黒柳徹子「『徹子の部屋』のやめどきは…。今はまだ、ゲストの話に〈わぁ~っ!〉と感動できるので、もう少し続けるつもり」

黒柳徹子さんとビーズ刺繍デザイナーの田川啓二さんは、20年来の友人関係。似た者同士という2人は、「素敵なもの」について語り始めると止まらないそうで――(構成:篠藤ゆり 撮影:下村一喜)

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【写真】古着屋さんで買った友禅の着物を、田川さんがドレスに仕立てたという黒柳さんの衣装

<前編よりつづく>

コレクションは「一時預かる」精神で

黒柳 子どもの頃に出合った素敵なものは、なんですか?

田川 小さい頃から、骨董品や美術のコレクションが身近にありました。父方の祖母の家に行くと必ず、素敵なカップでチャイを淹れてくれる。祖父が仕事の関係でインドに行っていたので持ち帰ったんだと思いますが、シノワズリのティーセットが揃っていて、棚に綺麗に並べられていたんです。

ただ、それらを受け継いでも、割れないようにと箱に詰めてしまうと、使えないし見られない。その経験から、美術館であれば自分も皆さんも見られると思ったんです。

黒柳 私はガラスの文鎮(ペーパーウェイト)と犬筥(いぬばこ)を相当集めました。犬筥は張り子の箱になっていて、犬は安産で多産だから昔は安産祈願で飾られたんですね。

ある時期から作られなくなり、残さなきゃという思いで、古道具屋さんから「犬筥入りましたよ」なんて電話があると京都に駆けつけたり。「もう、こんなに集めてどうするんだろう」というくらい溜まっちゃったの。

昨年オープンした、黒柳徹子ミュージアムで展示できたときはほっとしました。(笑)

田川 徹子さんのペーパーウェイトもかなりの数で、300点ほど。

黒柳 そうね。ペーパーウェイトに最初に出合ったのは、イギリス大使館のお友達のところ。直径7~8cmのガラスのドームの中にイギリス万博の水晶宮が入っているのを見て、すごい技術だなと思って以来、海外で見つけては買うの。

田川 直径20cmくらいの、大きいのもありますよね。

黒柳 あれ、重たいの。安物だけど、洋服でぐるぐる巻いて、割れないようスーツケースに入れて持ち帰りました。

田川 やっぱり徹子さんにもコレクターのDNAがありますね。失われていく技術をコレクションして、それを次の世代の人たちに渡していく。自分たちは一時期お預かりしているだけ、という使命を感じます。

黒柳 そうそう。母がアンティークビーズバッグを美術館に寄贈したのも、そういう考え方があったからだと思います。私ね、感心したのは、あなた、学芸員の資格をお取りになったでしょう?

田川 公益財団としてコレクションを守るために学芸員の資格が必要で、コロナ禍で時間のあった頃に取得したんです。

黒柳 子どもの頃は勉強が嫌いでサボっていたと聞いていたから、大したものね。

田川 興味があることには集中できる(笑)、僕もトットちゃん的な子でしたから。そういえば、家に引きこもっていた女の子で、テレビで見た僕のビーズ刺繍教室に通うようになり、後に高校の認定試験を受けて大学に進学したという子がいたのですが、僕が子どもの頃に徹子さんを見て感じたのと同じことを、その子は僕に感じたのかなと思いました。

黒柳 たぶん人は、自分が素敵だと思うものを身に着けたり、手元に置いたりすると、心が満たされて元気になるんだと思うんです。それは豪華なドレスじゃなくても、ちっちゃなお花や手作りのぬいぐるみでもいい。世界中を見てきて、そう感じます。私もよく「これ可愛い!」と言うけれど、それは私の元気のもと。

田川 「可愛い」という気持ちで、自分も励まされるんですね。

黒柳 『徹子の部屋』の最初の頃は、べつに同じ衣装でいいと思っていたんです。始まってすぐのあるとき、親の介護をしてらっしゃる女性から「毎日の衣装が楽しみ」とお手紙をいただいて。

「ああ、そういうことでお役に立てることもあるのだな」と思った。衣装は全部自分で考えて着ています。増えていった洋服はもったいないので、だいぶバザーに出しました。

田川 そういった徹子さんが大切にしてきた衣装をはじめ、貴重なコレクションから社会貢献活動までを徹子さんのミュージアムで多角的に展示しています。

「いくつになっても、感動は人にとって本当に大事だと思うの」(黒柳さん)

戦争になると美は失われる

黒柳 最近、改めて感じるのは、美しいものを集めたり、愛でたりできるのは、平和だから。母は美しいものが好きだったけれど、戦争でいったんすべてを失いました。

戦争中、私たち子どもを連れて青森に疎開するとき、母は大事にしていたゴブラン織のソファの表地をハサミでジョキジョキ切って、それを風呂敷がわりにして荷物を入れて背負ったんです。それが唯一、家から持っていけたものでした。それが戦争というものです。

田川 あるとき徹子さんから、「戦争になったら、綺麗なものがすべてなくなるのよ。こういうものを見たり買ったりできるのは、平和だからよ」と言われて、ハッとさせられました。実際に戦争を経験なさっているからこその言葉だな、と――。

黒柳 美しいものは、まず破壊されますから。

田川 祖母は東京に嫁いだので空襲で着物が焼けてしまいましたが、大叔母の家はたまたま無事だった。田川啓二美術館には、僕が手がけたオートクチュールのビーズ刺繍のドレスのコレクション以外に、大叔母が持っていた昭和初期の着物なども展示しています。昭和初期の着物は、職人の技術が非常に高くて素晴らしいんです。

黒柳 戦争といえば、戦時中、空から銀色のくるくる巻いたものが落ちてきたことがあって。アメリカか日本のどちらが落としたのか知りませんけど、なんでも電波を妨害するものだとか。

キラキラ光るのが綺麗だと思って、拾って伸ばして本の間に挟んだり。ドロップ飴の綺麗な包み紙も大切にしてました。物がないならないなりに、可愛いと思うものを見つけるのは得意で。

田川 そう、黒柳さんはすべて「自分らしい」から素敵なんだと思います。普段の装いもすごく徹子さんらしくて。

黒柳 好きなものは、大人になっても変わらないわね。ファッションページを見て、いいなと思ったら、すぐお店に電話して「あれ、まだありますか?」と聞いて自分で買いに行く。変わったデザインの服も、着ちゃえばこっちのもの(笑)。「これが好き!」と思うことが大事だと思います。

あと、「わぁ~っ!」と感動すること。人は歳をとると、いろいろな経験をしてきたぶん、「これ、前に見た」とか「知ってる」とか思いがちで、心の動きが鈍る。でも、いくつになっても、感動は人にとって本当に大事だと思うの。

田川 まったく同感です。美術館に来館した皆さんは目を輝かせて「わぁ~っ!」と言ってくださいます。感動はそうやって人に伝わっていくものなんですね。これからも、そういう作品を作り続けたいと思います。

黒柳 感動がなくなると、私たちの仕事は成り立ちません。なぜなら私たちの仕事は喜びや驚き、悲しみのなかでできているから。

おかげさまで『徹子の部屋』は、今年2月で50周年を迎えましたが、ゲストのお話を聞いて「ここは泣いたほうがいいんだろうか」と考えてやるようになったら、もうやめどき。今はまだ、「わぁ~っ!」と感動できるので、もう少し続けるつもりです。

黒柳徹子ミュージアム

【黒柳徹子ミュージアム】

黒柳さんが大切にしてきた衣装や小物、ガラスのペーパーウェイトや犬筥のコレクション、世界各地で出合ったアートや工芸品などを展示。文化・芸術の魅力と社会貢献活動にも触れられる。

長野県北佐久郡軽井沢町長倉574

(田川啓二美術館)

【田川啓二美術館】

田川さんのオートクチュールビーズ刺繍のドレスを中心に、卓越した職人の手仕事が凝縮した作品を展示。アンティークの陶磁器、美術着物、蒔絵や象嵌、カシミール地方の手織りショールなども公開

栃木県那須郡那須町高久丙1790-20