パワーテープ100枚を貼って脚光 初マラソン吉田響の大失速を招いた給水テーブルの悲劇

大阪マラソンで34位でゴールする吉田響=22日、大阪市中央区(渡辺大樹撮影)
ひときわ異彩を放つランナーに大きな注目が集まった。2月22日に行われた大阪マラソンで初の42・195キロに挑んだ吉田響(サンべルクス)だ。顔を含めて全身に丸いテープを大量に貼ったスタイルで、8キロ手前からペースメーカーを置き去りにして独走。日本記録更新の期待も抱かせるペースだったが、ラスト5キロで大きく失速し、2時間9分35秒の34位に沈んだ。失速の大きな要因として考えられるのが、レース前半に続けざまに給水に失敗したことだった。

スタート前の平林清澄(左)と吉田響=22日、大阪市中央区(渡辺大樹撮影)
神経や筋肉に柔軟性

ゴール後、車いすで運ばれる吉田響=22日、大阪市中央区(渡辺大樹撮影)
吉田は創価大卒。大学4年生だった2025年正月の東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)ではエース区間の「花の2区」を走って従来の区間記録を更新する走りをみせた。卒業後はプロランナーとしてサンべルクスに所属。26年元日の全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)では2区で22人抜きの圧巻の走りで区間新記録をマーク。大阪マラソンは満を持して迎えるデビュー戦だった。
スタートラインに立った吉田はまず風貌で周囲を驚かせた。全身のいたるところに丸いテープを貼っていたからだ。ファイテン社製のパワーテープと呼ばれるもので、サンベルクス陸上部の田中正直総監督は「神経や筋肉に柔軟性を出すもの。(レース3時間以上前の)朝6時から100枚以上は貼っていた」と明かした。
もちろん、走りも非凡な才能を感じさせた。田中総監督は「30キロまではペースメーカーについて走る考えもあった」と振り返ったが、順調に練習を積めていたこともあって、8キロ手前で早くも先頭集団を飛び出して独走態勢に入った。最近の日本人選手のレース展開ではあまり見られない光景で、記録への意欲の高さをうかがわせた。
「低血糖と脱水に…」
ただ、吉田を苦しめることになったのが「給水」だった。5キロ過ぎの給水所ではまだ30人以上の大きな集団の中にいたためかスペシャルドリンクを取り損ねた。10キロ手前の給水所ではすでに独走態勢に入っていたが取れず、テーブルを過ぎた後に後ろを振り返るしぐさもみせた。15キロ付近の給水所の手前では、視界を良くするためか、サングラスを頭に上げたが、やはりドリンクは取れなかった。
30キロまでは大迫傑(リーニン)の日本記録(2時間4分55秒)更新も十分に狙えるペースだったが35キロ以降に失速し、最後はふらふらになりながらゴール。車いすで救護室に運ばれた。レース後に自身のX(旧ツイッター)を更新し、「32キロ過ぎに低血糖と脱水になってしまい、なんとかゴールはできましたが、その後1時間ほど救護室でお世話になりました」と振り返った。レース前半にスペシャルドリンクを取れていれば、少し結果は違っていたかもしれない。
ゼッケン「339」の壁
なぜ給水に失敗したのか。理由として浮かび上がるのが、今回の吉田は「招待選手」ではなかったことだ。
近年のマラソンでは、給水所での接触のアクシデントを避けるため、ゼッケンの下1桁の数字ごとに「0」から「9」までのテーブルに分けてドリンクが置かれていることが多い。大阪マラソンの吉田のゼッケンは「339」。「9」のテーブルを目指したが、テーブルにはまず招待選手のドリンクが目立つように並べられている。ゼッケン「339」ながら先頭を走った吉田は、給水所でのしぐさを見ても、自分のドリンクを見つけにくかったことが考えられる。
レース後、田中総監督も「うまく給水を取れなかったことは反省点」と口にした。収穫と課題の多い初マラソンになったが、吉田は自身のXでレース終盤に自分を追い抜いていく選手からも「ひびき、がんばれ」と激励の声をかけてもらったことを明かしながら、このように続けた。
「たくさんの人の優しさに触れながら走ることができたからこそ、タイムは悔しい結果でも、最後まで走りきることができました。今日という日のおかげで、陸上のことが、マラソンのことが、もっともっと好きになりました」。2回目のマラソンではどんなレースを見せてくれるか、今から楽しみだ。(丸山和郎)