「松井さんのおかげで勝てた」自民総裁選、高市氏秘書から小泉氏批評動画で謝意 衆院選でも「ネガキャン」証言、「世論操作の一環だ」「全て無償」作成者を駆り立てた動機とは…

自民党総裁選での中傷動画作成疑惑に関し、記者団の取材に応じる高市首相=8日午後、首相官邸
高市早苗首相が3度目の挑戦で勝利した2025年の自民党総裁選。IT会社代表の松井健氏(33)は、共同通信のオンライン取材に、高市氏の秘書から交流サイト(SNS)戦略について相談され、ライバルの小泉進次郎防衛相をネガティブに取り上げた動画の作成を提案したと証言した。
松井氏は先の衆院選でも「動画作成を通じて高市氏を含む与野党候補計20人を支援した」と証言。高市氏の事務所はこうした主張を全面否定しているが、松井氏側は、秘書の携帯電話から送られたメッセージなどを保存していた。
「政治家を中傷した」との批判に対し、松井氏は「法令違反はなく、欧米では当たり前に行われている『世論操作』の一環だ」と、正当性を主張している。(共同通信=中傷動画取材班)

2025年の自民党総裁選期間中、AIを使って作成された小泉進次郎防衛相に関する批評動画の一場面
▽実務経験ゼロ、客寄せパンダ…
共同通信は1日、東京都内にある松井氏の顧問弁護士事務所で、弁護士同席の下、海外にいる松井氏から、政治に関心を持ったきっかけや、総裁選での動画作成の経緯、松井氏が開発責任者を務めた暗号資産(仮想通貨)「SANAE TOKEN(サナエトークン)」が事業中止に至った理由などを聞いた。
また、松井氏が秘書とやりとりした携帯電話のメッセージの提供を受け、電話番号を秘書本人のものと確認した。
松井氏によると、首相の地元事務所で所長を務める秘書を知人に紹介され、総裁選告示3日後の2025年9月25日、SNS戦略に関するオンライン会議を開催した。
「小泉氏が圧倒的にリードしている。逆転するにはどうすればいいか」
秘書からこう相談され、松井氏は「ネガティブな動画が効果的」と提案した。ポジティブな動画よりも感情に訴えやすく、短期間で結果を出すために効果的だという考えからだ。
当時、複数の報道機関が議員票を中心に小泉氏優勢と伝えていた。
松井氏は、高市氏と小泉氏の一騎打ちを想定していたが、秘書から「林芳正氏も警戒が必要だ」と伝えられ、動画作成の対象に加えた。
共同通信は松井氏側から、小泉氏を取り上げた動画の提供を受けた。
「彼をかつぐグローバル資本はあなたを簡単にクビにし、会社の利益を海外へ吸い上げる気です」
「彼を取り巻く過激な環境団体がガソリン車の強引な排除と異常な炭素増税を画策中です。実現すれば電気代は今の倍に跳ね上がり、地方の生活は完全に崩壊します」
小泉氏の写真やイメージカット数枚とともに、視聴者の不安をあおるナレーションが流れる。「世襲の操り人形」「実務経験ゼロ」「客寄せパンダ」…。小泉氏に対するネガティブな表現を繰り返した後に、高市氏を「真のリーダー」「圧倒的な実行力」と持ち上げるものもあった。
これらの動画は、松井氏が独自に開発したAIシステムを使って作成された。字幕の内容やナレーションのせりふまで、ほぼ自動で決めてくれるという。法令違反にならないよう、デマや中傷を含めないようAIに指示し、自社開発した複数のソフトでチェックもしたという。
約300個のアカウントを作成し、1000~1500本ほどの動画を作成。X(旧ツイッター)、ユーチューブ、インスタグラム、TikTokなど主要SNSに次々と投稿。瞬く間に拡散された。

2025年の自民党総裁選期間中、AIを使って作成された高市早苗首相に関する動画の一場面
▽「印象悪い」投開票日にはアカウント削除
松井氏は取材に、秘書から2日に1回程度、情勢報告などを電話で受けたと説明。総裁選に勝利した後、秘書から「松井さんのおかげで勝てた」と電話で何度も感謝され、「次回の選挙でも協力をお願いします」と頼まれたと振り返る。
松井氏は「誰かが恣意的にやっていたと分かると印象が悪く、候補者に迷惑がかかる」として、投稿に使ったアカウントは投開票日に削除したと説明。期間中に作成した動画は現在、大半が見られなくなっている。
総裁選では、小泉氏陣営がインターネット配信に際し、小泉氏を称賛するコメントを投稿するよう陣営内部に要請していたことが既に判明している。広告であることを隠して宣伝する「ステルスマーケティング(ステマ)」のようだと問題視された。
陣営は「ビジネスエセ保守に負けるな」との文面例も示しており、高市氏や小林鷹之氏を念頭に置いた可能性がある。小泉氏自身は「知らなかった」が、「行き過ぎた表現があった」と謝罪に追い込まれた。

▽衆院選「与野党50人から支援依頼」
総裁選で協力関係を築いた松井氏。続く衆院選でも、秘書から支援を依頼されたと説明した。「中道改革連合を批判し、大物候補者をたたいてほしいと依頼を受けた」という。
「標的」にしたのは旧民主党政権幹部。動画で、以下のように評した。
東日本大震災の際に官房長官を務めた枝野幸男氏は「不都合な真実を隠蔽し、国民の命より政権の延命を優先した国家のスポークスマン」。
流通大手イオンの創業者一家である岡田克也元外相は「彼が裏で進める規制緩和の本当の狙い。それは地方の商店街を根絶やしにし、巨大スーパーだけが生き残る『弱肉強食の国』を作ること」。
衆院選で自民党は公示前から大きく議席を伸ばし、単独で定数の3分の2を超える議席を獲得。歴史的圧勝だった。中道は立憲民主党出身の幹部やベテランが相次ぎ落選し、惨敗を喫した。
投開票翌日、松井氏の下に秘書から携帯電話のショートメッセージサービス(SMS)で次のような喜びの声が届いたという。
「このたびも大変お世話になりました。自民党過去最高の議席数を賜り、旧立憲民主の害獣をたくさん駆除することができました」
松井氏によると、衆院選では与野党50人前後から依頼があり、高市氏を含む20人のリクエストに応じた。期間中、動画を計1万本作成した。かかった費用は1千万円以上。総裁選での動画作成を含め、全て無償で請け負い、広告収入も得ていないという。
「動画の作成、拡散は世論操作の一環。法律には違反しておらず、悪いことをしている認識はない」と松井氏。一方、公人である政治家に対する批評は、どこまでが「意見」で、どこからが「中傷」になるかの判断が難しいと語った。「アウトとセーフのボーダーラインを狙ったが、評価が難しい面もある」と付け加えた。

2026年の衆院選期間中、AIを使って作成された中道改革連合の岡田克也元衆院議員を批評する動画の一場面
▽手弁当で支援する理由
なぜ、ここまで労力をかけて政治家を支援するのか―。
松井氏は高市氏について「明るく、政策をしっかり実行してくれるという期待感があった。政策に真摯に向き合ってきたと周囲から聞いており、応援させていただきたいと思った」と理由を語る。
松井氏は長崎県出身。高校卒業後、自民党の麻生太郎副総裁が関係する麻生グループ運営の専門学校でソフトウエア開発を専攻した。卒業後はグループ中核の株式会社「麻生」に入社し、政治への関心を深めていった。「当時は麻生さんが首相になり、盛り上がっていた。民間企業だが、政治イベントや選挙になるとみんなで応援し、日本が変わることを体感した。自分も政治に関わりたいと思った」
米国の政治にも影響を受けたという松井氏。とりわけトランプ大統領の最側近だった元首席戦略官のスティーブン・バノン氏について「『スピンコントロール(世論操作)』にたけた存在で、感銘を受けた。自分もより良い政治の実現のため、世論を動かす立ち位置になりたいと思った」と話す。

自民党総裁選での動画作成に関し、オンライン取材に応じる松井健氏
▽国民民主を支援、玉木氏は面識認める
2024年7月の東京都知事選では、切り抜き動画拡散などのSNS戦略を石丸伸二氏陣営にアドバイスしたという。石丸氏は次点に食い込み、SNSが持つ「動かす力」を実感した。
同年10月の衆院選では、国民民主党のSNS発信を支援。他党を批判するなどのネガティブな内容ではなく、同党の政策を簡潔に伝える内容が中心だった。
「約3千本の動画を作成し、再生回数は約3千万回に達した。この時期からAIを活用して動画の切り抜きから投稿までを自動化するシステムの運用も進めた」と振り返る。
玉木雄一郎代表は松井氏との面識を認め「玉木の活動を応援してくれる個人の一人。(動画)内容についての指示はしておらず、金銭を支払ったことはない」と事務所を通じて文書で回答した。

▽サナエトークンは「反省」
松井氏は、高市氏の名前が入った仮想通貨「サナエトークン」の開発責任者も務めた。サナエトークンは、政治に対する有権者の意見を集めるアプリの集客目的で発行された。松井氏は、総裁選後も秘書とやりとりを重ね、オンライン会議などで仮想通貨の発行を伴う事業の詳細を説明したと強調する。
高市氏は3月2日にXで「全く存じ上げない。われわれが何らかの承認を与えたこともない」と投稿し、事務所の関与を否定した。
松井氏によると、その後、秘書と連絡が取れなくなった。高市氏が関与を否定したことでトークンの価格は急落し、事業は中止に追い込まれた。世論の理解を十分に得られない状況のまま、プロジェクトを進めることは適切ではないと判断したという。
松井氏は、秘書が長年、高市首相の地元秘書を務めていたことなどから、トークンの発行について首相の了解を取りながら行動していると考えていたとした。
「首相の了解を得ているかどうかまでは確認せず、拙速だった。慎重さを欠いたことにより世間を騒がせ、社会に迷惑をかけてしまい、深く反省している」と語った。
▽有料会員になるのは拒否
週刊文春が松井氏の証言に基づき4月に疑惑を報じた直後から、高市氏は一貫して関与を否定している。
首相が初めて中傷動画報道に言及したのは、5月8日の参院本会議だ。
野党議員の質問に「事務所の職員に確認したが、ネガティブな情報の発信は一切行っていないとの報告を受けている」と否定した。その後も松井氏に関し「私自身も地元の秘書も面識のない方だ」と強調した。
18日に松井氏がユーチューブ番組で、秘書とオンライン会議をしたと打ち明けると、翌19日、記者団の取材に「私自身も秘書もお会いしたことのない方だ」と主張。対面での面会を否定する形に言いぶりを変えた。
今月3日、文春電子版に会議の記録とされる音声が有料公開された。
4日の衆院予算委員会で、野党議員が音声は首相の秘書本人のものかどうか、事前通告して、質問すると、 高市氏はこう答えた。
「質問内容を見たのが4日午前3時半ぐらいだった。有料部分だったので今朝までに確認できなかった。私が知らない方の言い分ばかりをセンセーショナルに報道してきたところの有料会員になれ、ということであれば拒否する。法的に問題があるなら、具体的に言ってほしい」
5日の参院予算委では、4日夜に音声を確認したとした上で「秘書本人のものかどうか判断するのは難しい。私と会話する時よりもかなり高い声で、はきはきとしゃべっていたので違和感があった」と語った。
8日、官邸で記者団から問われた際には「他の候補者を誹謗したり、中傷したりは私の流儀ではないので決してやっていない」と否定した。今年の衆院選でも作成していないと明言し「ましてや、第三者に依頼することは決してない」と主張した。
▽改めて調査しない
高市氏の事務所も、共同通信の取材に関与を否定した。
コメント全文(4日付)は次の通り。
高市事務所においては、2025年自民党総裁選および26年2月衆院選で、一部週刊誌の記事にあるような、他の候補者に関するネガティブな動画を作成、発信したり、第三者にこれを依頼したりしたことは一切ない。また、そうした目的でオンライン会議を行ったこともない。
また、暗号資産「サナエトークン」について説明を受けたことはない。
改めて調査をすることはない。