ドラフトで指名漏れした名門校エース、六大学三冠王… 「2年後にドラフト1位候補」と絶賛される逸材も

ドラフトの有力候補に挙げられながら、指名漏れした選手たちがいる。高校日本代表にも選ばれた本格派右腕・中野大虎(大阪桐蔭)、社会人屈指のスラッガー・村上裕一郎(ENEOS)、今年の東京六大学春季リーグで三冠王に輝いた山形球道(立教大)といった選手たちだ。
セ・リーグ球団のスカウトは「中野、村上、山形は視察してきました。それぞれ魅力的な選手ですが、補強ポイントやそれ以外の色々な事情があって指名リストから外れることになった。でもまだまだ伸びしろのある選手なので、これからもチェックは続けますよ」と話す。
中野は名門・大阪桐蔭で1年秋からベンチ入り。オリックスにドラフト2位で指名された森陽樹と共にダブルエースと呼ばれた。2年夏の甲子園では初戦・興南戦で先発登板して4安打完封勝利をあげている。強気の投球とテンポの良さが持ち味で、今年9月に侍ジャパン高校日本代表に選出され、U-18W杯でエース格として準優勝に貢献した。アマチュア野球を取材するライターは、ドラフトの指名から漏れた理由をこう分析する。
「高校生は素材型の評価が高くなる傾向がある。中野は独特のテイクバックから直球、変化球を投げ込むスタイルでゲームメーク能力が高いのですが、絶対的な球種があるわけではない。大阪桐蔭の西谷浩一監督は育成枠での指名は断っていることを明かしていましたが、支配下の指名から漏れる形となった。気持ちの強い投手でリーダーシップを張れるので、次のステージで直球、変化球の質を磨けばプロの評価はさらに上がると思います」

■最多本塁打賞を獲った社会人スラッガーも
村上は九州共立大からENEOSに入社した1年目の昨年、最多本塁打賞を獲得するなど、アマチュア屈指の長距離砲として注目を集めたが、吉報は届かなかった。前出のライターは「村上は昨年活躍したほどのインパクトがなかった。広角に長打を打てるのは魅力ですが、打てるポイントが少ない。確実性が低いのが課題です」と指摘する。
今年の東京六大学春季リーグで、打率.444、5本塁打、17打点の大活躍で三冠王を獲得した山形も指名から漏れた。パ・リーグのスカウトは期待を込めてこう話す。
「いい打者ですよ。実際にスカウト会議で最後まで名前が挙がりましたが、補強ポイントを考えると上位で指名するのは厳しかった。彼は大学3年までレギュラーをつかめず、4年春にブレークしたので、判断材料が少なかったのは正直あります。でも、打撃センスは間違いなく素晴らしい。高々と右足を上げる独特の打撃フォームですが、緩急に崩されることなくきっちりアジャストできる。身長170センチほどと小柄ですがパンチ力もあり、森友哉(オリックス)と重なります。外野の守備を含めてまだまだ伸びしろがありますし、社会人野球で力をつければ、2年後にドラフト1位候補になる可能性があります」

■指名漏れから飛躍した選手たち
ドラフトで指名漏れしたことをバネに、球界を代表するスターに飛躍した選手たちがいる。ヤクルトの黄金時代に扇の要を務めた古田敦也は代表的なケースだろう。
古田が大学4年時の1987年のドラフト会議当日は、立命館大学に会見用のひな壇も設置されたが、最後まで名前が呼ばれることはなかった。社会人野球の名門・トヨタ自動車に入社すると1年目から正捕手をつかみ、88年のソウル五輪で日本代表の銀メダル獲得に貢献。ヤクルトにドラフト2位で入団すると、名将・野村克也監督の指導の下で球界を代表する捕手として活躍した。首位打者、最多安打のタイトルを獲得し、ゴールデングラブ賞を10度受賞。MVPにも2度選出されている。2005年には大学・社会人を経て入団した選手として史上初の通算2000安打を達成した。
当時のヤクルトを取材したスポーツ紙記者は「古田さんの活躍で、『眼鏡をかけた選手は大成しない』と言われていた当時の野球界の常識を覆しました。頭の回転が速く頭脳的なリードに定評がありましたが、印象に残っているのは気持ちの強さですね。当時の主力打者は踏み込ませないために、相手バッテリーから死球を受けることが多かったのですが、古田さんは腰が引けなかった。消極的なプレーをすれば、先輩でも怒鳴りつけていましたしね。勝利への執着心は凄かったですよ」と振り返る。
和田一浩も大学生の時に指名漏れを経験した強打者だ。東北福祉大で強肩強打の捕手として活躍したが指名がなく、社会人野球・神戸製鋼に入社。2年後の96年ドラフトで西武の4位指名で入団した。即戦力の捕手として期待されたが、すぐに開花したわけではない。当時正捕手だった伊東勤の壁は高く、20代は100試合以上出場したシーズンがなかったが、打撃を生かして30歳になる2002年に外野手にコンバートしたことが野球人生の転機になる。30代からは安打を積み上げて最多安打のタイトルも獲得。中日在籍時の15年に史上最年長の42歳11カ月で通算2000安打を達成した。
現役の選手では大島洋平(中日)が高校、大学でやはりプロから指名がなく、社会人野球の日本生命を経て09年のドラフト4位で中日に入団した。安打製造機として長年活躍し、23年に2000安打を達成。大学・社会人を経てプロ入りした選手では古田、宮本慎也(ヤクルト)・和田に次いで史上4人目の快挙で、実働14年目での達成は張本勲らと並びプロ野球史上最速タイ記録だった。
今回のドラフトで指名がなかった選手は気持ちを切り替えるのが難しいかもしれないが、遅咲きでも大輪の花を咲かせた選手たちがいる。野球人生は続く。未来を自分の手で切り開いてほしい。
(ライター・今川秀悟)