「中国地方の鉄道」、現役ローカル線と廃線の記憶

かつてはにぎわった「山間部の要衝」, 川沿いを行く「消えたローカル線」, 「原風景」を行く列車たち, 「寅さん」が旅するローカル線

2018年に廃止された三江線(撮影:南正時)

鳥取・島根・岡山・広島・山口の5県からなる中国地方には、太平洋側に山陽本線、日本海側に山陰本線が走り、その間の山間部を縫うようにローカル線網が張り巡らされている。

【貴重な写真を一挙公開】▶中国地方の現役ローカル線と、もう乗ることもできない廃線の記憶▶スイッチバックで知られる木次線や芸備線、因美線など中国山地を走る路線、廃止された三江線や可部線非電化区間のありし日の様子など

近年、中国地方のローカル線は話題になることが多い。残念ながらその多くは廃止などのニュースだ。2018年に三江線が廃止となり、今では芸備線の一部区間の廃止が取り沙汰される。木次線のトロッコ列車「奥出雲おろち号」も23年に姿を消してしまった。

だが、本線ながらローカル線のムードが色濃い山陰本線なども含め、中国地方の鉄道は派手な絶景はなくても「日本の原風景」といえる美しい風景の中に溶け込んだ路線が多い。今回は、そんな中国地方のローカル線を取り上げたい。

かつてはにぎわった「山間部の要衝」

中国地方の鉄道を撮影するようになったのは、蒸気機関車(SL)末期の昭和40年代後半だ。急勾配とスイッチバックのある山岳路線、木次線のC56形は残念ながら間に合わなかったが、山陰本線では数多くのSL列車を撮影した。のちにSLが復活する山口線や、倉吉線(1985年廃止)なども訪れている。

【写真】スイッチバックで知られる木次線や芸備線、因美線など中国山地を走る路線、廃止された三江線や可部線非電化区間のありし日の様子、今は「錦川鉄道」となった岩日線の国鉄時代の姿、消えた私鉄ローカル線、そして本線ながら「偉大なローカル線」ともいわれる山陰本線など、中国地方を走るローカル線の列車たち

だが、その際はあくまでSLの取材が目的だったため、芸備線や木次線、三江線など、中国山地を走るローカル線には足を踏み入れていなかった。これらの路線を回ったのは昭和50年代の初頭だ。『全国ローカル線の旅』という本の取材で、元国鉄マンの作家、檀上完爾さんとその名のとおり全国のローカル線を回った。

この時、とくに記憶に残っているのが備後落合駅である。芸備線と木次線の接続する駅で、最近は赤字ローカル線の問題でニュース映像に登場することも多い。今では発着するのは単行の気動車で、列車本数も極めて少なく「秘境駅」といわれるが、当時は本数も多く駅前もにぎわっており、山間部の鉄道の要衝という趣があった。

宍道から木次線でこの駅に到着し、乗り換えた芸備線の列車は当時新鋭だった「レッドトレイン」こと50系客車をDE10形ディーゼル機関車が牽く編成だった。3月ながら雪景色の中、赤い客車の姿が非常に印象に残っているが、残念ながら当時のカットが見当たらないのが悔やまれる。

かつてはにぎわった「山間部の要衝」, 川沿いを行く「消えたローカル線」, 「原風景」を行く列車たち, 「寅さん」が旅するローカル線

JR化後の備後落合駅は各線1日数本の列車が発着するのみとなっている(撮影:南正時)

木次線の思い出

山陰方面のローカル線は、ブルートレイン「出雲」の同乗取材や撮影などの際に立ち寄るという形が多かった。

とくに木次線は、亀嵩駅が松本清張の小説『砂の器』に登場するからというわけではないがミステリアスな魅力を感じ、JR化後もたびたび訪れ、筆者の鉄道以外のテーマである湧き水の取材でも訪問した。出雲坂根駅に泉源のある「延命水」はとくに有名だ。98年にトロッコ列車の「奥出雲おろち号」が運行開始してからは、この列車の取材も行っていた。

かつてはにぎわった「山間部の要衝」, 川沿いを行く「消えたローカル線」, 「原風景」を行く列車たち, 「寅さん」が旅するローカル線

出雲坂根駅に湧く「延命水」(撮影:南正時)

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2023年まで木次線を走っていたトロッコ列車「奥出雲おろち号」(撮影:南正時)

【写真】「3段式スイッチバック」で知られる木次線の出雲坂根駅。湧き水でも有名

だが、備後落合まで行く機会はなかなかなく、近年訪れた際はまさに隔世の感であった。最近は「乗り鉄」でにぎわうこともあるようだが、その時は各方面に向かう3本の列車がそろったタイミングでも乗客は2人だけだった。山中の駅ながら3方向の列車が集うターミナルという雰囲気はなく、かつての姿との差にショックを受けた。

JR西日本は、芸備線・備後落合―東城間の営業係数を9945と発表している(22~24年度平均)。つまり、100円稼ぐのに9945円の費用がかかるということだ。人口減少が進む中、鉄道の維持は厳しさを増している。

中国地方の山間部を走るローカル線は、すでに廃止された路線もある。18年には長距離ローカル線だった三江線(三次―江津間、108.1km)が全線廃止となった。

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江の川沿いを走る長距離ローカル線だった三江線(撮影:南正時)

川沿いを行く「消えたローカル線」

三江線はもともと南線と北線に分かれており、全通は1975年と新しい路線だが、昭和50年代に全国のローカル線を取材した時点ですでにかなりの過疎路線であった。沿線風景は日本の山間部のローカル線らしさを感じさせる美しさで、車窓から目を凝らして撮影に適した場所を探したものだ。

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三江線は1975年に全線が開業、2018年に廃止された(撮影:南正時)

可部線の非電化区間だった可部―三段峡間(46.2km、2003年廃止)も渓谷美が印象に残っている区間だ。同区間のうち、可部からかつての河戸駅近くのあき亀山まで約1.6kmは電化路線として17年に復活し、今では通勤路線となっているが、これは快挙であろう。

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可部線の非電化区間、可部―三段峡間(2003年廃止)は太田川沿いを走る景勝路線だった(撮影:南正時)

【写真】懐かしの私鉄、岡山臨港鉄道の気動車。同線は1984年に廃止された

23年の豪雨で被災し、鉄道としての再開が事実上断念された美祢線(長門市―厚狭間、46km)も記憶に残る路線である。同線は長らく石灰石などの貨物輸送で支えられていたため、ローカル線然とした路線でありながら、運賃計算のうえでは「地方交通線」ではなく幹線扱いである点も特徴だ。

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DD51形ディーゼル機関車が牽引する美祢線の石灰石貨物列車(撮影:南正時)

同線はDD51形ディーゼル機関車の牽引する石灰石貨物列車の撮影が目的であることが多かったが、思い出にあるのは昭和50年代、全国ローカル線の本の取材で檀上氏と訪れたときのことだ。線路沿いの温泉旅館で宿の人の協力を得て、温泉から列車が見えるカットを撮影した。今ではこのような取材はなかなか難しいであろう。

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温泉から見た美祢線を走る気動車。温泉宿の人がモデルになってくれた=1983年6月(撮影:南正時)

「原風景」を行く列車たち

中国地方の鉄道、とくに山間部のローカル線は美しい風景ではあるものの、木次線の3段スイッチバックや山陰本線の海沿いなどを除けば、各線に大きな特徴やいわゆる「絶景」があるわけではない。過去の写真を改めて確認しても、どの路線か思い出すのに時間がかかることも多い。

かつてはにぎわった「山間部の要衝」, 川沿いを行く「消えたローカル線」, 「原風景」を行く列車たち, 「寅さん」が旅するローカル線

国鉄時代の岩日線(現・錦川鉄道錦川清流線)。3両とも違う形式の気動車を連ねた列車が走る(撮影:南正時)

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芸備線の志和口付近。山と川、そして田園が広がる中を気動車が行く(撮影:南正時)

【写真】非電化だった時代の伯備線を走る急行「おき」

だが、大きな特徴や有名な景勝地などがなくても、これらの路線の沿線風景は美しいと感じる。それはおそらく、中国地方のローカル線が「日本の田舎」の原風景といえるような、誰もが懐かしさやほっとする感じを受ける景色の中を走っているからであろう。

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福塩線の非電化区間を走る気動車(撮影:南正時)

「寅さん」が旅するローカル線

中国地方のローカル線は、映画『男はつらいよ』にもたびたび登場する。95年に公開された第48作(最終作)『男はつらいよ 寅次郎紅の花』には、因美線の美作滝尾駅が登場する。

寅さん映画の大ファンである筆者はこれまでに映画のロケ地や鉄道との関わりなどを数多く取材し、雑誌記事や書籍などで発表してきた。この駅ではさまざまな人の協力を得て、筆者が寅さんに扮し再現写真も撮影した。

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寅さんに扮した筆者。懐かしさを感じる風景の映画ロケなどには中国地方のローカル線は最適であろう(所蔵:南正時)

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因美線の美作滝尾駅(撮影:南正時)

【写真をもっと見る】木次線や芸備線、因美線など中国山地を走る路線、廃止された三江線や可部線非電化区間、岡山臨港鉄道や片上鉄道、今は「錦川鉄道」となった岩日線の国鉄時代の姿、そして山陰本線など、中国地方を走るローカル線の列車たち

駅には、「『故郷』の香りが立ち込めるような、消えようとしている日本の良き時代のシンボルのようなこの駅が、永遠にそのままであってくれることを、寅さんと共に心から願ってやみません」との山田洋二監督の言葉が掲出されていた。

寅さんが列車で旅した風景は、当時でも失われつつあった日本の原風景だったが、まだそれがかろうじて感じられるのが、中国地方のローカル線であろう。写真家である筆者にとっても、どちらかといえば「撮る」のもいいが「乗りたい」路線の数々である。