「心に希望の種を」種苗店主が英語でつづる震災手記 岩手県陸前高田市 佐藤貞一さん

岩手県陸前高田市で被災し、種苗店を営みながら英語で震災手記を執筆する佐藤貞一さん=1月、岩手県陸前高田市
岩手県陸前高田市の高台にある種苗店「佐藤たね屋」。店主の佐藤貞一さん(71)が接客の合間に、英語の長文が表示されたパソコンの画面を見つめていた。
「The Seed of Hope in the Heart(心に希望の種を)」
震災で受けた津波の悲惨さ、復興への思い、後世への教訓などを英語で自ら手記にしたためてきた。14年間、1日も欠かすことはなく、気がつけば幾度も版を重ねた。
平成23年3月11日、市内で種苗店を営んでいたが、津波で自宅兼店舗を流される被害にあった。自力で廃材や津波がれきなどを集めてプレハブの店舗を作り直し、自ら掘って井戸水を引いたりしながら、その年の8月に店舗を再開させた。「何があってもはい上がる精神力がないと津波には勝てない」と当時を振り返る。

岩手県陸前高田市の種苗店店主、佐藤貞一さんが執筆した英文の震災手記の第5版
その様子を東京芸術大出身の監督がドキュメンタリー映画「息の跡」として公開した。国内外で反響を呼び、佐藤さんを訪ねる人々の姿が絶えなくなった。
きっかけは友人らの死

手記を英語でしたためようと思ったのは23年11月ごろ。震災前に縁あって参加した市民向けの英会話講座で知り合った米アラスカ州出身の外国語指導助手(ALT)、モンゴメリー・ディクソンさん=当時(26)=や友人らが亡くなったことを知った。
自分より30歳以上も若い友人たちの死に「自分のような年寄りが生き残った。俺にできることはねえのか」。拙いながら英語で手記を書くことを始めた。心なしか「できないはずの英語ができていく」と筆が進んだ。

佐藤貞一さんが震災後に自力で再開したプレハブの店舗=平成25年1月、岩手県陸前高田市(佐藤貞一さん提供)
時折、気力を失うこともあった。それでも津波で亡くなったディクソンさんの恩師の女性が手記の存在を知り、米国から佐藤さんの元を訪れてくれたことが励ましにもなった。
「庶民の目線」で書く
24年3月に出した初版は30ページほどの小冊子。版を重ねるにつれ、ページ数を増やした。29年に出した版は約280ページにも上る。初版から第5版まで計約5000冊が売れた。
地元にまつわる歴史や言い伝え、震災の被害から店舗再建までの記録に加え、《古くから記録されなかった津波》《堤防を建てるには津波そのものを知る必要がある》など、経験をもとにした提言のような章も盛り込まれている。
手記では、震災遺構を象徴する「奇跡の一本松」を武蔵坊弁慶の立ち往生になぞらえた。敵の矢を受けながらも主君の前に立ち続けた弁慶と、津波の中でも生き残った奇跡の一本松を重ねた。そこには、自分を鼓舞する思いもあった。
「あくまでも学問的、科学者的なことではなく、庶民の目線を書き残すことが大事なんじゃねえかな」
第5版から9年ぶりの出版に向け、復興事業や、再開発への厳しい意見も含め「本音」を書きとめた。まちの高台移転に伴い、現在は同市高田町栃ケ沢地区で店舗の営業を続ける。「たね屋の片手間のいたずらだ」と笑いながら、900ページ近くの大著を見込んでいる。
「誰にでもわかりやすい英語にできればと思っている。15年で、けりをつけられたら。今年中にできるかな」。少しずつまき続けた種がもうすぐ実を結ぶ。(海野慎介)