阪神・村上頌樹、大助・花子に誓う連覇! 2年連続開幕投手…G斬り病床へ届ける

練習の合間に笑顔を見せる村上。その姿が大きな力を与えている(撮影・甘利慈)

阪神・村上頌樹投手(27)が23日、血液のがんの一種である多発性骨髄腫で闘病中の夫婦漫才コンビ、宮川大助・花子の宮川花子(71)にエールを送った。背番号41のグッズに囲まれた自宅のベッドからテレビ越しの応援を受け止め、2年連続で開幕投手を務める27日の巨人戦(東京ドーム)での白星と球団史上初のセ・リーグ連覇を誓った。

雄たけびを上げた一球も、膝に手をついた一球も、自分の一生懸命がまだ会ったことのない人の生きる力となっていた。「余命半年」を宣告されてから8年-。病魔と闘い続ける花子に、村上が笑顔を届ける。

「勇気を与えられているなら光栄なことですし、逆にやりがいを与えてくれます。もっと応援されるように頑張りたいです」

花子が背番号41に心をくすぐられたのは、2023年4月12日の巨人戦(東京ドーム)。プロ3年目で未勝利だった村上は1―0の七回まで完全投球ながら降板を告げられ、代わった石井が同点被弾。完全試合だけでなく、勝ち投手の権利も飛んだが、試合後は「次、どうせ自分が迷惑をかけると思うので」と振り返った。花子は「普通怒るやん。でも笑顔で言っていたのを見て、いい子やなと」と力強い声で懐古した。

村上の応援グッズを身につけてエールを送った宮川花子と宮川大助(奥)

18年に血液のがんといわれる「多発性骨髄腫」を患い、「余命半年」と宣告された。車いすとベッドを往復する生活が続き、抗がん剤治療、リハビリ、体に訪れる異変…。数えられないほどのつらい思いを我慢してきた。あしたが怖い日もあった。そんな日々で、シーズン中は週1回の村上の登板が楽しみだった。

「めっちゃ元気もらっているよ。打たれたら落ち込むけど、ベンチでニコニコ笑っているやん。それがうれしくてね。今の自分も一緒。落ち込むことがあっても笑っておかなアカン」

検診の数値が悪かったら、どうしても落ち込んでしまう。そんな時に村上の笑顔が励みになった。

右腕は「嫌な顔をするよりは次に向かって切り替えていくのが一番いいと思う。ポジティブに捉えるようにはしています」と意図を明かした。

昨オフに結婚を発表し、新婚ホヤホヤの村上に4月で結婚50年を迎える大助・花子から、金言もある。『不満手帳』のススメだ。「夫婦で嫌なことがあったときに直接言ってしまうとケンカになるから、不満手帳をつけておくと、後になって読み返したら笑える。最初は不満手帳言うてるけど、いつの間にか愛情手帳に変わって、いたわり手帳に変わっていく」。大助と夫婦としてだけでなく、仕事中も一緒に過ごして50年。漫才で天下を取ろうとぶつかり合った相方は、今は命を支える相棒だ。

宮川大助花子・村上頌樹イラスト

大の虎党の花子。今季の虎に期待するのはリーグ連覇、そして日本一しかない。虎のエースは静かに誓った。

「そこに向けて頑張りたい」

村上は腕を振る。誰かの心に、生きる希望をともせるのなら。(渡辺洋次)

★甲子園室内で投手指名練習

村上は甲子園の室内練習場で行われた投手指名練習に参加。キャッチボールや長めのランニング後、マシンを相手にバットを振った。犠打も入念に繰り返し「打つというよりはしっかりバントをできるようにしたい」と9番目の打者として自覚を示した。開幕戦まであと3日。「まだ高ぶってはないですけど、しっかりいい調整をして臨みたい」と意気込んだ。

■宮川 花子(みやがわ はなこ) 本名・松下美智代。1954(昭和29)年8月28日生まれ、71歳。大阪市出身。高校卒業後、大阪府警を経て、74年にチャンバラトリオに入門。76年に宮川大助と結婚し、79年に「宮川大助・花子」を結成した。88年に胃がんを患って一時休養。夫婦漫才の第一人者として、90年の「上方お笑い大賞」の大賞を受賞。17年には紫綬褒章を受章。19年12月に多発性骨髄腫を公表した。趣味はマラソン。