中田翔に指導者としてグラウンド復帰を望む声 強面の印象だが「実は繊細」、引退で見せた涙の意味

 中日・中田翔の引退試合が9月19日のヤクルト戦(バンテリンドーム)で行われた。「4番・一塁」でスタメン出場し、初回に豪快なフルスイングで空振り三振に倒れ、2回の守備の途中で交代した。

 試合後の引退セレモニーで印象的な場面があった。恩師の日本ハム・栗山英樹CBOがVTR出演でメッセージを伝えた。

「10年間、僕が監督をやったときから最初に4番を指名して、チームを離れるまで一緒にやってきました。正直に言います。一番手がかかったし、一番気になったし。そんな選手です」

 中田は2007年のドラフト1位で日本ハムに入団。08年から21年のシーズン途中まで日本ハムでプレーした。栗山氏は12年に日本ハムの監督に就任すると、中田を4番に固定。中田がチームを去った21年まで監督を務めた。

「良かった時、悪かった時、見てきましたけど、正直言って引退という話で電話がかかってきたときに、『俺は認めない』と言いました。初めて、引退する選手に『お疲れさまでした』ではなくて、『俺は認めない』と言いました。もっともっと能力あったし、もっともっとすごい成績を残せる選手だったはずで、いまだにこっちも半分悪いし、翔も半分悪いって思っています。その思いは心の中にあると思うので、これから違う形でぜひ生かしてほしいし、自分のことを信じて前に歩み続けてほしいと思います。納得はしてないですけど、18年間お疲れさまでした」

 大型ビジョンに流れる映像を見ながら、中田は涙を流していた。日本ハム時代に取材したスポーツ紙記者は、心中を推し量る。

「中田はチームメートへの暴行事件が発端で、日本ハムを去っています。当時監督だった栗山さんに対して申し訳ない気持ちをずっと持ち続けていたでしょう。被害に遭った選手のこともずっと気にしていました。もちろん、許される行為ではありません。あの事件から4年が経ちましたが、涙には深い意味があるように感じました」

■強面の印象は「誤解が多い」

 日本ハム時代から「大将」という愛称で後輩に慕われていた。強面(こわもて)の印象が強く、年上の記者に敬語を使わないことをフォーカスされたこともあったが、「誤解されている部分が多い」とこの記者は強調する。

「くだけた空気の時はタメ口でしたが、親近感の表れと受け止めていました。取材で野球の話になると敬語で丁寧に話してくれたし、番記者たちから愛されていました。後輩を食事に連れていく時も、『来たかったら来ればいいから』と無理強いをしない。大将と呼ばれていましたが、繊細なんですよね。不調が続くとふさぎ込むし、一人の世界に入ってしまう。当時のチームメートだった大谷翔平(現ドジャース)は気持ちの切り替えが早い印象がありましたが、中田はずっと引きずってしまう(笑)。そんな部分に人間味を感じました。あと、ヤンチャと言われましたけど昔の話です。最近は食生活に気を遣うようになり、体のケアにも時間を割いていた。中日ではファーム暮らしが長かったので、チームに貢献できない責任を抱えていたと思います」

 18年間のプロ野球人生で、全盛期は間違いなく日本ハム時代だった。不動の4番として活躍し、打点王を3度獲得。一塁の守備の巧さにも定評があり、ゴールデングラブ賞を5度獲得している。

 日本ハムで指導した当時のコーチが振り返る。

「入団前にスカウトから、『打者としての素材は高校No.1だが、大阪桐蔭で1年の時に見た投手のインパクトが強い』と聞いていました。肩の故障で高校の途中から野手に専念しましたが、大谷より早く投打の二刀流を実現していたかもしれません。野球センスが抜群でしたね。球を遠くへ飛ばすだけでなく、変化球にもうまく対応する。あと、野球脳が高いんです。三塁に走者を置いた場面ではきっちり犠飛が打てる。これは立派な技術です。一塁の守備も最初は全然うまくなかったけど、練習を積み重ねて球界を代表する守備レベルになった。ただ、栗山さんの気持ちもわかります。通算307本塁打をマークしましたが、故障がなければもっと長くプレーして400本塁打をクリアしていたと思います」

■伸び悩む選手の気持ちがわかる指導者に

 21年のシーズン途中に日本ハムから巨人にトレード移籍。昨年から中日でプレーした。主軸としての活躍が期待されたが、腰痛に悩まされて本来の力を発揮できなかった。3球団を渡り歩いた野球人生は苦労のほうが多かったかもしれない。

 だが、中日OBは「日本ハムを出て巨人、中日でプレーした経験は今後に必ず役立ちます。個人的な思いとしては、どこの球団でもいいので指導者としてグラウンドに戻ってきてほしい。中田のような4番を張れる強打者を育ててほしいですね」とエールを送る。

 前出の日本ハムのコーチもこの見方にうなずく。

「天才型の選手は指導者になったときに、『なぜ教えたことができないのか』と戸惑うことが多いですが、翔は『できない選手』、『伸び悩む選手』の気持ちが分かる。これは大きな強みです。技術面で色々な引き出しがありますし、コミュニケーション能力が高い。日本ハム時代に近藤健介(現ソフトバンク)、西川遥輝(現ヤクルト)、巨人で坂本勇人、丸佳浩など年齢の近い選手たちと野球談議を重ねたことも役立つでしょう。良い指導者になれると思いますよ」

 紆余曲折を経た現役生活は終わりを告げたが、これからも野球界に貢献して欲しい。

(ライター・今川秀悟)