「最低賃金1500円」の話は立ち消え?中高年シングル女性、就職氷河期に振り回された約600万人の「透明な存在」

「2020年代に最低賃金全国平均1500円にする」という議論が国会で進んでいたが、2025年11月開催の参院予算委員会で高市早苗首相はそのことに言及せず、事実上撤回となったままになっている。先日の自民党圧勝の選挙後も、高市首相はその件には触れていない。

「賃金も上がらず、日本列島を強く、豊かに、と言われても誰が豊かになるのだろう」「国ではなく、人の生活を豊かにしてください」

といった声もSNSで散見する。

こういった「上がらない賃金」の中で男性も女性も、若者も高齢者も苦労しているが、中でも社会から取り残された存在になっているのが、40代以降の中高年のシングル女性たちだ。

40歳以上の中高年期のシングル女性、元母子家庭、独身で来た人、別居中の人で集まり、ともに支え合っている自助グループの『わくわくシニアシングルズ』が2022年に2345人の40歳以上の単身女性に行った調査(※1)によると、年収200万未満が30.4%、半数を超える54.2%が年収300万未満であった。そして、非正規/自営が半数以上(そのうち半数以上が不本意非正規)。重い住宅負担(費用、保証人問題)を抱えている人も多く、65歳以上は月収10万円未満が半数以上で、70歳の4割強が働いている。今の暮らしぶりは、7割近くが「やや苦しい・大変苦しい」と回答し、生活が厳しい状況にあることがわかったという。

自身もシングルであるライターの和田靜香さんは、約30名の当事者である女性たちにそれぞれが抱える問題を丁寧に聞き、『中高年シングル女性 ひとりで暮らすわたしたちのこと』(岩波文庫)にまとめた。多くの女性たちだけでなく、政治家などからも「現状を知らなかった」「考えていくべき問題である」の声が集まっているという。

前編では、本書執筆のきっかけや、取材を通じて見えてきた中高年シングル女性の「透明化」についてライターの田幸和歌子さんが、和田さんに聞いた。後編では、非正規雇用や住宅問題など制度的な課題、そして若い世代へのメッセージを引き続き伺う。

※1:中高年シングル女性の生活状況実態調査(わくわくシニアシングルズ)

知らなかった非正規公務員の実態

――「中高年シングル女性」の誰もがつらい状況について、制度的な問題として、何が一番大きいとお考えですか。

和田靜香(以下 和田):「やはり非正規雇用ですね。2024年の統計では、女性の非正規率は52.7%で、男性の22.5%の2倍以上。非正規雇用者全体の約7割が女性なんです。雇用が安定して賃金がちゃんと払われれば、年金も増える。そこが変われば大きく違ってくるはずです」

――非正規雇用については著書でも多く触れていますが、中でも衝撃だったのは、「会計年度任用職員」の実態でした。前編でも少しお話が出てきましたが、この問題、以前から和田さんは指摘されていますが、世の中的には実態を知らない方も多いと感じました。

和田:「会計年度任用職員というと、漢字が並んでいて何それ? と思う方もいるかもしれませんが、地方自治体で働く非正規公務員のことで、70%以上が女性。そのうち半数くらいが単身者です。専門職でありながら、1年ごと、あるいは半年ごとの契約で、いつ切られるかわからない。ある方は『物品扱いで出し入れされている』と表現していました。人事課を通さず、ノートや鉛筆を買うような感覚で雇用される、と。

この『中高年シングル女性』のテーマを月刊誌『世界』で連載していたときに、小池晃さん(日本共産党)が読んでくれ、この会計年度任用職員の問題をSNSで『なんとかしなきゃいけない問題だと思った』と書いてくれました。共産党の方って、一般の人の困りごとをいろいろ聞いて歩いている人たちじゃないですか。それでも実態が十分には知らなかったというくらい、この問題は社会の中で置き去りになっていて。見えていなかったんです。もっと声を挙げていかねばならない問題だと思います。

知らなかった非正規公務員の実態, 中高年になっていく就職氷河期世代, 生活保護と支援制度のわかりにくさ, 想像以上に政治家からリアクションがあった, 誰もがシングルになる可能性はある

会計年度任用職員の雇用形態の問題など政治家でもきちんと把握できていない事柄があまりに多い。写真はイメージです。photo/iStock

中高年になっていく就職氷河期世代

――私自身、就職氷河期世代です。この「会計年度任用職員」問題の直撃を食らっているのが、就職氷河期世代である、というのも気になりました。

和田:「そうなんですよ! 今回、本を作るにあたってお話を伺う方の募集を公務非正規労働に従事する女性たちの全国ネットワークの『はむねっと』のメーリングリストでもさせていただきました。それに応えて連絡をくれた全員が、就職氷河期世代でした。そのうちのひとりは、東京から遠い地方で会計年度任用職員として働いていて、両親は早くに亡くなり、実家に一人で住んでいる方です。東京で賃貸に住んでいると、『家があっていいですねぇ』なんて安易に言ってしまいがちですが、彼女の自宅はあちこち修理が必要なのに、修繕費用はない。

取材でお会いしたとき、彼女が本当に心細い様子だったのを覚えています。先が見えない中を生きることが、とことん追い詰めている。首都圏ではいろんな人がいて多様性がありますが、地方では“結婚して当たり前”という空気がまだ強く、孤立しやすい。職場でも短期間の契約だから人間関係が作れない。つながりを持てないまま、一人で抱え込んでしまう」

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実家の家があっても、修繕したくても修繕費がなく、できないケースも少なくない。写真はイメージです。photo/iStock

――国は非正規の方などに対して学び直しの「リスキリング」や資格取得を勧めますが、実態を把握していないな、と思いますね。

和田:「非正規の方は『まず資格を』と言われますよね。取材した方の中にも、資格を取りまくっている方もいました。それでも状況は変わらない……。静岡で就労支援をしている方によると、資格を取っても上がるのは月額1万円程度で、ほとんど意味がない。

もうこうなると、個人の努力ではどうにもならないんですよね。副業を勧めるとかリスキリングとか、そういうことじゃない。正規雇用を増やす、賃金を上げるという制度的な対応が必要です」

生活保護と支援制度のわかりにくさ

――著書の中に、「8時間労働」が当たり前と思わされていたのでは、という指摘があって私自身も、ハッとしました。

和田:「私もそうでした。この指摘は、東京生まれ東京育ちの40代の女性が言っていたんです。『1日8時間働けるのは、家に専業主婦がいて、帰ったらご飯が準備されている人だけ』と。彼女は大学時代からファストフード店で働いて、大学を卒業しても就職がなかったからそのままバイト先で15年以上働いて、ほぼ店長みたいな仕事をしてきた優秀な方です。

でも、正社員になると転勤させられてしまう。一人暮らしで家事もすべて自分でやりながら8時間フルタイムで働くのは難しい。でも働かないとお金がない。生活保護を受けたいけれど、基準を満たせない、と。

この考え方は衝撃でした。8時間労働という制度自体が、性別役割分業を前提にしている。海外では「短時間正社員」のような制度がありますが、こういった就労の形そのものがちゃんと整備されれば、状況は変わっていくと思います。

――生活保護についても、意外な壁があるそうですね。

和田:「大阪では、4つのアルバイトを掛け持ちしている方がいました。なぜ4つも働いているかというと、持ち家があるから生活保護を利用しづらい。制度上は持ち家でも生活保護を受けられるはずなんですが、窓口での“水際作戦”が厳しく、『フードバンクに行ったらどうですか』とか言われてしまう。

結局、家も貯金も年金も何もない人の方が、実は制度には助けてもらいやすいんですね。貯金も全部使い果たし、家も失い、何もなくなってから、初めて助けられる。それっておかしくないですか。立て直すのがすっごく難しくなる。

ただ、自治体によっても生活保護の受けやすさは全然違っていて、住む場所によって運命が分かれてしまう。こういった不公平がある制度なのですから見直しが必要だと思います。生活保護の制度を変えてほしいと、取材した女性たちは言っていました。

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写真はイメージです。photo/iStock

――でも、自分の住む地域にどんな支援があるのかも、わかりにくいですし、積極的に調べない限りたどり着けないものも多いですよね。特に中高年になると支援情報にアクセスできるかどうかは、個人差がかなりある気がします。

和田:「本当にそうです。私は仕事柄、検索に慣れているから“鬼のように検索”して情報を見つけられる。でも、普通はそこまでできない。税金は問答無用で徴収されるのに、支援の情報は自分で調べないとたどり着けないわけです。

住宅支援にしても、自治体によって全然違う。大田区では区がアパートを借り上げて65歳以上の単身者に安く貸す制度があると最近知りました。でもそういう情報はホームページの奥深くにあって、当事者でも知らない人が多い。日々の生活に必死だと、情報を探す余裕がない。困っている人ほど、支援にたどり着けないという現状があります。

想像以上に政治家からリアクションがあった

――社会構造や制度を変えないと、どうにもならない課題が多いですが、この本について政治家からの反応はありましたか。

和田:「立憲民主党の蓮舫さんと辻元清美さんは「中高年シングル」の政策を進めたいとSNSで言ってくれていますし、共産党の宮本徹さんは住宅問題について特に政策提案をしてくれています。

ただ、本当は与党の人にこそ読んでほしい。女性の労働問題やフェミニズムを勉強している赤澤亮正さんには本を送りました。高市さんにも送りたいですね。他にも女性問題に関心を持っている与党議員もいるはずなんです。実際に制度を変えられるのは与党ですから、そこに届いてほしい」

――「中高年シングル女性」がテーマですが、可視化されにくいだけで、中高年になって突然目の前に現れる問題ではないですよね。若い世代に届けたいメッセージはありますか。

和田:「本を読んでくださった30代の方からは、『将来の自分を読んでいる感じがする』という声をいただきました。

取材に参加してくれた編集者の方も『私も死ぬまで働かないと食べていけない』『死ぬまでどこだったら働けるかな』と言っていました。フリーランスも多い業界ですから、みんな他人事じゃない。

20代、30代だと、遠くに感じるかもしれません。今は一人で自由に家も選べる。でも、年を取ると家を借りられなくなる。体力も落ちてくる。親の介護も始まる。

本の中で、何度もその詩を引用した詩人の石垣りんは、84歳で亡くなるまで詩を書き続けた。でも彼女には谷川俊太郎さんが保証人になってくれるような人脈があった。でも、ほとんどの人にはそういう人はいません。

それから、これは大事なことですが、結婚している人も“関係ない”とは言えません。女性は男性より長生きする。離婚することもあれば、夫に先立たれることもある。最終的には多くの女性が、将来シングルになる可能性を持っています。だから、これは“一部の人の問題”ではなく、女性全体、いや社会全体の問題なんです」

知らなかった非正規公務員の実態, 中高年になっていく就職氷河期世代, 生活保護と支援制度のわかりにくさ, 想像以上に政治家からリアクションがあった, 誰もがシングルになる可能性はある

死ぬまで生活のために働きたいと思っている人はとても多い。写真はイメージです。photo/iStock

誰もがシングルになる可能性はある

――確かに結婚していても、夫も子どももいなくなったり、頼れなくなる可能性もある。逆に言うと、この本で取り上げている問題がすべて自分とは生涯無関係と言いきれる人は、ほとんどいない気がしました。

和田:「『誰かが助けてくれる』『制度がなんとかしてくれる』『そのときになったらどうにかなる』と思っている人が多いかもしれません。でも実際には、中高年シングル女性を助ける制度はほとんど整っていない。共助だけではどうにもならない。公的なセーフティネットが必要です。

本を出してから、多くの方が『自分のことが書いてある』と言ってくださいます。みんなが困っているということ、連帯できる仲間がたくさんいる。一人で抱え込まないでほしい。

Amazonの書評コメントやSNSなどでは『政治のことばっかり言ううるさい女』みたいなレビューも書かれます。そのとおり! と笑いましたが、でも、政治を変えていくしかない。声を挙げ続けて、制度を変えていく。結局はそこに行き着くんです。みんなでつながっていきましょう」

和田靜香(わだ・しずか) 1965年生まれ。ライター。著書に『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(朝日文庫)、『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』(左右社)など。