日本人留学生が「マレーシア」目指す「納得の理由」

マレーシアの首都・クアラルンプール(写真:genki / PIXTA)
留学といえばアメリカかイギリス――。そんな長年の常識が変わろうとしています。
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背景にあるのは、もはや無視できないレベルに達した留学の三重苦です。
歴史的な円安、欧米諸国の容赦ない物価高、そして年間500万円を超えることも珍しくない授業料の高騰。かつては中産階級が少しの無理で届いた英語圏への学位留学が、今や一部の富裕層にしか許されない“高嶺の花”へと変貌してしまいました。
そんな中、教育の質を落とさずにこの壁を突破しようとする学生や親の視線が、ある国に注がれています。それは東南アジアの教育大国、マレーシアです。
「え、マレーシアで大学留学?」と首をかしげる方も中にはいるかもしれません。しかし、「一般社団法人海外留学協議会(JAOS)による日本人留学生数調査 2024」によれば、海外への学部留学を目指す留学者数の中でマレーシアは、アメリカ、オーストラリアに次いで第3位(全体の15%)にランクインしているのです。
なぜ今、マレーシアなのでしょうか。筆者は昨年12月、現地の主要大学を視察しました。そこで見えてきたのは、単なる安さではない、極めて戦略的で合理的な学位取得のプラットフォームとしての姿でした。
英国の名門学位を戦略的に手に入れる
クアラルンプール市内から車で約1時間。
緑豊かなセランゴール州セメニィに位置するノッティンガム大学マレーシア校(UNM)のキャンパスに足を踏み入れると、そこが東南アジアであることを一瞬忘れてしまいます。

ノッティンガム大学マレーシア校(写真:筆者撮影)
出迎えてくれたのは、Future Students Centre(フューチャー・スチューデント・センター)でリージョナル・マネージャーを務めるLwee Chen Yang氏。
このセンターは単なる事務窓口ではありません。世界中から優秀な学生を戦略的に獲得するために、洗練されたラウンジのような空間で、専門のアドバイザーが学生一人ひとりの適性や将来のキャリアプランに寄り添う場所です。
Lwee氏は、こう胸を張ります。「私たちは英国本校と同じクオリティの教育を提供しています。教授陣の採用基準も、授与される学位の価値も本校とまったく同じです。しかし、学費と生活費は本国の3分の1程度。これがマレーシアという場所が持つ最大のレバレッジなのです」。
特筆すべきは、その「モビリティ(移動性)」です。Lwee氏は最近の日本人学生のトレンドについて、次のように明かしてくれました。
「最近の学生に人気なのは、マレーシアの授業料を支払ったまま、英国本校や中国キャンパスに1年間通える交換留学制度です。経済的な負担を最小限に抑えつつ、世界3拠点のネットワークをフル活用して卒業していく。これは非常に賢い選択と言えるでしょう」
キャンパスは48ヘクタールという広大な敷地を誇り、学生寮も完備されています。無料のシャトルバスが運行され、MRTの駅経由でKLCC(中心部)まで約15分という利便性も、学習と生活のバランスを重視する現代の学生に支持される理由だと感じました。
オーストラリア流の超実践的教育
続いて訪れたのは、オーストラリアのウーロンゴン大学グループに属するウーロンゴン大学マレーシア校(UOW Malaysia)です。クアラルンプールの中心部から車で約30分、落ち着いた郊外に位置するこのキャンパスは、まさに「実学の殿堂」でした。

ウーロンゴン大学マレーシア校の教室(写真:筆者撮影)
一歩学内に入ると、そこにはプロ仕様の録音スタジオや、最新の機材が並ぶ調理実習室、さらにはホスピタリティを学ぶ学生のための模擬レストランやカフェまで完備されています。
特設のワインテイスティングルームやシアター形式の調理教室など、テキストでの学習以上に「現場力」を重視するオーストラリア流の実践的な教育スタイルが、これらの最新設備によって支えられています。
また、併設された学生寮の充実ぶりにも驚かされました。モダンな居住スペースがキャンパス内に確保されていて、通学のストレスなく学業に専念できる環境が整っています。
都会の喧騒から適度に離れた郊外という立地は、多国籍な仲間と共同生活を送りながら24時間、英語漬けの環境に身を置き、じっくりと専門性を磨くには最高のステージです。
未来都市のような「サンウェイ・シティ」
サンウェイ大学(Sunway University)は、大学、商業施設、テーマパーク、病院が一体となった巨大なエコシステム「サンウェイ・シティ」の中核を成します。大学の高層階にあるラウンジから見渡すと、そこはまるで未来都市のようにも見えます。

サンウェイ大学から見たサンウェイ・シティ(写真:筆者撮影)
同大学の国際オフィスでシニアマネージャーを務める徳永誠氏は、活気あるキャンパスの中で次のように指摘します。
「今、スマホの最新機種に搭載されたAI翻訳機能のように、言語の壁はテクノロジーで急速に低くなっています。知識の習得だけなら日本にいても可能でしょう。しかし、マレーシアのような多民族・多宗教が混ざり合う環境で、日々異なる価値観に直面しながら生活する。この『リアルな摩擦』から得られる経験値だけは、AIでは決して代替できません」
事実、今回視察した各大学には世界各国から留学生が集まり、多様なアクセントの英語が飛び交っています。AI時代だからこそ、実体験を伴う留学の価値は向上していると、ここにいると実感します。
単なる語学力以上に、異なる背景を持つ相手とどう合意形成を図るかという真のグローバル適応力が試される環境と言えるでしょう。
現地の教育セクターが描くビジョンはどのようなものでしょうか。マレーシア全国私立学校協会(NAPEI)の会長を務め、語学学校ELCマレーシア校を経営するMs. Wai Cheng氏は、留学全体のトレンドについて次のように語ります。

サンウェイ大学国際オフィス前にて。左からWai Cheng氏、筆者、徳永氏(写真:筆者提供)
「現在、マレーシアは単なる『安価な留学先』から、アジアにおける『戦略的な教育ハブ』へと明確にシフトしています。政府機関(EMGS)による強力なバックアップ、そして産業界と直結した学位プログラムの拡充により、世界中から意欲的な学生が集まる土壌が完成しつつあるのです。私たちは、学生が大学の講義を理解するだけでなく、卒業後に即戦力としてグローバル市場へ飛び出していけるよう、ビジネス英語やソフトスキルの教育にも力を入れています」
Wai氏との対話で印象的だったのは、彼女の視点が語学という枠を大きく超え、マレーシアという国がいかにして世界の若者のキャリア形成に貢献できるかという点に置かれていることでした。
ウーロンゴン大学(UOW Malaysia)やテイラーズ大学(Taylor's University)、モナシュ大学(Monash University)などの大学はいずれも、卒業後の就業力(Employability)を強く意識したカリキュラムを組んでいます。
筑波大学マレーシア校の独自性
そして今、マレーシア留学の形態をさらに進化させる大きな波が起きています。2024年、クアラルンプールに開校した筑波大学マレーシア校です。マレーシア政府からの要請で設立され、日本の国立大学が学位を授与する初の海外分校として注目を集めています。
同大学の学際サイエンス・デザイン専門学群で教鞭を執る筑波大学・医学医療系の西村健教授は、この新機軸の教育について次のように語ります。
「私たちの最大の特徴は、『文理融合』のカリキュラムです。入学時点では専門を細かく決めず、文系・理系といった枠組みもありません。学生たちはまず、データサイエンスや環境問題、社会課題といった『グローバルイシュー』に向き合うための基礎を徹底的に学びます」
ユニークなのは、PBL(課題解決型学習)を中心とした実践的な授業スタイルです。
「例えば、工学の知識を生かしたブレーキシステムの設計や、社会課題を解決するためのアプリ開発など、具体的なプロジェクトにチームで取り組みます。単に英語で知識を学ぶのではなく、マレーシアという多文化の現場で、科学的・論理的な思考を武器にどう解決策をデザインするか。そのプロセスこそが、この大学の核心です」(西村教授)
またマレーシアの大学が日本国内でプログラムを提供する動きもすでに始まっています。
代表格が、UCSI大学日本校が開講した基礎教育課程ファンデーション・イン・アーツのような、渡航前に国内で準備を整えるハイブリッド型の選択肢です。UCSI JAPANの学長を務める大塚庸平氏は、日本で準備することの優位性を2つのポイントで指摘します。
まずは、英語力へのハードルです。「日本校であれば英検2級程度の学力からスタートでき、IELTSなどの公式スコアが手元になくても、段階的に大学レベルの英語力を引き上げることができます」。
次に、現地での落第率の低下です。「マレーシアの大学は入学のハードルが低い一方でドロップアウト(退学)率が非常に高いのが現実です。世界的なデータを見ても、IELTS 5.5以上の英語力とアカデミックスキルを備えてから進学することで、落第のリスクを抑えることができます」。
海外で一定期間、語学学校に通い、その後現地でファンデーション課程を修了する従来のルートに比べ、日本国内でこの課程を完結させることは、生活費の節約だけでなく、卒業(学位取得)というゴールに到達するための、合理的なリスク管理と言えるでしょう。
各大学を回り、改めて感じたのはマレーシア留学の費用対効果です。各校の授業料を整理すると、以下のようになります(1リンギット=34円換算)。
アメリカの州立大学が年間400万円を超え、円安の影響で生活費を含めた総額が1,000万円に迫るケースもある中、マレーシアは日本の私立大学とほぼ同等の学費で、世界標準の英語教育を享受できます。
何より、日本の大学(4年制)よりも1年早く、最短3年で海外学位を取得してグローバル社会に出られるメリットは、変化の激しい現代においてアドバンテージとなりそうです。
マレーシアは生存戦略の拠点になる
北米や欧州へのハードルが上がる中、国を挙げて留学生を歓迎し、英語で世界標準の教育を提供し続けるマレーシアの姿勢は、私たち日本人に新たな選択肢を提示しています。それはアジアの成長のど真ん中に飛び込み、世界標準の学位と多文化対応能力を賢く手に入れる選択肢です。
もはやマレーシア留学は、知る人ぞ知る裏技ではありません。
クアラルンプールの郊外に広がるモダンなキャンパス群と、そこで学ぶ多国籍な若者たちの輝く瞳。それを見た今、私はこう思います。
マレーシア大学留学は、予測不能な未来を生き抜く力を手に入れるための、きわめて現実的かつ強力な「生存戦略」なのです。