AKB48元センター、まさかの病名判明で手術「4年も子宮内膜症と思っていたのに」

涼しげな装いで軽やかにたたずむ内田眞由美さん(米岡佑輔撮影)
アイドルグループ「AKB48」の元メンバーで今は飲食店を経営する実業家、内田眞由美さん(32)は昨年、「ヌック管水腫」と診断された。下腹部辺りにしこりを感じるその症状は「子宮内膜症かも」と別の病が疑われ、約4年、そう思い込んでいたという。「忙しさに流されて体を過信しないように。経過観察を怠らないようにと伝えたい」と語る。

生き生きと語る内田眞由美さん(米岡佑輔撮影)
しこりが気になり始めた

内田眞由美さんのまぶしい笑顔(米岡佑輔撮影)
下腹部辺りのしこりが気になり始めたのは令和3年の秋頃、27歳のときです。婦人科のある近所のクリニックを受診したら、「大学病院へ」と勧められ、検査を受けに行きました。
超音波検査にMRI検査、血液検査も受け、診断は「子宮内膜症かもしれない」。子宮内膜の増殖を抑えて月経を起こさないようにする「ジエノゲスト」という治療薬を朝晩、服用することになりました。
大学病院で医師から「定期的に通院してほしい」と言われましたが、当時はコロナ禍。20歳のときに立ち上げた飲食店「焼肉IWA」もかつてないピンチで、通信販売を軌道にのせたり、営業時間を工夫したり。経営者として店の生き残りに必死で、体より仕事を優先してしまいました。

率直な思いを書き込んだ色紙を見せる内田眞由美さん(米岡佑輔撮影)
最初の薬が切れたあと、時間が惜しくて、近所のクリニックに行き「大学病院で子宮内膜症と診断された」と医師に伝え、同じ薬を処方してもらいました。
今思えば大学病院は「疑い」としただけで、通院を重ねて最終的な診断をするつもりだったのかもしれません。私が完全に子宮内膜症だと思い込んでしまったことで、経過観察の機会を逃しました。
卵子凍結が転機に
本当の病名が判明したのは、31歳のとき。卵子凍結を行ったのがきっかけでした。
将来のために卵子凍結をしようと思い立ち、令和5年、採卵の準備のために服薬を中止しました。無事に採卵を終えた後も月経周期を維持するため服薬を控えていたところ、7年の夏頃に、しこりが急にたんこぶのように膨らみ、何かに当たるとジンジンと痛むようになりました。「さすがにおかしい」と焦りました。
不安になり人工知能(AI)に相談すると「子宮内膜症っぽいですね。とりあえず病院へ」との回答でした(苦笑)。
もう受診するしかないと思い、別のクリニックに行くと、思いがけず「子宮内膜症ではない気がします」と言われました。約4年も「そうだ」と信じていたのに。そのクリニックで紹介状を書いてもらい、大学病院へ。女性特有の病気に関わる診療科、皮膚科を経て、外科で初めて告げられた病名が「ヌック管水腫」でした。
《女性の足の付け根から下腹部のあたりにある「ヌック管」に液体がたまって膨らみ、腫れやしこりを伴う疾患。胎生期に存在し、成長とともに閉鎖するはずのヌック管が残ってしまった場合に起こる。大きくなったら基本的に手術で切除し治療する。鼠径(そけい)ヘルニアや子宮内膜症を併発するケースもある》
そんな組織が体の中にあったことも知らなければ、名前を聞いたこともない病気でしたが、原因が分かってほっとしました。
手術前に怖くて涙
切除手術は令和7年12月。手術室に流れる音楽を聞きながら急に「これから全身麻酔をし、おなかを切るんだ」との恐怖と実感が湧き、泣いてしまいました。
医師に「すぐ終わるから大丈夫」と励まされ、麻酔で眠り、起きたら手術は終わっていましたが、本当の闘いは退院後でした。傷口がズキズキと痛んで、店に復帰してからも重い網が持てない。「傷はいつ塞がるんだろう」と不安に駆られ、涙を流した夜もありました。
痛みは術後1カ月ほどでなくなり、今は元気に動き回ることができています。仕事に励むためにも、「健康第一」と肝に銘じて、自分の体の状態に目を向けるようになりました。
ヌック管水腫だったと公表すると、かつての私のように体調を不安に思っている人から「勇気づけられた」とコメントが寄せられました。その声が今の私の大きな力になっています。(竹中文)
うちだ・まゆみ
平成5年生まれ、東京都出身。19年、AKB48のオーディションに合格。22年にシングル「チャンスの順番」で初めてセンターに立つ。26年に飲食店「焼肉IWA」をオープンし、27年にAKB48を卒業。SNSでは読書や美容の情報も発信している。
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