万博で異彩放った台湾系のテックワールド館 広報が語る舞台裏と「今だから言えること」

テックワールドの思い出を語る齋藤幸世さん=大阪市浪速区

昨年開催の大阪・関西万博は公式キャラクター「ミャクミャク」の人気が健在で、グッズ売り場はいまだに行列ができるなど話題の提供が続く。万博に出展された「テックワールド館」は、台湾の自然や技術を紹介しながら「台湾」を主張できない状況があった。にもかかわらずあの手この手で魅力をアピールし、来場者の心をつかんだ。台湾でも万博のニュースが連日伝えられ、盛り上がりをみせたという。同館唯一の日本人広報だった齋藤幸世さんが舞台裏を語った。

台湾の自然や役割を紹介した万博のテックワールド館=大阪市此花区

同館は台湾系の日本企業「玉山デジタルテック」が出展。560台のタブレット端末と巨樹型スクリーンに台湾の生きものを投影した「ライフ劇場」や、動く名画が体験できる「AIギャラリー」など、デジタル技術を駆使した展示が見どころだった。

560台のタブレット端末と巨樹型スクリーンに台湾の生きものを投影した「ライブ劇場」=大阪市此花区

その中で唯一の実物展示が「ランの道」。コチョウランの花が飾られ、ナノスプレー技術で花に描いたミャクミャクが来館者を喜ばせた。

「台湾のコチョウランは世界的にも有名で、日本も8割を輸入している。そんな台湾の産業と科学技術の融合を見ていただけた」

日替わりで配布される来館記念品も注目を集めた。いずれも同館のオリジナルで台湾から入荷。帽子、ハンカチ、ネームタグ、トートバッグ、ショルダーバッグの主に5種類があった。

来館者は1日平均3千~4千人。在庫管理を徹底したため不足のトラブルはなかったが、困ったのは「今日の商品を教えて」「明日は何を配るの」といった来場者からの問い合わせだった。午前と午後で商品が変わる場合もあり、要望には応えられなかった。

またSNSで日本と台湾の往復航空券が当たるイベントをたびたび実施。合計で約60人が幸運をつかんだ。こうした特典の数々も同館ならではの魅力につながった。

ジレンマ

一方で「台湾」という言葉や表現を使えないジレンマも大きかった。

国連に加盟していた当時に開かれた1970年大阪万博で台湾は「中華民国」の名義で出展した。ただ翌年の国連脱退後は万博への正式出展ができていない。

開幕前、台湾の経済部(経済産業省に相当)が、政府として参加するかのような発言をして日本側が問題視したほか、中国側の牽制(けんせい)もあり「イベントを企画しても、実現するには日本国際博覧会協会や外務省からの許可が必要だった」。

ゆるキャラの扱いも同様で、企画書や報道発表文書も厳しくチェック。「常に監視されているようで言動には注意を払った。屋外イベントもかなり遠慮がちで、目立たないようにしていた」

だが、各国のパビリオンが館前でパフォーマンスを披露し始めたのをきっかけに自信を持って台湾らしさを表現するように。アクロバットや合唱団、原住民の音楽などで観客を楽しませた。

地元の反響

地元での反響はどうだったのか。

齋藤さんによると「台湾ではものすごく万博が話題になっていた」という。連日のように万博のニュースが流れ、関心の高さが伺えた。

実は3月に開かれる台湾最大級の祭り「ランタンフェスティバル」で、テックワールド館を新たな姿で再現する。

「今なら堂々と台湾のパビリオンだといえる。もう一度地元で盛り上がろうということ」

改めて万博を振り返り、「関われてうれしい気持ちと、解放されてほっとした気持ちの両方がある」と本音を語った。(北村博子)