「寒々しい…」住民から不満続出 街路樹の“やりすぎ剪定” 行政はなぜ短く切りすぎるのか 「景観と涼しさを失う」

 清々しく芽吹いた新緑が映える初夏。イチョウやプラタナス、ケヤキといった街路樹も私たちの目を楽しませてくれる……はずなのだが、近年は枝や幹をなぜか短く大胆に剪定される樹木が増え、住民から「見た目が寒々しく不自然」「緑が減って寂しい」など不満の声も出ている。「強剪定」といわれるこの手法、本当に必要なのか。樹木研究の第一人者に話を聞くと、倒木や夏の酷暑への影響など、意外な課題が見えてきた。

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 「見ていて痛々しく、いたたまれない気持ちになるんです。何の理由があってここまで幹や枝を短く切ってしまうのでしょうか」

 怒りを込めた口調でこう話すのは、東京都内に住む60代の女性。自宅近くには遠方から訪れる人がいるほどの長いケヤキ並木があり、新緑の季節をいつも楽しみにしていた。しかし近年は落葉期のたびに大胆に剪定され、枝の広がりが小さくなり、すっかり見応えがなくなってしまったのだという。

「ケヤキだけじゃないです。プラタナスもイチョウも枝を大きく切り落としてしまい、『まるで電柱が立っているみたい』と近所の人も呆れ、憤慨していますよ」

 枝や幹を大胆に落とし、樹形を小さく抑える。「強剪定」といわれる手法だ。一般的な剪定が枝先を整える程度であるのに対し、大量の幹や枝を一度に切り詰め、元々の樹木の骨格に大きく手を加えるものだ。

 そもそもこの「強剪定」、行うことにどんな意味があるのだろうか。

■「論外です」

「意味のある『適正な強剪定』というものは、まず存在しません。やってはいけないことなんです」

 こう話すのは、樹木研究の第一人者で日本庭園学会会長も務めた藤井英二郎・千葉大学名誉教授。街路樹の一般的な剪定が必要だとされるケースについて、こう説明する。

「まず、車道側から見て4.5メートル以下、歩道側から見て2.5メートル以下にある枝葉は通行の妨げにならないように切る。これは道路法に基づく政令『道路構造令』で基準とされています。他にも、交通信号を見る妨げになっている枝や、道路敷から民地へ越境している枝、あとは電線や通信ケーブルなど道路管理者への申請で設置が許可されている『占用物件』と接触しそうな枝も、剪定の対象とされている。ただ、その他の枝葉は基本的に『剪定しなくていい』はずのもの。ましてや強剪定など論外です」

 なぜ論外か。冒頭の女性が憤慨する「良い景観が失われる」以外にも理由があると、藤井さんは言う。

「一つは樹木へのダメージです。強剪定で大幅に枝葉が失われると、樹勢が弱り樹木を腐らせていく『腐朽菌』が入り込みやすくなり、大きな枝や幹が折れたり、さらには樹木を支える太い根をも枯らしてしまったりで、倒木につながるおそれもあります」

 さらに深刻な問題がある。5月というのに30度超えの地域も出るなど、今夏も酷暑に見舞われる可能性が高いとされているなか、強剪定が招く「木陰の少なさ」だ。

「直射日光が当たった路面の温度は50~60度にもなります。でも街路樹が大きく枝を張って木陰を広げれば約20度低くできます。つまり、熱が溜まるのを抑制できるのですが、合わせて木陰は涼しいのです。暑さ対策という点で街路樹ほど大きな効果を期待できるものはないのですが、それをみすみす失っています」(藤井さん、以下同)

 樹冠被覆率という言葉がある。一定の土地の面積に対して、上空から見たときに高木の枝や葉(樹冠)が地面を覆っている面積の割合を指す。世界の大都市では、30%を目標とする動きが広がっている。樹冠被覆率を30%まで増やせば、熱中症など暑さによる死亡数を約40%減らせることを明らかにした医学雑誌の論文もあるという。

「温暖化やヒートアイランドによる気温上昇への対応は、各都市にとって喫緊の課題。街路樹や公園の樹木に加え、都市の樹木全体が『公共的価値を持つ存在』として認識されている。ところが東京都の樹冠被覆率は7%前後にとどまり、しかも近年は減少傾向が指摘されています。こうした状況では、今後の夏の厳しい暑さへの対応は難しい。命にかかわる、生存権の侵害ともいえる問題です」

■街路樹の「素人」

 そんな状況のなか、常態化する街路樹の強剪定。その背景には、「街路樹管理の外部委託化」があると、藤井さんは言う。

「街路樹の剪定は基本的に道路管理者(国道なら国土交通省、都道府県道や市区町村道なら各自治体の道路部局など)が発注し、造園業者が受託しています。発注者が『このように剪定してほしい』と指示すれば、受託業者はその方針に沿って作業せざるを得ない面があります」

 さらに問題は、その発注者の多くが街路樹の「素人」になってしまっていることだ。

「40~50年ほど前までは、各自治体には街路樹剪定を担う直営の技術者(職員)がいました。たとえば東京都であれば公園緑地部に専門的な人材がいて、道路管理者に適切な指示を出す体制が整っていたんです。でも次第に土木系の技術職員が担当するようになり、数年ごとの定期異動もあって専門知識が十分に蓄積されにくくなった。結果として、前例やマニュアルに基づく発注が中心となり、剪定後の良しあしを検証する事後評価も行われなくなっています。そうした状況では、受託側にとっても、緊張感の低下につながりかねません」

 とはいえ、受託する造園業者は専門の技術者だ。1999年から資格認定が開始された「街路樹剪定士」が在籍する造園業者も多いはずなのだが──。

「昔は受託業者にも骨のある人がいて、『そんなに大きく切ったら木へのダメージが大きい』と発注者に助言することもありましたし、発注者もそれを受け入れるという健全な関係があった。でもいまは発注者の側に街路樹剪定の基本を理解する人が減ってきている。受託者が助言をしても『それなら来年からは発注しない』と言われるケースすらあり、受託側は従わざるを得ない。結果として、適正ではない剪定が次第に当たり前になり、悪循環になっていくんです」

 例外もある。たとえば宮城県仙台市や東京都江戸川区では、発注者である自治体の職員と受託業者が一緒に「見本剪定講習会」を行うなどして、理想的な樹形を保つことに成功している。

「こういう剪定が良い見本だと発注者と受託者の双方が理解し、共有する機会になっています。しかし、こうした取り組みを行う自治体はごく一部に限られています」

 道路管理者が適正な発注指示を出せない背景には、もう一つの要因がある。落ち葉の掃除や伸びた枝をめぐる住民からの苦情だ。

「苦情を言う人たちは沿道住民の一部にすぎません。しかし現場では、その一部の、しつこく苦情を訴える人たちへの対応に追われ、精神的に疲弊している担当者も少なくないようです。その結果、苦情の対象だけでなく周囲の木まで一律に強く剪定するよう発注してしまうケースもある。それが各地で見られている状況です」

■「貧しくなっている」象徴

 筆者も、強剪定された樹木に違和感を抱きつつ、「でもこれは専門家が深い知見のもと、より良い街路樹にするための長期的視野で判断しているのだろう」と思っていた。しかし藤井さんは、「残念ながらまったく違います」と言う。

「外国から来た人が日本庭園を見て『樹木を大切にする日本人の自然観』に感動し、一方で強剪定された街路樹を見て『同じ日本人がなぜこんなことを』と混乱し、驚く姿を見たこともあります。街路樹の強剪定は、日本人がその感性を含めたさまざまな面で『貧しくなっている』象徴だと私は感じます。しかも税金を使われて貧しくしているんだから、こんな馬鹿げたことはないですよ」

 そして藤井さんは、常態化した強剪定はもはや街路樹への「虐待」だと、語気を強める。

「動物が同じ扱いを受ければ逃げます。でも樹木は逃げることも、抗議することもできない。樹木に人間の無知や怠慢、ストレスがしわ寄せされている面があります。しかし、強剪定は酷暑に拍車がかかり、結果的には人間の生活環境にすべて跳ね返ってくる問題です。日常的に目にする街路樹がこうした状態に置かれることが、子どもたちの心に与える影響も無視できません。早急に改善しないと、日本の将来にとんでもなく不幸な事態を招く。強剪定は、そんな危機感をも持つべき社会的課題だと、私は考えています」

(AERA編集部・小長光哲郎)

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