選手も「勝つなんて…」ラグビー・ブライトンの奇跡10年後の証言 W杯史上最大の番狂わせ、南アフリカを破った日本代表選手たち

南アフリカ戦で劇的な逆転勝利を収め、笑顔で記念撮影する五郎丸(左端)ら日本代表選手=2015年9月

 ラグビーの2015年ワールドカップ(W杯)イングランド大会で日本代表が1次リーグ初戦で南アフリカ代表を破る「史上最大の番狂わせ」を起こしてから9月19日で10年となった。英国南部のブライトンで成し遂げた「奇跡」は世界を驚かせ、低迷していた日本のラグビー人気も向上。2019年W杯日本大会で初の8強入りを果たす礎となった。節目を迎えた今、当事者たちの言葉で歴史的快挙を振り返った。(共同通信=田丸英生、渡辺匡)

インタビューに答えるラグビー日本代表のエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ=8月、宮崎市

▽試合直前、指揮官に異変

 それまでW杯7大会で通算1勝2分け21敗だった日本に対し、南アフリカは出場5大会で2度優勝していた強豪国。下馬評は圧倒的に低く、選手もそれは理解していた。低迷期の2004年から代表でプレーしたロック大野均は、W杯で勝つ難しさを知る一人だった。

 大野「誰もこの試合で日本が勝つなんて思っていない。やっている本人たちも思っていなかった」

 勝ち目が少ない初戦よりも、中3日で控えていたスコットランドとの第2戦を見据えて一部主力を温存する選択もあった。それでもエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)はベストメンバーを並べた。指揮官の過酷な練習を耐え抜き、フルバックの五郎丸歩は初のW杯を迎えた。

 

 五郎丸「これだけやって勝てなかったら、日本代表って世界で一生勝てないなっていうぐらい準備はし尽くした。勝てるという自信よりは、臨むための準備はすべて整えたという自信があった」

 試合が行われたブライトンは朝から晴天に恵まれ、ジョーンズHCはチームで海岸沿いを散歩してフランカーのリーチ・マイケル主将とコーヒーを飲みながら語り合った光景が今でも目に浮かぶという。だが、その後に試合会場へ向かう途中である異変が起きていた。

 

 ジョーンズHC「とても気分が悪くなったことを覚えている。指導者の難しいところは、自分や選手がどれだけ努力しても試合でうまくいかないことがある。そういうことを考えると本当に気分が悪かった。あんなことは後にも先にも経験したことがない」

インタビューに応じる大野均=9月、東京都内

▽深まる自信

 03年W杯で前評判が悪かったオーストラリアを準優勝に導くなど百戦錬磨のHCでさえ平常心を保つのが難しかった大一番は、午後4時45分(日本時間20日午前0時45分)にキックオフ。前半7分に五郎丸のPG(ペナルティーゴール)で幸先よく先制する。

 ジョーンズHC「最初に得点した瞬間にホッとしてしまったのを覚えている。でもまだ序盤だったから『自分は何を考えているんだ』とわれに返って、気持ちを切り替えなければいけなかった」

 

 スクラムハーフ田中史朗「厳しい試合にはなるっていうのは分かっていた。でもキックオフして本当に5分、10分でいけるんじゃないかっていう思いはすぐに出てきた」

 

 前半は10―12。時間が進むにつれてチームは自信を深めていった。

 

 プロップ三上正貴「確かにプレッシャーはあったが、スクラムで劣勢になるところも少なかった。トライを取られたり、取ったりして、時計を見たら結構時間がたっていてスコアが接戦だったので、これはあるかなと感じた」

インタビューに応じるラグビー元日本代表の田中史朗=9月、東京都内

▽「シナリオ通り」で終盤へ

 後半に入って南アフリカがPGを狙うようになり、余裕がなくなっていく様子が日本の選手にも伝わった。

 

 大野「対戦が決まった次の週からBeat the Boks(南アフリカ代表の愛称スプリングボクスの略称、ボクスを倒せ)という練習を繰り返してきた。自陣からいかに少ないフェーズで早く敵陣にボールを運ぶかという練習で、それがどんぴしゃではまった。相手が前半はいらいらしていて、そのうち焦りに変わってきた」

 

 五郎丸のPGやトライで一進一退の熱戦を繰り広げ、終盤まで接戦が続く。思わぬ展開に、会場では小さかった「ニッポン」コールが、大きな「ジャパン」に変わった。

 

 五郎丸「本当に自分たちが描いたシナリオ通りに物事は進んでいったし、最初は南アを応援する方がすごく多かった印象でも、後半20分ぐらいから完全に日本が応援されているような雰囲気になっていた。あの感覚は一生忘れられない」

 そして29―32で迎えた後半終了間際。敵陣深くでペナルティーを得ると、同点に追い付けるPGではなく、逆転トライを狙ってスクラムを選択する名場面が生まれた。

 

 ジョーンズHC「私はPGを狙うよう指示をした。選手が従わなかった時は腹が立ったが、30秒もたたないうちに『このために戦いに来たのだ』と思い直した」

 

 連続攻撃で押し込み、最後は終盤から途中出場していたウイングのカーン・ヘスケスが左隅に飛び込んでトライ。土壇場で34―32と逆転し、世界に衝撃を与える大金星をつかんだ。

 

 田中「勝った瞬間の記憶はあまりない。パニックではないが、喜びというか、こんなことが起きたんだという感覚」

 

 五郎丸「(トライ後のゴールキックがあり)めちゃくちゃ喜べる瞬間にキッカーなので1人だった。結構冷静ではありましたね」

2015年9月、ラグビーW杯イングランド大会の南アフリカ戦で、キックの前に狙いを定める五郎丸歩

▽待っていたフィーバー

 誰もが予想しなかった波乱を起こした日本代表は、タイトな日程で臨んだスコットランド戦に10―45で敗れた。その後、サモア、米国に連勝して3勝1敗としたものの1次リーグで敗退。帰国した羽田空港は大勢のファンや報道陣が待ち構えるフィーバーとなった。

 

 大野「それまでに出たW杯2大会は帰国しても空港で数人の記者に取材を受けて解散し、すごく寂しいと思っていた。五輪やサッカーの日本代表が帰国すると空港でファンに出迎えられるが、ラグビーではなかなかそういう光景をつくれなかった。それが15年W杯の帰国時は、自分たちの乗っている飛行機の着陸する様子がワイドショーで中継されるほどだった」

 

 W杯で脚光を浴びた選手たちは国民的ヒーローとなり、ラグビーの認知度が飛躍的に高まったことを肌で感じることになる。

 

 田中「帰国後、2人組の女性に『感動しました。ありがとう』と声をかけてもらったのがすごく印象に残っている。それまで『おめでとう』とか『お疲れさま』と言われたことはあっても、試合に対してお礼を言ってもらえるのがすごくうれしかった」

 

 ジョーンズHC「日本に戻った後、新宿でリーチと喫茶店でコーヒーを飲んでいたら誰かに気づかれて、帰る際に行列ができてしまって店を出るのに15分もかかったのは信じられなかった」

 

 中でも、五郎丸は、キックする際の独特なポーズが流行し、一躍時の人となった。

 

 五郎丸「たまたま私がキッカーで、ラグビーのルールを知らない皆さんが一番まねしやすかったからというのは分かりつつ、1人にフォーカスすることに対する違和感やストレスはずっとあった。メディア出演する時も同じ代表で戦ったメンバーに申し訳なかった。でもラグビーを認知していただくための一つのコンテンツになったので、それはそれで良かったのかなとは思う」

W杯から帰国し、ファンの出迎えを受ける(手前から)リーチ・マイケル主将、エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチら=2015年10月、羽田空港

▽再びイングランドで南アフリカと激突

 あれから10年―。2019年のW杯日本大会の大成功を経て、2022年には国内でトップリーグを刷新したリーグワンが開幕。日本ラグビーを取り巻く環境は変わったが「ブライトンの奇跡」の輝きは色あせない。

 

 フッカー堀江翔太「あれからガラッと注目されるようになった。10年たっても多くのファンにあの試合のことを覚えてもらっているので、改めてすごいことを成し遂げたんだなと思う」

 

 田中「しんどかった思い出がかなり多くて、あの試合を見ると泣いてしまうからほとんど見ていない。でも、今でも『あの試合は感動した』と声をかけてもらえるので、それだけ皆さんの心に残る戦いができたというのは誇りに思う」

 

 ジョーンズHCは2015年W杯後、イングランド代表監督に就任。ラグビー発祥の地で史上初の外国人の監督として再建を託され、次のW杯で準優勝に導いた。そして、2023年に母国オーストラリア代表の監督を務めた後、日本代表HCに復帰する。

 

 ジョーンズHC「日本代表での成果のおかげで、イングランド代表で7年も監督を務める機会に恵まれた。私は日本ラグビーに常に恩義を感じていたので、それが再登板した理由でもある」

 

 11月1日には10年前にW杯の舞台となったイングランドの地で、南アフリカとのテストマッチに臨む。

 

 ジョーンズHC「15年W杯で日本に負けた南アフリカが19年と23年のW杯で2連覇したことを考えると、彼らにとっても一つの転換点だったのかもしれない。日本にとっては歴史的な勝利から10周年の記念なので、非常に楽しみにしている」