高市氏「私は土俵に上がらない」、女人禁制の伝統か男女平等か 歴代首相は自ら優勝力士を表彰、反発する女性政治家も

衆院本会議で施政方針演説をする高市早苗首相=2026年2月20日、国会
「私はこれからも土俵に上がらない」。高市早苗首相は1月、福岡市で明言した。
師と仰ぐ故安倍晋三氏をはじめ歴代首相は、大相撲の初場所や夏場所を中心に、優勝力士に内閣総理大臣杯を授与してきた。史上初の女性首相の判断が注目されたが、昨年秋の就任以降、いずれも男性が代理として総理大臣杯を手渡した。
高市氏が見送りを決めたのは、大相撲の土俵の「女人禁制」を重視したためだが、過去にはこの伝統を「男女差別」だと反発した女性政治家も複数おり、議論を呼んだ。高市氏の決断の背景を探った。 (共同通信=丹伊田杏花)

日馬富士に内閣総理大臣杯を渡す安倍晋三元首相(右)=2013年1月27日、両国国技館
▽「男女平等の話ではなく、日本の伝統の話だ」
1月25日、東京・両国国技館で行われた初場所千秋楽。結びの一番の後に催された表彰式に高市氏の姿はなかった。優勝した新大関安青錦に対し、代わりに総理大臣杯を贈呈したのは松本洋平文部科学相だった。高市氏はその時間帯、都内の公邸で過ごしていた。
5日後の30日、高市氏は衆院選応援のため入った福岡市での街頭演説で、首相補佐官の井上貴博衆院議員(福岡1区)が昨年11月の九州場所表彰式に自らの代理で出席したと紹介した。隣に立つ井上氏の大柄な体格を「無駄に体がでかいわけではない」とやゆしつつ「これからも頼りにしている」と持ち上げた。
さらに、大相撲の女人禁制の慣例を巡り、一部の女性政治家が反発している現状を念頭に「相撲の土俵に女性は上がれないことを怒っていた女性政治家もいた」と言及。自身が土俵上での表彰を見送った理由について「男女平等の話ではなく、大切に守られてきた日本の伝統の話だ」と持論を展開した。

初優勝を果たした安青錦に総理大臣杯を渡す井上首相補佐官(右)=2025年11月23日、福岡国際センター
▽「伝統を守るため体張る」
高市氏が日本の伝統的価値観に重きを置くのは、安倍氏の路線継承を掲げる保守派政治家としての自負があるためだ。昨年9月の自民党総裁選の所見発表演説会で「日本をかけがえのない国にしてきた古来の伝統を守るために体を張る」と訴えた。
今年2月の施政方針演説では「日本は、古来、固有の文化を守り、和を尊び、家族や社会が互いに助け合いながら発展してきた」と語った。昭和元年から今年100年の節目を迎えることにも触れ、従来の日本の家族観や社会の規範意識を尊重する考えをにじませた。
一方、この演説で高市氏が「女性」という文言を使ったのはたった1回で、女性政策への言及は限られた。
同じ施政方針演説で、男女間の賃金格差是正や女性登用の一層の拡大を掲げた岸田文雄元首相、女性が働きやすい職場環境の整備の必要性を唱えた石破茂前首相と比べると、物足りなさは否めない。

兵庫県宝塚市の中川智子元市長(本人提供)
▽期待は粉砕された
「女性も土俵に上がれるようになるとの期待は木っ端みじんに打ち砕かれた」
かつて女人禁制の見直しを求めていた中川智子・元兵庫県宝塚市長(78)は嘆く。
中川氏は2018年4月、宝塚市での春巡業に臨み、土俵上で自身のあいさつを許可するよう日本相撲協会に迫った。この要望の直前、京都府舞鶴市で行われた春巡業であいさつしていた京都府舞鶴市長が倒れた際、救命措置に当たった女性に「土俵から下りてください」と促す場内放送が流れる事案が発生。人命よりも大相撲の慣例を優先するかのような対応に世論の反発が強まっていた。
「相撲が国技であるなら、女性も含めた幅広い国民の声を聴くべきだ」との信念から、女人禁制を見直すべきだとした中川氏の望みは、相撲協会にあっけなく拒まれた。協会からは「相撲文化の伝統を守る」との理由が繰り返し示されるだけで、納得のいく説明は得られなかった。
中川氏は「伝統は時代に合わせてつくり出していくものだ。協会の言う伝統は時代錯誤だ」との不信感が今も消えない。ぶち当たった「伝統の壁」はいずれ初の女性首相が打ち破ってくれる。その淡い期待も高市氏の首相就任でしぼんだ。
中川氏は以前、上京のため利用していた新幹線車内で、首相就任前の高市氏と鉢合わせした経験が何度かあり、世間話を交わす間柄だった。ジェンダー問題への高市氏の姿勢に関し「問題意識がほとんどない人物という認識だ」と振り返る。
首相就任によって「男女共同参画を進めてきた日本の政策が逆戻りするのではないか」と警戒感を隠さない。

初場所の土俵祭りに出席した、日本相撲協会の幹部ら=2026年1月10日、東京・両国国技館
▽「どうしても上がりたかった訳ではない」の真意
大相撲の女人禁制を問題視した女性政治家は中川氏だけではない。
女性初の官房長官に就任した故森山真弓氏も、その一人だ。1990年1月、優勝力士に自ら総理大臣杯を授与すると主張した。労働省(現・厚生労働省)幹部時代の1978年、「わんぱく相撲東京場所」荒川区予選で準優勝した女子生徒が、女人禁制を理由に国技館での決勝大会に進めなかった時から問題意識を持ち続けていた。ただ、日本相撲協会の強い反発を受け、最終的には矛を収めた。
女人禁制と男女平等が再び正面から衝突したのが、2000年2月。当時、全国初の女性知事だった大阪府の太田房江知事が、春場所で優勝力士に府知事賞を自ら贈る意向を表明し、慎重姿勢を崩さない相撲協会側との対立が表面化した。
是非を巡る世論の賛否は割れ、波紋が広がった。
太田氏は後年、自らのブログで「どうしても土俵に上がりたかったという訳ではない」と打ち明けた。日本の伝統と「女性活躍」という社会の変化について「多くの方に考えていただく契機にしてもらいたいと思ったからだ」と説明した。
▽衝突する大義にどう向き合うか
女性政治家からの要求を拒んできた日本相撲協会。共同通信は、今年1月の初場所で女性首相が土俵に上がる是非を尋ねた。協会側は、是非の明言を避けた上で、書面で「大相撲の伝統文化を継承していく」とだけ回答した。
協会の諮問機関、横綱審議委員会(横審)で、女性初の委員を務めた故内館牧子氏は2006年の著書で、女性に参政権や教育を受ける権利がなければ「それは差別だと考える」と強調した。
一方で、そうした差別と、祭事や伝統芸能、民族的な男女別を同列に扱うべきではないとも記した。「男女平等」「男女共同参画」という大義名分の下、土俵の女人禁制が性急に解かれる方向に議論が進みかねないとの懸念を抱いていたともつづった。
男女平等の追求か、伝統文化の尊重か―。
土俵の女人禁制を巡る女性政治家たちの問題提起は「声を上げなければ、自分たちの意見がないものにされる」との危機感からだった。男女平等の在り方に関わる重要な論点に、高市氏はあまりに拙速に結論を下した印象が拭えない。異論に真摯に向き合う姿勢が問われる。