さらばジャンボ尾崎さん…最期の言葉に込めた美学 「ゴルフ界に貢献したね」盟友の問いかけに「強くなりたかっただけだ」

2002年9月の「全日空オープン」で国内ツアー通算94勝目を挙げた尾崎さん。これが最後の優勝となった

男子ゴルフで国内歴代最多のツアー通算94勝(プロ通算113勝)の圧倒的な実力で一時代を築き、「ジャンボ」の愛称で絶大な人気を誇った尾崎将司(本名・正司)さんが23日午後3時21分、S状結腸がんのため死去した。78歳だった。故人の遺志で葬儀は近親者のみで営まれ、後日お別れの会が行われる予定。ツアー制度が始まった1973年からの26年間で賞金王に12度輝くなど、日本のゴルフ界を引っ張ってきた。

1995年11月の「ダンロップフェニックス」最終日。18番のイーグルで逆転優勝を飾った(左は佐野木キャディー)

その知らせは突然だった。ジャンボが、長く熱い78年の生涯を閉じた。

1年ほど前から闘病生活を続けてきた。関係者によると故人の強い意思もあり、入院することなく自宅で治療を続けてきたという。春先には病状が悪化し、「今年の桜を見られないのでは…」と周囲を心配させたが、奇跡的に回復した。

今月の10日、専属キャディーとして苦楽をともにしてきた佐野木計至さん(77)がジャンボに呼ばれ、千葉県内の自宅を訪れた。

「70キロぐらい(の体重)に見えたから、〝随分ダイエットしたね。向こうで練習しといてな〟と言ったら、笑って手を握り返してくれたよ」。さらに「ゴルフ界に貢献したね」との問いかけに、ジャンボはこう答えたという。

「貢献なんかしてない。俺は強くなりたかったからやっただけだ」

1947年に徳島県海部郡宍喰町(現海陽町)で生まれた尾崎さんは、徳島県立海南(現海部)高時代にエースとして64年春の選抜高校野球で優勝。65年にプロ野球の西鉄(現西武)ライオンズに入団した。3年間在籍後、67年に退団してゴルフの道に進み、70年にプロテストに合格した。

尾崎将司さん=2017年10月撮影

ここから前例のない〝二刀流〟がスタートする。当時、圧倒的な飛距離を軸にしたプレースタイルと大きな体格から、日本に導入されたジャンボジェット機(ボーイング747)にあやかって「ジャンボ」の異名を取った。

71年に5勝、72年には10勝を挙げた。80年代中盤、極度のスランプに陥った際には野球になぞらえて「尾崎、今季○号(のOB)」などと揶揄されたが、87年以降の第2期黄金時代直前のスパイスでしかなかった。73年のツアー制度施行以降、94年からの5年連続など98年までに賞金王に12度も君臨。しのぎを削った青木功、中嶋常幸との3人は「AON」と呼ばれ、男子ゴルフの新たな時代を築いた。

一方、トーナメントの数字以外でも日本のゴルフ業界をけん引。用具ではチタンやメタルヘッドのウッドをいち早くとり入れた。新たな番手のクラブ、ピッチングサンド(PS)を導入したのも尾崎さんが最初。ツーピースボール使用、ロングティー、マッスルバックのアイアン…もしかり。遠征先のベッド横にはいつも方眼紙のメモが置かれていた。夜中に気づいたらメモをとるためだ。闘う発明者でもあった。

現役最終盤はレギュラーツアーへの出場にこだわり、2002年「全日空オープン」(北海道)では55歳7カ月29日というツアー制度施行後の最年長優勝記録を樹立。10年には「世界ゴルフ殿堂」入りを果たした。

晩年は次世代の育成に尽力した。18年に自宅わきの練習施設でジュニア育成のための「ジャンボ尾崎アカデミー」を開校。西郷真央や原英莉花、佐久間朱莉らを輩出している。

徳島の故郷には、すでにお墓を建てているという。「ほんと、こんないい時代に生きられて幸せだったよ」。佐野木さんにこんな言葉を残して、『ジャンボ尾崎』が天国に旅立った。

★各界のレジェンドたちが…

2026年、スポーツ界では第一人者の訃報が相次いだ。プロ野球では「ミスター」としてファンに愛された巨人終身名誉監督の長嶋茂雄さんが6月3日、肺炎のため死去。89歳だった。尾崎さんは長嶋さんを敬愛し、ボールなどのナンバーに「3」にまつわる数字を使っていた。8月10日には、サッカー日本代表で歴代1位の国際Aマッチ通算75得点をマーク、銅メダルを獲得した1968年メキシコ五輪で得点王になった釜本邦茂さんが肺炎のため亡くなった。81歳だった。

■尾崎 将司(おざき・まさし) 1947(昭和22)年1月24日生まれ。徳島・海部郡宍喰町(現海陽町)出身。海南高(現海部高)のエースとして64年選抜高校野球で優勝。65年にプロ野球の西鉄(現西武)入り。70年にプロゴルファーに転向。71年「日本プロ」での初優勝から、ツアー史上最年長の55歳241日で制した2002年「全日空オープン」までプロ通算113勝、ツアー通算94勝。94年から5年連続など賞金王12度。10年に世界ゴルフ殿堂入り。日本ツアーの生涯獲得賞金は約26億8883万円で1位。弟の健夫(71)、直道(69)もプロ。現役時代は181センチ、90キロ。