きっかけは山中で見つけた金属片、B29と旧日本軍の戦闘機「隼」の墜落事故を明らかに【語り継ぐ―戦争を知らなくても】

宮崎県高千穂町での平和祈年祭で思いを語る工藤寛さん

 戦争の惨禍の記憶を伝えなければ―。太平洋戦争終結から80年が過ぎた。当事者の高齢化が進む中、戦地の実相に耳を傾け、記録し、平和への願いを受け継ごうと、各地で奔走する人たちがいる。

 工藤寛さん(72)は、記録が残っていない戦争中のB29と戦闘機の墜落を明らかにした。曽祖父の弟がフィリピンで戦死した岡山市の中学教師竹島潤さん(45)は、戦争遺族の取り組みを学ぶため激戦地だった硫黄島で戦没者の遺骨収集に参加した。(共同通信=今枝礼華、矢崎碧)

太平洋戦争の終戦前後、宮崎県高千穂町の山中で起きた旧日本軍の戦闘機と米軍爆撃機が墜落した事故の平和祈念碑と工藤寛さん=同町

 ▽山に眠る日米両兵を悼む 

 B29と隼の墜落事故を明らかにした工藤寛さん(72) 

 太平洋戦争の終戦前後、宮崎県高千穂町の山中で旧日本軍の戦闘機「隼」と、米軍のB29爆撃機がそれぞれ墜落し、計13人が死亡した。事故の記録はほとんど残っていなかった。私は歴史に埋もれかけていた二つの事故を明らかにし、亡くなった兵士を追悼する平和祈念祭を続けている。

 1987年、高千穂の山中で航空機の部品のような金属片を見つけた。なぜこんな物があるのか不思議に思い調べると、終戦の年に墜落したB29の一部だと判明した。同じ年に隼も墜落していたという話を耳にした。

 故郷から遠く離れた山で命を散らした兵士を思うと、戦後50年の節目となる前に事故の記録を残さなければと心に決めた。米軍や、防衛庁(当時)の史料室に手紙を書いて手掛かりを探した。

 米軍からは詳細な報告書が届いた。B29は終戦直後の45年8月30日に墜落し12人が亡くなった。福岡の捕虜収容所に物資を届ける途中だったという。隼に搭乗していた徳義仁軍曹は東京都出身。8月7日に夜間飛行訓練で佐賀県の目達原飛行場から飛び立ち、帰還しなかったと聞いた。

太平洋戦争の終戦前後、宮崎県高千穂町の山中で起きた旧日本軍の戦闘機と米軍爆撃機の墜落事故を明らかにした工藤寛さん=宮崎市

 遺族を捜しては両機が墜落した場所に案内してきた。徳軍曹の姉光枝さんが「ここにいたのね。一緒に帰ろう」と話す姿や、B29搭乗員の弟ラリー・ミラーさんが「ゴー・ホーム」と兄の死を悼む光景を目にした。戦争の延長線上で家族を失った悲しみは、日本人も米国人も同じだった。

 今年も8月に平和祈念祭が営まれ、地元小学校の児童らが参列した。生きて家族の元に帰れず、山に眠ることになった兵士たちの歴史を未来につないでほしいと願う。

   ×   ×

 B29爆撃機 第2次世界大戦中に開発された米ボーイング製の戦略爆撃機。全長約30メートル、翼長約43メートルで9トンの爆弾を搭載できた。当時の最新技術が駆使され「超空の要塞」と呼ばれた。日本各地への空襲や広島、長崎への原爆投下に使われた。

勤務する中学校の生徒に硫黄島遺骨収集の経験を伝える竹島潤さん=岡山市

 ▽親族の死で戦争「自分事」 

 硫黄島の遺骨収集に参加した岡山市の中学教師竹島潤さん(45) 

 3年前、曽祖父の弟・竹内栄一が太平洋戦争中にフィリピンで戦死していたと知った。親族と戦争が接点を持つと平和への向き合い方が変わる。今年7月に硫黄島(東京)で戦没者の遺骨収集に参加した。教師を務める岡山市の中学校で生徒に親族らから戦争体験を聞く課題を出すほか、自ら学校外でも学び、経験を伝えることを大切にしている。

 戦争遺族の取り組みを学びたいと思い2018年、地元の遺族会に入会した。自身が遺族である確証はなかったが、翌年高齢化が進む遺族会の地区会長に就任した。栄一のことを改めて調べると、県の遺族連盟が保管する資料の中に名前と写真を見つけ、初めて顔を見た。亡くなったのは激戦地ミンダナオ島だったと知った。

 今年7月、やはり激戦地だった硫黄島で戦没者の遺骨収集に参加した。20~80代の参加者と照りつける日差しの中で遺骨を拾い、慰霊の思いを、さらに強くした。

勤務する中学校の生徒に硫黄島での遺骨収集の体験を話す竹島潤さん=岡山市

 遺骨を白木の箱に入れて持ち帰った。帰りの輸送機で隣の席に箱を置き、シートベルトをかけた。「80年もお待たせして申し訳ありません。一緒に戻りましょう」。同時に、いまだ異国の地で眠る栄一の骨を思わずにはいられなかった。「必ず行くから待っていてください」。そう固く決意した。帰路は涙が止まらなかった。

 9月中旬、中学の授業で硫黄島での経験を交えて話した。戦死したのが、もし私の曽祖父だったら、私は生きていない。そう話すと生徒の表情が変わった気がした。戦争を「自分事」にするつながりを軸に平和教育を続けたい。

   ×   ×

 戦没者遺骨収集事業 第2次大戦の戦没者を対象に政府が実施。海外や沖縄、硫黄島で亡くなった約240万人のうち、約112万柱の遺骨が未収容。国は2029年度までを集中実施期間とする。遺族やボランティアらが参加している。