「釧路湿原メガソーラー」市と事業者の激しい攻防

昨年12月30日、雪に覆われた釧路市貝塚の事業予定地に整地のための転圧機が残されていた(写真:住民が撮影)
メガソーラーによる自然環境破壊が進む北海道・釧路湿原で、今年1月1日以降に着工される事業に釧路市の新たな条例が適用され、厳しい規制が始まった。
【写真】絶滅危険度が高いキタサンショウウオがメガソーラーを含む開発で危険にさらされている
新条例の適用を免れようとしたのか、大阪の事業者は昨年暮れ、計11件の事業予定地で次々に伐採や整地に手をつけた。法令順守をめぐり、市と事業者間の攻防が続く。一方、国による法制度の改善を念頭に、市民や研究者が希少生物を確実に保全するための調査に動き出した。
法令順守をめぐる釧路市と事業者の攻防が激化
冷たい強風が吹き荒れた1月15日、北海道の鈴木直道知事が釧路市内2か所の株式会社「日本エコロジー」(本社・大阪市、松井政憲社長)の事業地を視察。報道陣に囲まれ、「法令順守が大前提」と強調した。
事業者は今年着工する事業については、「釧路市自然と太陽光発電施設の調和に関する条例」(2025年10月施行)、それ以前に着工した場合は、「自然と共生する太陽光施設の設置に関するガイドライン」や市文化財保護条例を守らなくてはならない。
日本エコロジーは市内11件の事業予定地についてガイドラインに基づく届け出を出し、12月中に着工すると伝えた。市環境保全課によると、このうち8件は希少生物への影響をめぐる市博物館との協議が終わっていない段階だった。12月24日にはこのうち5件について、市教育長が市文化財保護条例に基づく手続きを取るよう、事業者に通知した。
市文化財保護条例第9条は、市指定の天然記念物・キタサンショウウオの生息に影響を及ぼす切り土、盛り土、埋めたて、水路の掘削、樹木の伐採、植生や表土の改変を伴う工事、融雪剤や土壌硬化剤の散布などを行う場合、事業者は申請を行って市教育委員会の許可を得る必要がある、としている。
一方、新条例はキタサンショウウオの生息適地を含む区域を「特別保全区域」に指定し、5種の希少生物(タンチョウ、オジロワシ、チュウヒ、オオジシギ、キタサンショウウオ)を特定保全種に指定。ここで事業を行おうとする事業者に生息調査の実施や保全計画の作成を求めている。しかし、昨年末までに着工された事業は、新条例の対象とはならない。
そこで、鶴間秀典市長は12月25日に臨時記者会見を開き、「希少生物への必要な調査などの要請に対して適切な対応がなされないまま、工事を先行することは、(新条例の適用外となる)着工とは認められない」と述べた。記者たちからその意味を問われ、同席した市幹部が現実的には新条例の適用外になる、と説明。市長は「法令を遵守してほしいという思いを込めた」と語った。
今年に入り、日本エコロジーは「われわれは適正な調査を行っている」として、文化財保護条例に基づく手続きは必要ない、と回答してきた模様だ。
市は、財産権の侵害などをもとに訴訟を起こされる可能性も視野に準備を進めている。

新条例の特別保全区域。★印は、昨年12月に市教育長が手続きを取るよう、大阪の事業者に通知した場所(市の資料をもとにごん屋が作成)
釧路市がキタサンショウウオへの影響を心配する理由
市が文化財保護条例に基づく手続きを事業者に求めた場所のうち、例えば釧路市貝塚の事業地。南側にはメガソーラーがすでにある。近くに住宅はないが、線路を挟んで商業施設が建つ。自然環境や湿地保全に詳しくない人はここに太陽光パネルが並んでもいいじゃないか、と思うかもしれない。
釧路市がキタサンショウウオの保全に神経をとがらせているのには、わけがある。釧路市の国立公園区域の外の南部の湿地は、キタサンショウウオの国内の主要生息地であることが判明したからだ。
市は「釧路市内キタサンショウウオ生息適地マップ」を作成し、2020年12月から事業者に配布。2022年6月からは市のホームページにマップを掲載して、太陽光発電所の設置を計画する事業者に協力を求めてきた。
しかし近年、キタサンショウウオの生息状況が悪化。2020年3月の環境省のレッドリスト改訂時に、それまでの準絶滅危惧種から絶滅危惧IB類へと絶滅危険度が2ランクもアップした。キタサンショウウオを保護する市博物館は危機感を募らせた。
開発事業者が「調査したが繁殖(キタサンショウウオの場合、産卵)は確認できず、生息地ではないと思われる」と結論づけることはある。きちんとした調査が行われたかどうかを行政はチェックする。キタサンショウウオは透明度が高く水の深さも十分ある水域に生息すると思われがちだが、実際には水深が浅く、濁った水たまりでも産卵が確認されている。
市博物館に日本エコロジー社が提出した調査報告書について、博物館側は「経験不足者による調査」「精度が低い」と判断。再調査を求めるなどしてきた。

釧路市貝塚の事業地(写真:2025年10月、河野博子が撮影)
キタサンショウウオの調査に関心集まる
市と事業者の攻防が続く一方で、市民や研究者の間でキタサンショウウオの調査・保全への関心が高まっている。釧路自然保護協会は昨年10月、キタサンショウウオの調査などを目的にしたクラウドファンディングを呼びかけた。
その結果、終了日の12月26日時点で、目標額の500万円を超える535万8942円が集まった。直接寄付金を持ってきた人も含めると、800人以上が約580万円を寄せてくれたという。
担当したNPO法人・環境把握推進ネットワークPEG代表の照井滋晴さん(42歳)は「こんなに集まるとは正直、思っていませんでした。この問題の大きさを感じました。調査を進めて、成果を報告し、データを自治体などに提供していきたい」と話した。
照井さんによると、太陽光発電の乱開発に対応するなかで、湿原の希少生物の研究者間のつながりがより強くなった。猛禽類医学研究所の齊藤慶輔代表とは、お互いの調査の連携を図っていくことを検討している。
釧路湿原の乾燥化と局所的な乱開発の「ダブルパンチ」
釧路市より北東にあり、釧路湿原国立公園の面積の約45%を有する標茶町で新たなプロジェクト「守れ!キタサンショウウオ!」に取り組むグループもある。平均年齢26歳の「釧路水域保全の会」(城市友美恵会長)。メンバーは高校の教師、会社員、水族館の飼育員など7人で、川に住む生きものの調査の手伝いを通して出会った仲間だ。
副会長の元永康誠(こうせい)さん(25歳)は2024年4月、標茶町博物館の学芸員として就職。キタサンショウウオの卵のうの数が減少していることに気づき、生息数の減少を心配した。湿原の乾燥化が進んでいることが背景にあると知った。
元永さんは町に「AOAO SAPPORO」(札幌市内にある水族館)と提携しての「域外保全」(人工飼育により生息地の外で種を保存)プロジェクトを提案、取り組みが始まった。さらに、「キタサンショウウオが生息する可能性が高いが調査ができていない場所を減らしたい」(元永さん)として、釧路水域保全の会に協力を求めた。
会のメンバーの会社員、戸山魁(かい)さん(29歳)は「湿原の中をぬかるみから足を一歩、一歩抜き出して歩いて調査するのは大変です。上が草に覆われている深さ3m以上の池『やちまなこ』に気づかずに落ちてしまう危険もある。でもこんこんと湧き出る水やタンチョウヅルの親子、淡く青く輝くキタサンショウウオの卵のうを見つけるたびに、この環境を守っていきたいと強く思います」と語った。

キタサンショウウオの卵のうを探して湿原の中を歩く元永さん(左)と戸山さん(写真:釧路水域保全の会提供)
釧路湿原の乾燥化に関して、照井さんは気象条件を詳細に分析したうえで、年間降水量は大きな変動はないが「無降水の日数」が増加するなど気象パターンに変化が生じていることに着目。「湿原をスポンジに例えると、毎日水を垂らしていればずっと水を吸収してずっと湿っているけど、一気に水を注いだら吸収しきれない分は流れ出てしまう」「大量に降った雨は河川に流れ出てしまい、湿原自体の貯水量は少なくなる」と考えた。2025年3月公表の論文で、気候変動の影響によって湿原の乾燥化が進んでいる可能性がある、と述べている。
こうした地球規模の異変にメガソーラーの設置を含む局所的な乱開発が重なれば、湿原の生きものは「ダブルパンチを受け、大ダメージを被る」ことになる。

キタサンショウウオのメス。体長12-14センチほど(写真:釧路水域保全の会提供)

キタサンショウウオの卵のう。光をあてると青白く輝き、「湿原のサファイア」と呼ばれる(写真:釧路水域保全の会提供)
事業者に不信感募らせる住民、危ぶまれる地域との共生
チェーンソーがうなる。釧路市昭和北地区で、オジロワシがよく止まっていた木々が切り倒されていく。釧路市議会議員の松橋尚文さんが「X」に動画を投稿した2日後の12月24日、昭和北地区を含む4つの町内会など6団体が記者会見を開き、建設工事が地域住民への十分な説明や合意がないまま進められている現状に強い懸念を表明した。
昭和北1丁目町内会の事務局長、澤浩二さん(70歳)は「建設資材を運び入れる進入路について、民有地を買い取って確保したとの説明があったが、調べるとそういう事実はなかった。事実と異なる説明が多く、不安になる」と話す。
同町内会の事務局次長、高橋宏事(こうじ)さん(55歳)は、「キタサンショウウオの調査をしっかりやってほしい」と訴える。高橋さんは小学生のころ、現在事業予定地になっている湿原でよく遊んだ。水たまりにあったキタサンショウウオの卵をカエルの卵だと思ってバケツに入れて持ち帰り、卵がかえったらオタマジャクシとは違うので慌てて返しに行ったことがある。6年前にその場所に行ってみたら、やはり卵のうがあったという。
昨年11月、昭和北1丁目の住民に向けた説明会で、日本エコロジー社は「キタサンショウウオが山から降りてくるのは3月、4月。常にいるわけではないので、いない期間に工事をする」と説明した。キタサンショウウオは湿原に暮らし、移動してもせいぜい数百mという範囲内で一生を過ごすことを多くの釧路市民は知っている。そのため、聞いていた住民たちから「えーっ」という声があがった。

釧路市昭和北1丁目の事業予定地で伐採された後、残った木にオジロワシ2羽が止まっていた(写真:河野博子が撮影)

昭和北1丁目町内会はじめ4つの町内会を含む6団体は記者会見を開き、懸念を表明した(写真:松橋尚文・釧路市議会議員が撮影)
【2026年1月23日11時45分追記】初出時の釧路市昭和北1丁目の事業予定地に関する写真を差し替えました。
国は「種の保存法」をめぐる検討を開始
キタサンショウウオは釧路市指定、タンチョウ、オジロワシは国指定の天然記念物であり、行政は文化財保護法のもとで保護を担当する。一方、キタサンショウウオ、タンチョウ、オジロワシとも種の保存法により、希少野生動植物種に指定されている。
法律で二重に守られているはずなのに、メガソーラーを含む開発でいとも簡単に駆逐されてしまうのは、なぜなのか。
種の保存法はこうした個々の希少生物の捕獲を禁止することを主眼に1993年に施行された。希少生物が住んでいる生息地の保護について、「生息地等保護区」の指定というメニューが用意されているが、全国に10カ所の保護区があるにすぎない。
「種の保存法では、例えば保護区ではないキタサンショウウオの生息地に土をぼかっと盛り、埋めて湿地じゃなくなっても、キタサンショウウオは死ぬんだけど、規制されない」(環境省野生生物課)というのが現状だ。
首相官邸が昨年暮れ、大々的に発表した「メガソーラーに関する対策パッケージ」。大規模太陽光発電事業に関する関係閣僚会議が12月23日に決定した。「不適切事案に対する法的規制の強化」が真っ先に挙げられ、種の保存法の改正も盛り込まれた。
環境省は「生息地等保護区」を増やす方向で、どういった手順でどのように増やすのか検討中だ。また、土地所有者や事業者に対して実効的な要請ができる方策を探っている。