「千葉にクマがいないのは利根川があるから」は正しくなかった!動物研究家が語る”半島の特異性”と独特な生態系の未来
全国各地でクマの出没が相次ぐ中、ネット上で話題になったのが「千葉県にはクマがいない」という説だ。隣接する埼玉や茨城にはツキノワグマが生息しているのに、なぜ千葉だけが例外なのか。動物研究家のパンク町田氏に話を聞くと、専門家でさえ明確な答えを持たない"謎"であることが浮かび上がってきた。
専門家も首をかしげる「千葉の空白」
「千葉にクマがいない」という話は、動物研究の世界では古くから知られた話だ。しかし、その理由となると話は別である。
「正直なところ、よくわからないんです」
千葉県旭市で動物研究施設を運営するパンク町田氏は、取材の冒頭でこう率直に認めた。東京出身で長年、動物研究を続けてきた町田氏にとっても、千葉にクマがいないことは「大昔から不思議に思っていた」現象だという。
埼玉県や茨城県にはツキノワグマが生息している。一部では「利根川がクマのバリアになっている」という説も語られてきた。しかし町田氏は、この説に懐疑的だ。
「クマは立体的な行動が得意ですし、普通に泳ぎますから。地理的な障壁というのはちょっと考えづらいと思いますね」

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実際、クマは顔をつけたり潜ったりするのは苦手だが、顔を出して泳ぐ程度なら問題なくこなせる。ホッキョクグマのように潜水が得意なわけではないが、シカよりも泳ぎが上手いという。川一本でクマの移動が阻まれるとは考えにくい。
さらに不思議なのは、千葉県内ではイノシシやシカが増加している事実だ。
「イノシシの食べ物とクマの食べ物って、そこまで大きくは変わらないんですよね。それがなぜいないかというのが疑問なんですよ」
クマは植物が主体の雑食性動物である。動物園でクマを飼育する際も、ドッグフードのような比較的安価な餌で十分飼えるほど食性の幅が広い。それほど適応力の高い動物が、なぜ千葉では定着できなかったのか。
町田氏によれば、日本の哺乳類の多くは氷河期に2つの系統から渡来した。北方から来たマンモス動物群と、西または南西方向から来たナウマンゾウ動物群だ。ツキノワグマは後者、つまり西の方から来た動物群に属する。シカやイノシシも同じ系統だ。「彼らは普通に千葉に来ているわけですよ。クマだけ来なかったのが不思議なところですよね」
他にもいる「千葉にいない動物」
千葉にいない哺乳類はクマだけではない。ムササビ、モモンガ、カモシカなども、千葉にはほぼ生息していないと言う。
「カモシカは平地にもいますけど、どちらかというと山脈とその裾野にいますので。千葉には立派な山(山脈)がないというのが主な要因だと思います」
カモシカやムササビ、モモンガが山地性の動物であることを考えれば、隣接する山脈や標高の高い山がない千葉に定着しないのは理解できる。しかしクマは違う。「クマに至っては山にも平地にもいて、冬場は比較的平地に降りてきて、夏場は山の高いところまで行くクマもいるはずなんですよ」

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では、将来的に千葉県にクマが現れる可能性はあるのだろうかと問うと……
「雪男を見るくらい難しいと思います。いないとは思いますが、100%いないかとは言い切れない。また、施設から逃げ出したクマが迷い込む程度の確率はあります」
全国的にクマの出没が増えている理由には様々な説が挙げられているが、パンク町田氏は、個体数の増加と人間の生活圏の拡大が原因だと指摘する。
「新しい道ができると、その周辺の森の木の密度が薄くなり、動物が移動路として使うようになる。臆病なクマが街に降りてくるのは、よっぽどのことです。でもそれによって、千葉にも来て住むという可能性はあるんじゃないかと思います」
だいたい2、3年で動物たちは新しい道に順応し、それによりクマであれば人間の存在になれたクマになるため使い始めるのだという。
千葉にだけ「いる動物」
一方で、千葉には「千葉にだけ集中している生物」も存在する。その代表例がミヤコタナゴだ。「ミヤコタナゴは絶滅危惧種ですが、千葉県は栃木県と並んで生息が確認されている重要な地域です」
シャープゲンゴロウモドキも千葉に局地的に分布している。この希少な水生昆虫は、1960年代以降記録が途絶え絶滅したと考えられていたが、1984年に千葉県で再発見された。現在も千葉県と石川県の一部にのみ生息が確認されている貴重な種だ。
一方、外来種のキョンは千葉で爆発的に繁殖している。勝浦市の行川アイランドから脱走した個体が野生化し、現在では千葉県が主要な生息地となった。南房総を中心に広がっているが、町田氏によれば勝浦など暖かい地域が繁殖に適しており、最適な繁殖地域は伊豆半島あたりまで南下しないと見つからないという。

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興味深いのは、日本で普通に見られるタヌキも、実は世界的に見れば希少な動物だという点だ。「日本では普通にいる獣ですが、実は珍しい犬科の動物なんです。ヤブイヌという世界一原始的だと言われている犬科の動物がいて、タヌキはその次ぐらいに原始的ですから」
タヌキは胴長短足の体形など、原始的なイヌ科動物の特徴をよく残している。森林から草原へと活動の場を移し、走行に特化していった他のイヌ科動物とは異なり、タヌキは湿地・森林での生活に適応した道を選んだのだ。
千葉県内では在来生物の減少も深刻化している。その象徴がアカハライモリだ。「ちょっとした水質の変化や水路の変化にすごく弱いんですよ」。里山環境の変化、特に水田や用水路の改変は、こうした小型両生類に致命的な影響を与える。
では、埼玉にも茨城にもクマがいるのに、なぜ千葉には来ないのか。町田氏は「半島という条件にあるのかもしれない。日本列島の半島というものに何らかの苦手な条件が揃っているんじゃないか」という新たな仮説を唱える。
都市と野生動物の距離が縮まる時代に
都市化が進む千葉のような地域で、人間と野生動物はどう向き合うべきなのか。「できるだけ動物の生息域に踏み込まない、これ以上道路や家を建てないということですよね」。
町田氏の答えはシンプルだが、現実的には難しい課題だ。
「家が一軒できると、その家の周りの動物に影響が出るだけじゃない。家ができるというのは、そこまでの道がなければならないということ。その道は人間だけではなく、動物もいずれは使うようになるんです」
新しい住宅や道路ができると、動物の生息圏が変化する。今まで1キロ離れた山に住んでいた動物が、100メートル、200メートル先までやってくる。人間に対する警戒心が薄れ、街に降りてくる個体も出てくる。道路脇の木の密度が薄くなった場所を、動物たちは移動路として使い始めるのだ。
さらに、クマは学習能力が高い動物だ。親や他の個体の行動を見て学ぶため、人里で餌を得ることを覚えた個体——いわゆる"アーバンベア"が次世代に知識を伝える。こうして、街に降りてくるクマが増えているのが現状だという。
「本来、人を怖いと思っているクマが、突然『あそこに行くと餌が簡単に取れる』と知って来ることは、まずないです。人間が騒ぎ出す頃には自然と逃げるのが普通ですよ。クマは本来臆病な動物です。でも、環境の変化と学習によって、人間との距離が縮まりつつあるんです」

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なぜ千葉にクマがいないのかという明確な答えは今も見つかっていない。地形、河川、生息環境——様々な要因が語られてきたが、どれも決定打にはならない。町田氏が示唆した「山脈が隣接しない半島という条件」は、新しい視点かもしれない。
千葉という地域は、クマがいないという"空白"と、局地的に希少種が残るという"独特な生物相"という、二つの特異性を併せ持っている。クマのいない千葉が、いつまでもクマのいない千葉であり続けるかどうか。それは私たちが自然とどう向き合うかにかかっている。都市化が進み、野生動物との距離が近づく今、千葉の生態系は日本の未来を映す鏡なのかもしれない。