金田久美子は「父のために現役続行」ベテラン女子プロゴルファーたちがゴルフを続けるそれぞれの事情

筋力が落ちた。環境が変わった。勝てなくなった。でも、やめない。喜びも苦悩も経験してきたベテランたちの、それぞれの現役続行の理由。

金田久美子「父のために現役続行」

女子プロゴルファーが来季の出場権をかけて争う最後の戦い「ファイナルQT」が、'25年12月、茨城・宍戸ヒルズカントリークラブで開かれた。若き才能が鎬を削るなか、ゴルフファンにとってはおなじみのレジェンドたちも必死のプレーを見せていた。

実績も知名度もあり、現役を退いても指導者やタレントとして十分活動していけるはず。それでも第一線で踏ん張り続けるのはなぜか——。ファイナルQTを5アンダーの26位で終え、何とか出場権をもぎとったキンクミこと金田久美子(36歳)に尋ねると、試合後、彼女はこう語った。

「お父さんのため、って言ったらそうです」

'25年10月7日、金田は父・弘吉さん(享年82)を亡くした。

派手なウェアにミニスカート、金髪にへそピアス……。ギャルとゴルファーを掛けた「ギャルファー」と呼ばれ、個性的なキャラが先行しがちな金田だが、もしかしたらそれは厳しすぎる父への反発だったのかもしれない。

父の手ほどきで3歳からゴルフをはじめ、タイガー・ウッズと並ぶ8歳で「世界ジュニア選手権」を制覇。「天才少女」と呼ばれ注目を集めてきた金田のキャリアは、常に父と共にあった。

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プロ入り後はさまざまなコーチに師事したが、オフの練習場には必ず弘吉さんが姿を見せた。父は技術面だけでなく、生活や精神面すべてに関わる存在だった。

口酸っぱくアドバイスを送る父と、天才肌の娘。期待される重圧が苛立ちになることもあり、愛情と反発が交錯する複雑な父娘関係だった。

だからこそ、父への思い入れも人一倍強い。3年目の'11年に「フジサンケイレディス」で初優勝すると、「励まし支えてくれた」と父への感謝を語り、'22年「樋口久子 三菱電機レディス」で11年ぶりの勝利を挙げたときも「父が元気なうちに優勝をみせることができて、ホッとしています」と涙を見せていた。

「何があっても試合に出てくれ」

近年は結果が出ないことも多かったが、父のこの言葉を金田は必死に守り続けてきたという。それだけに、'25年10月に父を亡くしたタイミングで「引退」という選択をしても不思議ではなかった。

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しかし彼女は、12月のファイナルQTに出場し、現役続行の道を選んだ。金田はその理由を、涙で言葉を詰まらせながらこう語った。

「『パパに何かあったらゴルフやめる』ってずっと言ってました。元気でいてくれないとゴルフができないって。お父さんが一番のファンだったので、その存在がいなくなってしまったときに、正直、何のためにゴルフを頑張ればいいんだろうってわからなくなりました。

でも、お父さんがいたからここまでやってこれた。今はもうそばにいないけれど、だからこそ、自分ひとりの力でどこまでやれるのかを、お父さんに見せたいという気持ちがあります」

金田にとってゴルフは結果を証明するためのものではなく、父と向き合い続ける唯一の場所なのかもしれない。

イップスを知られたらどうしよう

かつての賞金女王・森田理香子(36歳)もまた、現役にこだわり続ける一人だ。

'13年、森田は23歳で賞金女王に輝いた。年間4勝。横峯さくらとのデッドヒートを130万円差で制し、女子ゴルフ界の「顔」になった。抜群のショット力に可憐なルックスも相まって、毎試合、彼女のあとを大勢のファンがぞろぞろとついていくほどの人気ぶりだった。

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だが、一躍スターとなったことに、森田自身の心が追いついていたわけではない。当時の心境について、彼女はこう振り返っている。

「賞金女王になったのに、爆発しそうなくらいうれしい気持ちが湧いてこなかったんです。やっと解放されたという思いのほうが強かった」

そして翌年から、人が変わったかのように成績が低迷する。不調の大きな要因は、アプローチイップスだった。'13年12月に開かれた大会中、アプローチミスをした際に観客の笑い声が聞こえた。それがきっかけとなって芽生えた恐怖心は、日に日に大きくなっていった。

「目標がどんどん変わってきてしまって……。どうやったらフェースに当たるのか。どうやったらグリーンに乗せられるんやろうくらいまで悩みました。優勝するとか、そういうレベルの話じゃなかったんです」

打球があらぬ方向に飛んでいく、ゴルフ初心者のようなチョロをする……。「賞金女王」という肩書が重荷になり、悩みを吐露することもできなかった。

「賞金女王になった私がイップスになっていることが、もし世間に知れ渡ったらどうしようって、内心どこかで怖がっていました。そのことを考えると、すごくしんどかった」

取材・文/金明昱(スポーツライター) キム・ミョンウ/'77年、大阪府生まれ。朝鮮大学校外国語学部卒。朝鮮新報社記者、編集プロダクションなどを経てフリーに。日韓両国でゴルフ、サッカーを中心に週刊誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中

後編記事『横峯さくらは「結婚したら終わり」という風潮にも逆らって…女子プロゴルファーが闘い続ける理由』へ続く。

「週刊現代」2026年2月2日号より