82歳医師が語る「これからが人生本番」の力強さ

"寄り添う診療"を信条とし、診療中はつねに 患者の目を見て笑顔で話を聞く医師の菅沼安嬉子さん。診療後に、カルテをパソコンに打ち込んでから次の患者さんに対応している(写真:『80歳、これからが人生本番』より)
82歳・現役内科医として
人生100年時代、後半の人生を健康にイキイキと過ごしたいというのは、多くの人に共通している願いだと思います。
【写真】筋力を落とさないために菅沼医師が日課にしていること
2024年の日本人の平均寿命は、女性が87.13歳、男性が81.09歳。いまや90代でお元気な方も多いですし、100歳を超える人も珍しくありません。
でも、長寿の時代になればなるほど、「元気に過ごせるのは何歳くらいまでだろう」「晩年、病気でしんどい思いをするのではないか」などと、不安を抱く人もいるでしょう。認知症の心配をする人も、少なくないと思います。いまや誰もが、「100歳まで生きる」ことを前提として人生後半の健康管理を行わなくてはいけない時代なのです。
命を全うするまで、できるだけ健康でいるためにはどうしたらいいのか。私は、できれば50代からライフスタイルを見直すべきだと考えています。
50代は、いわば人生の折り返し地点。そこを過ぎ、60代、70代、80代と年齢を重ねるにつれ、人の体は変化していきます。あまり好きな言葉ではありませんが、「老化する」のです。
年齢が高くなるに従い、病気のリスクも高まるでしょう。そうしたマイナスの変化を、いかに最小限に食い止めるのか。老化のスピードを抑え、どのようにして健康を保つのか。年代ごとに気をつけなくてはいけないことが変わってきます。
かくいう私は、今年6月に、83歳になります。みなさまからはよく、「いつもお元気ですね」「エネルギッシュでびっくりします」といわれます。実際、自分でいうのもなんですが、心身ともに元気いっぱい。忙しく飛び回っています。
そんな私の様子を見て、「やっぱりお医者さんは健康に関する知識をたくさん持っているから、お元気なんでしょうか」と尋ねる方がいます。その答えは、イエスでもあり、ノーでもあります。

筋力を落とさないよう、洗面台につかまって腕立て伏せを行っている(写真:『80歳、これからが人生本番』より)
私は長年、内科医として診療をし、産業医としても多くの働く人たちの健康を支えてきました。また、1985年から2000年まで、非常勤講師として慶應義塾女子高等学校の保健授業を担当し、健康に過ごすために大切な体のしくみと病気の予備知識について教えてきました。
アンチエイジングのための食の養生訓のような本も出しています。ですから、予防医学と成人の健康管理に関しては、専門家といってもいいでしょう。
私が健康でいられるのは、そうした医学的知識に基づいて生活をしてきたことが大きな理由であるのは確かです。でも、80歳を過ぎても元気でイキイキと過ごせているのは、それだけが理由ではありません。
この歳になっても夢や目標を持ち、日々それに向かって邁進しているから、いつもワクワクしていられるし、健康でいられるのです。実際、本気で「これからが人生本番」と思っています。
体と心は、両輪です。体が健康でないと、なかなか気持ちが前向きになりにくいでしょうし、ストレスが病気を招いてしまうこともあります。実は私も夫の病気と向き合うのがつらく、それがストレスとなって体調を崩したことがあります。
逆に「毎日が楽しい」「充実している」といった気持ちでいると、免疫力も上がり、何歳になっても若々しくいられ、健康を保ちやすいのです。今の私は、まさにその状態だと思います。
60代の人も、70代以降の人も、決して遅くはありません。今日から「今、できること」を始めて、「これからが人生本番」と思える80代を目指しませんか。
なぜ50代がターニングポイントなのでしょう
まず、50歳とはどんな年齢なのかを考えてみましょう。
お勤めをしている人は、それなりに責任のある立場にあるかもしれませんが、65歳が定年だとすると、今の職場で働くのはあと15年。そろそろ、その後の人生を視野に入れたほうがいい年代です。
専業主婦で過ごしてこられた方は、これまでご家族のためにがんばってきたと思います。お子さんがいる方も、子どもの独立後は「自分のために生きる」ことを想定して、次のステップを考えるのにちょうどいい時期ではないでしょうか。
最近は晩婚化が進んでいますので、まだ子どもが成人していないケースもあるでしょう。子どもの進路問題に頭を悩ませる方もいるかもしれませんし、成人したらしたで、なにかと心配の種は尽きません。
でも、次のステップはもう目の前に迫っています。体力的にはまだまだ元気ですし、新しいことを始めるだけのエネルギーもあるはず。50代こそ、第二の人生を見据えて準備を始めるのにふさわしい時期なのです。

現在はサービス付きシニアレジデンスで暮らしている。お正月や敬老の日など行事に合わせたお食事を楽しみ、自宅でもお化粧やおしゃれを欠かさない(写真:『80歳、これからが人生本番』より)
一方で、50代というのは近い将来、親の介護問題も現実味を帯びてくる世代です。遠距離介護の方もいるでしょうし、介護離職を余儀なくされる方もいるかもしれません。つまり子どもの心配と親の心配、両方が重なる年代でもあるのです。
そのためいろいろ、ストレスを感じることも多いでしょう。そして女性にとってもっとも大きい変化が、閉経とそれと前後して起こる「更年期」です。
更年期に起きる症状はさまざまですが、更年期のしんどさと生活の激動がともにのしかかってくるのが、女性にとっての50代といえます。そして閉経後、女性の体はまったく別のフェーズに入るといっても過言ではありません。
夢のある第二の人生をスタートするためには、更年期を上手に乗り越えるとともに、アフター更年期ともいえる60代以降の肉体の衰えをできるだけくい止めるための生活習慣を身につけるのが大事となります。
60代の生き方で将来が変わります
60歳を「還暦」と呼ぶのは、みなさんもよくご存じだと思います。還暦とは、昔の暦である十干十二支が60年で一巡するので、「元の暦に返る」ことを意味する言葉。まさに再スタートを切るのにふさわしい年齢といえるでしょう。
私自身は、60ちょっと前から慶應義塾大学看護医療学部の講師を始めました。自分が医学を学んだ母校で後進の育成に携わることになり、まさに一巡した気分。ワクワクしながら取り組んだものです。
最近の60代は、見た目もマインドも若々しく、昔の60代とはかなり違います。
一方で、この年代から、パッと見た時、若々しく見える人と老けている人の差が大きくなっていきます。表情が暗かったり、不平不満をためてへの字口になっていると、ほうれい線も目立つし老けて見えます。
逆にいつも笑顔でハツラツとしていると、口角も上がり、若々しく見えます。加えて身だしなみも大事です。いくらブランドの服を着ていても、髪がぼさぼさだったりすると台無しです。
若い人のファッションの真似をしても浮いてしまうし、かといって昔買った服をそのまま着たのでは流行遅れはいなめません。私は電車の中で若い人をこっそり観察したり、美容院で雑誌を見てトレンドを把握したうえで、若い人のマネをするのではなく、自分らしく流行を取り入れるようにしています。
TPOを考えてコーディネートをするのも大事。〝大人〞の常識を忘れず、かといってコンサバティブになりすぎないよう、多少はモードを取り入れて。コーディネートを考えるのは頭の体操にもなりますし、100歳までオシャレを忘れないと自分に誓いましょう。
忘れてはいけないのが、この先、70代、80代と健康に過ごすための体のケアと、心を豊かにする生きがい探しです。自分が心から楽しめることや打ち込めるものを見つけ、60代をハツラツと過ごすと、70代以降が輝きます。今から少しずつ山を登って、100歳で頂上にたどり着くイメージを頭に描いて、日々イキイキと過ごしましょう。
70代は第二の成熟期
私は、今の時代、70代は人生における第二の成熟期だと捉えています。
50代で折り返し地点を迎え、60代で第二の人生の方向性が決まり、いよいよ自分のやりたかったこと、目標としていることを深める時間の始まりです。
いかに充実した70代を過ごすかが、その後の人生を大きく左右します。ですからこの時期、健康管理をしつつ、好きなことを見つけて思いきり何かに熱中したほうがいいと思います。
私は77歳の時に塾員41万人の慶應連合三田会の会長になり、3年半、会長職を務めました。塾員有志が自発的に集う三田会を包括している組織ですから、規模も大きいし、責任も重大。やるべきこともたくさんあります。
でも、大変ではありましたが、人様のお役に立っていると思えると張り合いが出ましたし、夫亡きあとの喪失感を埋めてくれ、「まだまだ、これから」と活力の源となりました。
私はなにも、名誉が欲しくて会長になったわけではありません。今まで女性が誰も会長になっていないので、引き受けることで後輩の女性たちへの道が開けるのではないか、という思いもあったのです。
卒業生には、会社の経営者や社会でリーダー的な役割を果たしている男性が少なくありません。そういう方たちにも女性の底力を実感していただきたかったし、ここで私ががんばらなくては、後に続く女性の道が閉ざされる。大袈裟にいうと、使命感かもしれません。
会長を退いてからつくづく感じたのは、使命感はエネルギーの元になる、ということです。そういえば100歳を超えても精力的に活動をされて、105歳で亡くなられた医師の日野原重明先生は、100歳の時のインタビューで「元気の源は有用感。つまり、自分の存在が誰かの役に立っているという実感です」とおっしゃっていました。
ボランティア活動でも、シルバー人材センターに登録して何かしら人様の役に立つことをするなど、なんでもかまいません。まずは自分の好きなことをやるのが一番ですが、さらに「誰かの役に立つこと」をひとつ生活に加えてみませんか。
80代は人生の本番
私は今年6月で83歳になります。そこで、この先80代を迎える人や、今80代真っただ中の人の参考になるかと思い、私自身のこれまでと〝現在地〞について少々書きたいと思います。
子どもの頃の私は体が弱く、病気ばかりしていました。肺炎で小児科の先生が毎日往診してくださり、お尻にペニシリンの注射をされたり——。扁桃腺もよく腫らして高熱が出ていましたし、腎炎を患い、幼稚園にも行かれませんでした。
家は田町でしたので、父は病弱な子だから家のそばの学校に通わせたほうがいいと考えたようで、慶應幼稚舎を受けさせてくれました。私はやがて医師になり、診察をしながらさまざまな役職を引き受け、今やまわりの人からは「なぜそんなにお元気なんですか?」と驚かれるくらい活動的に日々を過ごしています。
2020年に10代目の慶應連合三田会の会長に就任した私は、80歳の定年制をつくりました。そして80歳を迎え、最後の挨拶で、こう宣言したのです。
「これから、私は地球の病気を治します」
今、地球環境は悪化の一途をたどっています。でも、多くの日本人は環境問題にそれほど関心がないようです。政治家も目の前のことしかいいませんが、環境をコントロールできなければ、人類はこの先、熱波、食糧危機、化学物質による被害、ナノプラスチックの害で絶滅するかもしれません。
私は医師なので、化学物質やナノプラスチックの人体への影響が心配でなりません。そこでナノプラスチックの問題に携わることを、80代の大目標に定めました。未来の子どもたちのために、残りの人生は社会貢献に費やそうと決めたのです。
人は、やるべきこと、やりたいことがあると、エネルギーがわいてきます。私が今なお元気でいられるのは、「やらねばならない」と心に決めている目標があるからです。今まで生きてきた中で蓄積された知識や知恵、人脈、経験すべてを、この目標のために使うつもりです。
いわば私の人生の総決算。「さぁ、これからがいよいよ人生の本番」。そんな気持ちで張り切っています。