ汐留」のレストラン街・スカイビュー。飲食店内でも多くの外国人観光客を見かけるようになった東京都港区(画像:若杉優貴)
展望施設にとっての「冬の時代」に、その価値を再発見させてくれたのは外国人観光客だった。東京都庁45階展望室や東京タワーといった定番スポットはもちろんのこと、今や都内各地にある「眺めのいい場所」には有料・無料を問わず常に外国人観光客の姿がある。
とくに富士山が見えるところは人気スポットとなっており、例えば至近の駅ビルが充実したこともあって一時期少し閑散としていた恵比寿ガーデンプレイス38階の無料展望台「スカイラウンジ」(東京都渋谷区)は今や観光客でいっぱいに。その影響もあって同フロアにある飲食店街にも多くの外国人観光客が訪れ、賑わいを見せるようになった。
また都心エリアの眺めがいい飲食店街も同様だ。都心では座って休憩できるところも少ない。休憩のためにカフェなどに入るのであれば「自分の国とは違う街を眺められる場所に行こう」と思う人も多いのであろう。SNSやネットの口コミで知ったのであろうか、丸の内ビルディング(丸ビル)35階・5階(東京都千代田区)やカレッタ汐留46階(東京都港区)にある無料展望スペースはもちろんのこと、それぞれに併設されている飲食店街にも外国人観光客が絶えることはない。高輪ゲートウェイシティや淀屋橋ステーションワンの展望施設も、そうした流れのなかで生まれたものであるといえよう。
「展望+α」が生む街全体の価値向上

22階建てのJR大分駅ビル「JRおおいたシティ」の中層屋上(8階)に設けられた「シティ屋上ひろば」。展望デッキに加えて遊具、神社など様々な機能を備える「体験型」の屋上で、マチナカ全体の魅力創出・価値向上に寄与する。大分県大分市(画像:若杉優貴)
昭和の時代に見られた駅ビルや商業施設などの展望台は、その多くが「眺めのよさ」のみをウリにしていた。その一方で「展望の価値」が見直されるなか生まれた高輪ゲートウェイシティや淀屋橋ステーションワンの展望施設は、いずれも「飲食街にある見晴らしがいい場所」であるのみならず、複数の機能を併せ持つ「展望+α」の施設だという特徴がある。
駅ビルや大型商業ビルが「交通機関」や「商業施設」としてだけではなく、「街の顔」として様々な機能を備えるようになった時代。近年は駅ビルや商業施設の競争激化もあり、かつてのように展望施設をはじめとして子供向けの遊戯場やイベント広場など、一見「大きな収益を生まない」と思われるような「遊び」ともいえる施設を充実させ、差別化をめざす駅ビルや商業施設も見られるようになった。
今回紹介した高輪ゲートウェイシティのルフトバウムや、淀屋橋ステーションワンのスカイテラスのように、展望台に新たな技術を導入するなどして体験型・滞在型を意識した「展望+α」空間へと進化させた施設も、そうした動きのなかで生み出されたものであるといえよう。
このような体験型・滞在型の展望施設が駅ビル・商業施設の新たな魅力を生み、地域全体の価値向上へと繋げることができれば、「マチの顔」である駅ビルや商業施設にとっても大きなプラスとなりうるであろう。今後もJR東京駅日本橋口に直結する日本最高層ビル「トウキョウトーチ」(東京都千代田区、2028年完成予定)やJR札幌駅に直結する駅東側エリアの開発(北海道札幌市中央区、2030年ごろ完成予定)をはじめ、全国各地で様々な「展望施設があるマチの顔」が生まれる予定となっている。
「2030年代の展望台」は、果たしてどういった進化を遂げているのだろうか。
【参考文献】
株式会社白木屋 編(1957):『白木屋三百年史』 白木屋.
株式会社三越編(1990):『株式会社三越85 年の記録』三越.
佐藤正忠(1994):『「そごう」に新しい神話がはじまった』経済界.
末田智樹(2010):『日本百貨店業成立史』ミネルヴァ書房.
朝日新聞, 2010 年5 月29 日:昭和6年オープン、日本初の屋上遊園地閉鎖へ 松屋浅草.