「神戸市民だけが知る」地下鉄西神・山手線の実力

神戸市営地下鉄西神・山手線の総合運動公園駅付近。港町のイメージが強い神戸だが郊外の丘陵地帯までニュータウンが広がっている(編集部撮影)
戦後の高度経済成長期に神戸市の成長を支えた施策の1つは、のちに「山、海へ行く」とも「株式会社神戸市」とも呼ばれるようになった土地政策だった。
【路線図と写真でわかる】どんなところを走っている?▶郊外では山と谷を越えていくニュータウンの足、神戸市営地下鉄西神・山手線▶1985年の新神戸―学園都市間開通記念式典や「工事中の西神中央駅」などの貴重な写真も
須磨区や西区などの山がちな土地に住宅地「須磨ニュータウン」「西神ニュータウン」を造成し、排出した土砂で海面を埋め立てて産業用地を創出するという事業だ。
山に向かった地下鉄路線
そこに作られた交通機関をごく単純化して説明するならば、交通の要衝である三宮と海方面のポートアイランドを結んだのが世界初の完全自動化した鉄道である新交通システム「ポートライナー」だ。
逆に三宮と新たに造成した山方面の住宅地を結んだのが「神戸市営地下鉄」の発祥というわけだ。
神戸市営地下鉄が最初に開業したのは1977年3月。西神・山手線(全22.7km)のうち新長田―名谷の5.7kmだった。
東京、大阪、名古屋、札幌、横浜に次いで、日本で6番目の地下鉄開業だ。新長田は当時の国鉄(現JR西日本)新長田駅と乗り換えができるようにした。名谷団地は70年代に造成した「須磨ニュータウン」の中心地だ。276haに3万6000人を抱えるベッドタウンとして計画した。
このほか須磨ニュータウンには「6大団地」があり、落合団地(3万5000人)や北須磨団地(8000人)なども、名谷駅を最寄り駅とした。
三ノ宮や大阪につながる国鉄の新長田駅と、須磨ニュータウンの中心地を結んだのが神戸市営地下鉄の最初に完成した部分だ。新長田駅と名谷駅は現在に至るまで、神戸市営地下鉄で重要な役割を果たしている。
新長田が乗り換え拠点
新長田駅はJRとの乗り換え駅であるうえ、2001年7月からは神戸市営地下鉄・海岸線が乗り入れるようになった。現在では新長田を始発・終着とする電車はなくなってしまい、すっかり「西神・山手線」が定着しているが、厳密にいうと新長田以西を西神線、以東を山手線という。
名谷駅はすぐ近くに神戸市営地下鉄で最も大きな車両基地があり、現在も同駅を始発・終着とする電車がある。

新長田駅にはJR神戸線(山陽本線)のほか、神戸市営地下鉄の西神・山手線と海岸線が乗り入れる(編集部撮影)
続いて山手線の83年6月に新長田―大倉山(4.3km)が部分開業した。神戸市は81年に地方博覧会ブームの先駆けになった「神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア'81)」を開催していた。
企業や自治体などがパビリオンを出店し、遊園地なども併設。埋め立ててできた新たな土地で都市開発に弾みを付ける、いわば小さな万博だ。神戸市は、この博覧会後に地下鉄建設を加速した。その第1弾が83年の山手線の部分開業だった。
85年6月には大倉山―新神戸(3.3km)が開業して山手線が全線開通。同時に西神線が延伸し、名谷―学園都市(3.5km)が開業した。須磨ニュータウンに加えて西神ニュータウンの一部と、兵庫県で最大のターミナルである三宮、新幹線の新神戸駅がつながった。
スポーツの一大拠点も
加えて学園都市駅から1つ三宮寄りには総合運動公園駅が開業。サッカーなどの球技にも使える「神戸ユニバー記念競技場」と、野球場「ほっともっとフィールド神戸」、体育館の「グリーンアリーナ神戸」などが立地する神戸総合運動公園の中心駅だ。
これらのスポーツインフラを整備した総合運動公園と、中心市街の三宮駅、さらに新幹線の新神戸駅を85年8月に開催したユニバーシアード神戸大会までに結び付ける必要があった。

神戸市営地下鉄の総合運動公園駅(編集部撮影)
ユニバーシアード(現在のワールドユニバーシティゲームズ)は大学生だけが出場するスポーツ大会だが、このときは前年のロサンゼルス五輪をボイコットしたソ連からも多くの選手が派遣される大会として注目された。
106カ国・地域から約4400人の選手が集まる、ユニバーシアードとしては過去最大規模の大会でもあった。海外からの選手らは成田空港から日本に入り、新幹線で移動。新神戸駅から地下鉄で学園都市駅付近に建設した選手村に入ることが想定された。選手村と競技場の間の輸送も、地下鉄が担うことになった。
神戸市が威信をかけて開催
さらに日本のスポーツ大会でスポーツボランティアが本格的に採用されたのも、この大会だった。
約2週間の大会期間中とその前後は、板宿・新長田以西の旧来の市街地に住む神戸市の住民およそ8500人の大会ボランティアが毎日、総合運動公園に「通勤」する必要があり、これらの輸送需要に応える必要があった。
当時の神戸市が国際都市の威信をかけて開催したのがユニバーシアード神戸大会だった。

神戸総合運動公園の「神戸ユニバー記念競技場」。駅周辺には野球場の「ほっともっとフィールド神戸」、体育館の「グリーンアリーナ神戸」などが立地(編集部撮影)
87年3月に西神ニュータウンの中心地である西神中央まで5.9kmの路線が延び、現在の西神・山手線が完成したが、同路線の愛称である「みどりのUライン」ができたのは85年だ。
新神戸からいったん三宮に南下して、再び西神中央方面に北上する「U」字型の路線形状であるとともに、Underground(地下鉄)の頭文字。さらにユニバーシアード(Universiade)の開催を祝う意味も込められた。
88年に北神急行電鉄(新神戸―谷上)が開通し、相互乗り入れを開始。93年に「西神南ニュータウン」の街開きに合わせて、西神中央―伊川谷間に西神南駅が開業。これで現在と同じ運行形態になった。

西神中央駅の1つ手前、西神南駅(編集部撮影)
神戸市とともに成長した路線
最初の路線である新長田―名谷を着工した72年に神戸市の人口は約136万人。神戸市の人口が初めて150万人に到達したのが93年だった。
この間に増えた14万人が、1日に2回(出勤と帰宅)で地下鉄を利用したとすれば1日の輸送人員は28万人になる計算だ。増えた人口は全員が地下鉄沿線ではないし、全員がサラリーマンなはずもないのでやや乱暴な試算だが、実際の輸送人員は1日平均26万人そこそこで推移。立派な黒字路線が現在の西神・山手線というわけだ。

西神南駅付近から見た西神中央方面(編集部撮影)
名谷―新長田が開業した77年から、2027年で50年になる。神戸市は西神中央駅前と名谷駅前の再整備を25年までに完成させた。
バスターミナルなどが使いやすくなったほか、駅付近や駅舎内の商業スペースを増設。西神中央駅の近くには西区役所が移転、名谷駅近くには須磨区役所北須磨支所を新築し、行政サービスの利便性も高めた。

西神・山手線の終点、西神中央駅東口の駅前広場(編集部撮影)
駅前が次々にリニューアル
神戸市の外郭団体である「こうべ未来都市機構」(神戸市中央区)が運営する両駅前のショッピングセンターのリニューアルも、おおむね完成した。
全国ブランドの食品スーパーやチェーン店が入居するだけでなく、神戸の中心市街地である三宮や元町で人気の飲食店の支店も誘致。駅前に市立図書館を開設したのも両駅の周辺再整備での特徴だ。

西神中央駅にはかつて画面手前(北側)に車両基地があった(編集部撮影)

西神中央駅で出発を待つ車両。日中は1時間に8本、新神戸行きと谷上行きが交互に発車する(編集部撮影)
西神・山手線の軌間は1435mmの標準軌だ。同じ標準軌である阪急神戸線との相互乗り入れについて神戸市は、軌道の新設などが必要になり事業規模が過大で採算が取れないと、20年に検討を終了した経緯があった。
だが25年に亡くなった阪急阪神ホールディングスの角和夫・元会長は、神戸市の検討終了後も神戸市営地下鉄との相互乗り入れを「夢」と語っていたという。

地下鉄西神・山手線三宮駅の地上出入り口のサイン。画面右が阪急神戸三宮駅(編集部撮影)
都心部で姿は見えないが存在感
最近の大都市の課題を議論にするときに、必ず挙がるテーマの1つは「ニュータウンのオールドタウン化」だ。
子供たちが巣立ち、高齢者ばかりで活気を欠く街になりやすいとしばしば指摘される。だが神戸市は日本全体の人口が減少する中でも、都心などに比べて低廉な家賃・住宅価格に加え、利便性の高い生活環境を提供することで、1970年代に完成したニュータウンへの新住民の呼び込みを目指す。
その際に乗り換えなしで神戸都心、乗り換え1回で大阪・東京都心と結ばれるインフラとして神戸市営地下鉄の西神・山手線の存在感は大きい。