おいしいだけじゃなく「幸せになる」コーヒー屋を目指す猿田彦珈琲 賞味期限が短くなった商品を寄付する理由

 東京・恵比寿。JR恵比寿駅から徒歩2分。カウンター席や外のスペースを含めてもわずか12席というこぢんまりとした店内。これが猿田彦珈琲の本店だ。木のぬくもりを感じさせるテーブルに窓際のカウンター席。淡いブルーがアクセントのレジ台に間接照明。どこを切り取ってもホッコリ。広さは8.7坪だけ。おいしいだけじゃない、やさしい猿田彦珈琲の取り組みについて、猿田彦珈琲・法人営業部部長の池亀寿太郎さんに聞いた。

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――猿田彦珈琲はどこかあったかい感じがします。

 コンセプトは、「たった一杯で幸せになるコーヒー屋」です。創業者であり代表の大塚朝之は、かつて俳優として活動していました。俳優時代は「自分が目立とう」と意識するほどうまくいかず、悩んだといいます。でも「作品のために」「共演者のために」と視点を変えたとき、状況が好転。その経験から、大塚が今も繰り返し口にする言葉が「利他的な心」です。この姿勢が、猿田彦珈琲の事業の根幹にあるんです。

 事業ですから利益を出さなければなりませんが、ただそれだけを追い求めるのではありません。目先の利益よりも遠いところを見ています。常に周りの方に笑顔になってもらいたい、喜んでもらいたい、そんな思いでやっていると自然と周りの方が支えてくれるようになったり、ご縁をつなげてくださったりするようになり今に至っています。

――社会貢献活動に力を入れています。

 ご縁により、シンガー・ソングライターのさだまさしさんとつながり、さださんが設立者で理事を務めていた「公益財団法人 風に立つライオン基金」とともにチャリティ企画「スマイルコーヒープロジェクト」を2020年末からスタートさせました。「さだ彦珈琲のコーヒーゼリー」「さだ彦コーヒー」などを作り、収益の一部を「風に立つライオン基金」へ寄付しました。これはフードロス削減の観点から、テスト焙煎などにより発生した販売できない豆を使っています。コロナ禍では、「チルドコーヒー」を全国の医療機関などに1万本ほど寄付しました。猿田彦珈琲の社会貢献は、単発の善意ではなく「できることを、できる形で続ける」が基本にあります。

 日本の食品流通の商習慣である「3分の1ルール」によって返品された商品は、ディスカウント販売を行わず、一度回収したうえで、困窮子育て家庭支援団体「チョイふる」などに寄付しています。 賞味期限が短くなった商品は、一般的にディスカウントショップなどで再販されるケースも多いようですが、弊社ではそのようなことはいたしません。それは、猿田彦珈琲のブランドイメージを守るためだけではなく、何より「おいしいコーヒーで、多くの人の笑顔を引き出したい」という強い思いがあるからです。

 コーヒーを通して障害者支援活動もやっています。元プロサッカー選手の加々美太一さんが代表を務める「クローバープロジェクト」という活動があります。障害を抱えた子どもたちが楽しく笑顔で遊べる場所や機会を提供しています。猿田彦珈琲も協賛するようになりました。最初はイベント時にコーヒーを無料で提供していましたが、その後は1杯100円にしてその利益を寄付することにしました。プロジェクトとのコラボ商品の収益も全額寄付しています。

 猿田彦珈琲が買い付けを行ってきたインドネシア・アチェ地域の街が昨年11月末、大規模な洪水により甚大な被害を受けました。収穫の時を迎えていたコーヒーは流され、農園は壊滅的な被害を受けました。今、現地ではインフラの復旧や住民の食料確保が最優先で進められていますが、大切に育ててきた農園の復旧や、そこで働く人々の生活が元通りになるまでには、まだ長い時間が必要です。そこで猿田彦珈琲では、昨年買い付けたインドネシア・アチェ地域「RIBANG GAYO MUSARA農園」のコーヒーを使用した商品の販売利益全額を洪水被害者支援として寄付することにしました。どこかで誰かが飲んでいる猿田彦珈琲の一杯が、遠く離れた場所で暮らす人々の明日への希望につながります。

――認知症になっても地域で働ける場として広がっている「注文をまちがえるカフェ」にも協賛されています。

 高齢社会にあって非常に意義のある取り組みだと思っています。役割や居場所を社会の中で提供するわけですから。おいしいコーヒーで、認知症になっても住みやすい地域になるよう貢献できたらと思っています。猿田彦珈琲で人気のドリップバッグ「大吉ブレンド」を無償提供しています。

――社会貢献をする一方で、品質へのこだわりは?

 品質に関しては一切、妥協しません。代表は、週1日は、何も予定を入れない日を作り、焙煎所にこもって焙煎士(ロースター)とともに味のチェックをするというのを怠りません。あるときは、イベントに出した豆のわずかな違和感に気づき、当日の豆をすべて引き揚げて、すぐに代替品を送り直したということもあります。何より原価やコストを考える以前に、「飲む人の笑顔」を最優先するからなんです。このこだわりこそ猿田彦珈琲のやさしさだと考えています。

 私たちが扱うのは、厳格な品質評価をクリアし、その土地ならではの個性や特徴が明確に感じられる「スペシャルティコーヒー」です。これは市場全体の上位5%ほどしか存在しない、極めて希少なコーヒーです。猿田彦珈琲が買い付けるコーヒー豆は、そのスペシャルティコーヒーの中でもトップクラスのみ。仕入れ先であるコーヒー農園とは、互いに敬意をもって、共通の志を持ち、サステナブルなパートナーシップを築くようにしています。猿田彦珈琲で働く従業員がバリスタチャンピオンシップで優勝したり、事業を拡大したりすることは、農園への貢献にもなると思っています。

――猿田彦珈琲店のトリエ京王調布店(東京・調布市)は、調布焙煎ホールという名称で、店内には焙煎機もあり、子どもから大人まで楽しめる本がいっぱいです。

 ブックディレクターが選出した本をそろえていて、不定期に本も入れ替えています。段差をなくし通路は広くし、小さい子ども連れのお母さま方や、車椅子の方、高齢者にも過ごしやすい空間を作っています。

 猿田彦珈琲の店舗にはマニュアルは存在しませんが、「目の前の人にはやさしくする」ということに関して従業員の意識が徹底されていると思います。

 コーヒー屋ですが、コーヒーが苦手な人、飲めない人も一緒に楽しんでもらえるようにと、質の高いディカフェ(カフェインレス)の豆にも力を入れています。ディカフェのほうが普通のコーヒーよりおいしいと言うスタッフもいるくらいなんです(笑)。

――最後に、池亀さんにとっての「やさしさ」とは何でしょう。

 常に心掛けているのは「相手の立場になって物事を考える」ということです。一生懸命になりすぎて目の前のものにとらわれると、自己的、自分目線になりがちですので、物事を俯瞰して見るように気を付けています。自分にとってよいことが、相手にとってよいとも限りませんから。やさしさも同じですよね。相手にとってのやさしさって何だろう。そのとき必要なやさしさって何だろう。そう考えること、考え続けることも大切なんだと思います。

――さらにもう一つ。池亀さんにとって、やさしくなるご飯“やさ飯”もお聞かせください。

 ホットケーキです。ホットケーキにはかなり力が入ります。いわゆる昔ながらの、ふわふわもちもちしたおいしいホットケーキとコーヒーの組み合わせは最強です。僭越ながら、わたくしの名前から名付けた「寿太郎のホットケーキ」というネーミングで猿田彦珈琲一部店舗でも提供しています。調布と立川と奈良。現在3店舗で、このホットケーキを提供しています。ぜひ私の“やさ飯”を召し上がってください(笑)。

(編集部・大崎百紀)

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