惜しくも2着!日本発の世界最強馬フォーエバーヤングを飲み込んだ「ドバイの砂」と「直線の罠」
空襲警報が鳴り響く緊張感の中で
3月28日、ドバイワールドカップのゴール直後。逃げ切ったアメリカのマグニチュードに騎乗するジョッキーが鞭を振り上げてガッツポーズを決める傍(かたわ)らで、フォーエバーヤング(牡5歳)の背に跨る坂井瑠星騎手(28)は、うなだれたままドバイの砂に目を落としていたーー。

ダート界では “世界一”のフォーエバーヤングと坂井騎手。ダントツの一番人気だったが……
イランとの武力衝突により、夜には空襲警報が鳴り響き、ドローンの飛来も確認されるなど、現地には緊張感が漂っていた。レース当日のスタンドもガラガラの状態で、まさに「有事のドバイ」を象徴するような光景が広がっていたが、そんな中でも日本のファンは一頭の絶対王者に希望を託していた。
昨秋の米・ブリーダーズカップクラシックを日本馬として初めて制し、名実ともに「ダート世界最強馬」に君臨したフォーエバーヤングである。絶対王者として臨む以上、昨年3着に敗れたこのレースも“今年こそは勝てる”と誰もが思っていた。
ゲートが開くと、フォーエバーヤングは好位2番手につける絶好の形でレースを進めた。道中も逃げるマグニチュードを射程圏に入れながら進み、直線に向いて坂井騎手の激しい追い出しに応えて脚を伸ばしたが、前を行く勝ち馬を最後まで捕まえることはできなかった。結果は2着。またしてもドバイの頂点には届かなかった。

最後の直線で怒涛の追い込みをみせたが、惜しくも届かず、2着惜敗
万全のローテーションで臨んだはずだった。前走のサウジカップで史上初の連覇を達成したが、陣営はけっして無理をしていなかった。
「状態としてはけっして100%ではありません」
サウジカップのレース前後、矢作芳人調教師(65)はそう語っていた。すべては、昨年3着と苦杯を嘗めたこのドバイワールドカップを制するため。ドバイで目一杯の仕上げに持っていくために、サウジの段階ではあえて「余裕残しの仕上げ」で臨んでいたのだ。
迎えたドバイワールドカップ。JRAによる馬券発売は見送られたが、欧州ブックメーカー各社の単勝オッズは1.6倍前後。断トツの支持を集めていた。「勝って当然」という空気が漂うなかで、なぜ絶対王者は足をすくわれたのだろうか?
レース後、報道陣の前に姿を現した矢作調教師は、悔しさをにじませながらも淡々とこう語った。
「調教師の力不足。言い訳はないです。本当にノーエクスキューズだと思います」
状態から展開まで、言い訳する要素は一つもないと前置きしつつ、指揮官が唯一、推測として挙げた敗因がある。それが「馬場」だった。
「3~4コーナーの手応えがね、サウジCとは全然違ったよね。(敗因は)馬場なのかな、というのが今のところの推測。ドバイに来るとちょっとパフォーマンスが落ちるので、あんまり向いていないのかなと」
実は、サウジアラビアのキングアブドゥルアジーズ競馬場と、ドバイのメイダン競馬場では、同じ「ダート」でも砂の質がまるで異なるという。
「サウジのダートはウッドチップや人工素材が混ざっており、芝で走るような馬が好走しやすい特殊な馬場です。一方、ドバイのダートはアメリカ寄りの本格的な砂。適性が明確に分かれるのです」
こう語るのは、海外競馬の内情を熟知する競馬ジャーナリストの平松さとし氏だ。矢作調教師が「馬場なのかな」と語った背景には、このサウジとドバイの決定的な砂質の違いがある。しかし、平松氏は「馬場適性」だけが敗因ではないとみている。
「もちろん、ダートの質がまったく関係ないとは言いきれません。ただ、フォーエバーヤングほどの高い能力があれば、本来はどの国の馬場でも走ってしまうものです。適性以前に、最大の敗因はこのレース特有の『直線の罠』にハマってしまったことだと、私は思います。
ドバイワールドカップでは、なぜか前に行った馬がそのまま後続との差をどんどん広げてゴールしてしまう展開が非常によくあるんです。追い込み馬が迫るのをギリギリで凌ぐのではなく、直線に入ると逆に逃げ馬が後ろを引き離していく。今回もまさにその『ドバイあるある』のレースぶりでした」
ドバイワールドカップでは、なぜこんな「直線の罠」が起きるのか?
「武豊騎手(57)はドバイのダートはキックバック(前を走る馬が跳ね上げる砂)が非常に痛いと言っていました。その痛みのせいで、砂を浴びた馬が走る気をなくしてしまうケースがあるのではないでしょうか。
とはいえ、今回のフォーエバーヤングは道中は好位2番手で勝ち馬の外目をスムーズに追走しており、致命的な砂を浴びて嫌気が差すような位置取りではありませんでした」(同前)
では、勝ち馬が「世界最強」をねじ伏せるほどの怪物だったのかといえば、平松氏はそれにも疑問を呈す。
「このレースは例年アメリカ勢が強く、勝ったマグニチュードもアメリカの馬ではあります。しかし、この馬は米国内のトップホースであるソブリンティ(BCクラシックは回避)に10馬身以上突き放されたこともある馬です。本来の力関係を考えれば、フォーエバーヤングが負ける相手ではなかったはずなんですが」
砂を被る不利があったわけでもなく、相手がトップホースだったわけでもない。万全の仕上げで臨み、完璧な立ち回りを見せながら、なぜか絶対王者は敗れてしまった。競馬において、絶対的な強者が不覚を取ることはけっして珍しいことではない。敗因は一つではなく、負の要因がいくつか重なって表れるのが常だ。
しかし、今回の敗戦に関しては、当の矢作調教師が「なぜだろうな」と思わず首をかしげるほど、敗因はいまだはっきりとしていない。理屈を超えた結末をもたらしてしまうメイダンの「魔力」こそが、最強馬の足をすくった最大の要因だったのかもしれない。
当たり前になった「世界での勝利」
日本馬は2000年代半ばから芝の中距離路線において世界トップレベルにあると評価されてきたが、一方でダート馬は世界で通用しない時代が長く続いていた。
しかし、ここ5年ほどで状況は一変。今では日本のダート馬が海外のGⅠで当然のように活躍している。かつての状況を考えれば、これは驚くべき変化といえる。平松氏は、現在の状況について次のように述べる。
「数年前まで、日本馬がドバイワールドカップで敗れて落胆する──そんな光景自体が考えられないものでした。当時は世界の壁が厚く、挑戦しても歯が立たないのが当たり前だったからです。
しかし、今はダートに適した種牡馬の導入が進み、デビュー前からダート一本に絞って育成するケースも当たり前になってきています。最初から砂の舞台で頂点を目指す『ダート専業』の馬作りが浸透したことで、日本馬がもともと持っていた中距離への高い適性がダートでも発揮されるようになったのです」
フォーエバーヤングは残念な結果に終わったが、育成環境の変化を背景に今後も有力なダート馬が次々と現れるだろう。第2、第3のフォーエバーヤングが「ドバイの砂」に適応し、雪辱を果たす日はそう遠くないはずだ。

クリーンできれいなスタンド。日本のGⅠレース当日のような混雑ぶりはなかった
取材・文:酒井晋介