メーカーが顧客を選ぶ富裕層ビジネスの頂点「ロールス・ロイス」が100台だけの超特別なモデルを発表

2人乗りなのに、全長5.76mという堂々たるサイズのボディ。私が英国で見た、コートダジュールブルーなるフレークでキラキラと輝く塗色をもった実車は、圧倒的な雰囲気だった。

【写真】たった100人だけが手にできる究極の高級車ロールス・ロイス「プロジェクト・ナイチンゲール」

「プロジェクト」と呼ばれている意味

車名に「プロジェクト」と入っているのが、今回のニュースの核心。

プロジェクト・ナイチンゲールは、ロールス・ロイスがこれから展開する「コーチビルド・コレクション」の第1号とされる(車名は変わるかもしれない)。

「コーチビルド・コレクションは、ロールス・ロイスが構想し、手がける限定生産モデルであり、二度と再現されることのない唯一無二の存在」

26年3月にロールス・ロイスでは「スーパーラグジュアリーの新たな提案」として、コーチビルド・コレクションを展開することを発表している。

「プロジェクト」と呼ばれている意味, 現代に生きる「コーチビルド」の世界, 1920年代からのインスピレーション, 顧客が求めるのは「自分にしか得られない経験」

オープンカーでは外装の一部とも言えるインテリアもボディ色に合わせた色味を採用(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

プロジェクトというのは、「デザインの細部には現在、開発中の新しい製造技術の導入が見込まれています」とされるように、26年後半の実車の発表に向けて、まだ開発中だから。

中身は、アルミニウムのスペースフレームシャシーを使い、パワートレインはロールス・ロイスのバッテリーEV「スペクター」と共用という。

「創業以来、コーチビルドをブランドの中心にすえてきました」とするロールス・ロイス。

第2次大戦前、多くのクルマのボディは、お仕着せでなく、ユーザーはエンジンが載ったシャシーをメーカー(たとえばロールス・ロイス)から購入し、それに自分好みのボディを被せていた。

馬車のやりかたと同じで、実際にボディ製作者は「コーチビルダー」と呼ばれた(イタリアではカロッツェリア)。

私が個人的に好きなロールス・ロイス車は、1933年代のパークウォード製「ファントムⅡ」セダン・デビルや、同年に同じシャシーを使ったフリーストン&ウェブ製の「ファントムⅡ」クーペ。

「プロジェクト」と呼ばれている意味, 現代に生きる「コーチビルド」の世界, 1920年代からのインスピレーション, 顧客が求めるのは「自分にしか得られない経験」

1926年「40/50HP ファントムⅡ セダン・デビル」(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

ちょっと独特なデザインでは、51年にフーパーが手がけ、半透明のルーフを4ドアボディの「レイス」に被せたモデルも捨てがたい。

目的に応じて、ロングホイールベースのリムジン、後席だけソフトトップのランドー、自分でドライブする人のためのセダン、リムジンとセダンの中間的なショファードライブ用のセダン、スポーティなクーペ、フルオープンのドロップヘッドと、オーナーのライフスタイルに合わせてボディ形式も多様だった。

「プロジェクト」と呼ばれている意味, 現代に生きる「コーチビルド」の世界, 1920年代からのインスピレーション, 顧客が求めるのは「自分にしか得られない経験」

先の「40/50HP ファントムⅡ セダン・デビル」のインテリア(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

「サヴィルロウでスーツを仕立てることや、パリのオートクチュールのドレスと同じく、個性の表現そのものです」

ロールス・ロイスでは、コーチビルドの意義をそう説明する。コーチビルドに関して、RRを神話的存在に押し上げているのは、同社の哲学だ。

「(創業者の)チャールズ・ロールズとヘンリー・ロイスが定めた唯一の制約は、ラジエーター周りの比率を固定し、すべてのクルマが紛れもなくロールス・ロイスであることを明確に保つことでした」

ロールス・ロイスが当時、コーチビルドするにあたってオーナーに伝えていたのが、上記のことだとプレスリリースで紹介されている。

現代に生きる「コーチビルド」の世界

実際、いまも特別なクルマという“伝統”は守られている。2台として同じクルマはない、と言うぐらい特別注文で仕立てられるロールス・ロイスのプロダクト。

車体色や内装の仕上げにはじまり、トップはシャシーから設計される「コーチビルド」の車両。

「プロジェクト」と呼ばれている意味, 現代に生きる「コーチビルド」の世界, 1920年代からのインスピレーション, 顧客が求めるのは「自分にしか得られない経験」

2021年の「ボートテール」はリアコンパートメントにピクニックアイテムを収容(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

最近でも、2017年の「スウェプトテール」、21年の「ボートテール」、23年の「ドロップテール」といったモデルが送り出されてきた。ボートテールはオーク材をボディに使い、高級ヨットの雰囲気だ。

コーチビルド・コレクションは、コーチビルド・サービスの下に位置づけられる。デザインはロールス・ロイス社内で手がけられ、生産台数も1台でなく、たとえばプロジェクト・ナイチンゲールは「100台」とされている。

100台が多いのか少ないのか。その判断はむずかしいが、英グッドウッドの本社工場で、熟練職人の手によって仕上げられる計画だ。

1920年代からのインスピレーション

電動ソフトトップをそなえた2人乗りという車体のデザインは「アールデコ後期のストリームライン・モダンの原則に着想を得て」いるとされる。

もう少しロールス・ロイスの言葉を引用して説明すると「装飾よりも正確なラインと途切れのないフォルムが力強く表現され」たところに特徴をもつ。

ロールス・ロイスでは、1928年のプロトタイプ「16EX」と「17EX」(ともにEXとはエクスペリメンタルの意)の、速度の表現技法”トーピドー(魚雷)シェイプ”からインスピレーションを受けたとする。

「プロジェクト」と呼ばれている意味, 現代に生きる「コーチビルド」の世界, 1920年代からのインスピレーション, 顧客が求めるのは「自分にしか得られない経験」

1928年「17EX」(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

プロジェクト・ナイチンゲールのボディの見どころは、ヘッドランプを組み込み存在感を際立たせたフロントフェンダーなど多数ある。

中でも、リアの造型の凝り方をロールス・ロイスではうたう。「存在感あふれるテール・デザイン」としている。

ひとつは「フライングウイングス」といって、躍動感をもたせたリアフェンダー(イギリス英語でフェンダー=ウイング)。キャビン後方の“デッキ”は水平を強調する。

「プロジェクト」と呼ばれている意味, 現代に生きる「コーチビルド」の世界, 1920年代からのインスピレーション, 顧客が求めるのは「自分にしか得られない経験」

ランプから伸びるシルバーのラインもユニークな「フライングウイングス」(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

リアコンビネーションランプは、ボディ側面からリアに向かって走るキャラクターラインと一体化するように、細めのラインとしてデザインされている。

トランクリッドは、戦前のクルマのボンネットのように横方向から開くデザイン。ロールス・ロイスではグランドピアノのリッドのイメージで「ピアノ・ブート」(ブート=トランク)と名づけている。

優雅さに加え、ある種の驚きも用意されている。車内には「スターライト・ブリーズ・スイート」を採用。

スターライトは、読者のかたもご存知と思うが、光ファイバーを使って作られる星空のこと。ルーフライニングに、1万500個の“星”がちりばめられるそうだ。

ブリーズは(明言されていないけれど)オープン走行中に、キャビンに適度に導かれる風のことだろう。

「プロジェクト」と呼ばれている意味, 現代に生きる「コーチビルド」の世界, 1920年代からのインスピレーション, 顧客が求めるのは「自分にしか得られない経験」

インテリアは100%、オーナーの好みで仕立てられる(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

ウインドシールドは長めで、乗員の頭部の上にまで達するため、走行中の風の巻き込みは抑えられるはず。

私が気に入っているのは、「ソフトトップにあたる雨粒の音も楽しんでほしい」という技術者の表現だ。走行中はそれが聞こえるほど、ほかの騒音が抑えられているという意味でもある。

顧客が求めるのは「自分にしか得られない経験」

「いまは、顧客の注文にあわせてビスポーク(特注)的なクルマを手がけるメーカーが出てきていて、顧客もそれを望んでいますが、私たちと同じレベルまでやれるかどうかはわかりません」

発表の場で私にそう語ったのは、ロールス・ロイス・モーター・カーズのクリス・ブラウンリッジ最高経営責任者だ。

「プロジェクト」と呼ばれている意味, 現代に生きる「コーチビルド」の世界, 1920年代からのインスピレーション, 顧客が求めるのは「自分にしか得られない経験」

100人の選ばれたオーナーのうち日本人が含まれているかは不明(写真:Rolls-Royce Motor Cars)

「クルマに乗ることを“経験”と呼ぶならば、私たちの顧客は、自分にしか得られない経験をつねに求めています。一時期、私たちは(コーチビルド・サービスを)中止していましたが、顧客はずっと、それを待っていてくれたのです」

そこには昔からのロールス・ロイスを知る層もいるし、初めてロールス・ロイスを買う層もいるそうだ。

私なりに解釈すると、超富裕層マーケットで重視すべきは、ブラウンリッジ最高経営責任者の言葉にあるように「クルマ」でなく、比類なき「体験価値」だと教えてくれていることだ。

注文を受けてから4年かけて製作するというプロジェクト・ナイチンゲール。28年から納車予定で、買えるのは「ロールス・ロイスのデザイン哲学に深い共感を持つお客様」としており、招待制で提供するそうだ。

つまり、顧客はメーカーが選択する。これが富裕層ビジネスのキモである。