「EV時代」はなぜ止まったのか? 6.8万口でも埋まらない、“充電できない社会”の正体
巨額予算を阻む執行率の壁
バイデン政権(2021年1月~2025年1月)が充電インフラ整備に向けて50億ドル(約7944億円)という巨額予算を投じた国家電気自動車インフラ(NEVI)プログラム。しかし、2024年末時点での実支出は約3000万ドル(約47億6670万円)という極めて低い水準に留まった。手続き上の障壁や送電網の制約、さらに政権交代といった要素が重なり、政策と現場がどれほど切り離されているかという、米国が抱える構造的な課題が浮き彫りになった。
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2021年にインフラ投資雇用法に基づいて始まったこの計画は、高速道路沿いのネットワーク構築を目的とした5年間の連邦資金だ。だが、国際エネルギー機関(IEA)の報告書「Global EV Outlook 2025」をひもとくと、実際に稼働した設備に使われた額は、予算全体の0.6%にも満たない。この数字の重みは、未執行の予算があるという事実を超えて、産業全体に深刻な影を落としている。
期待された予算が動かないことで、政府の公示を信じて生産体制を広げ、部材を揃えてきた周辺企業は、キャッシュフローの凍結や回収不能な投資に直面することになった。民間資本を呼び込むはずの計画で資金の流れが止まれば、当然ながら融資の条件も厳しくなる。
結果として、勢いがあったはずの新興企業が市場から退場させられるといった事態まで招いている。資金を投じれば物事が動くという理屈は、行政の透明性や政治の継続性といった複数の壁を前に、いま、その機能不全を隠しきれなくなっている。
現場実務と採算性が生む足踏み

米国(画像:Pexels)
物事の行き詰まりは技術力の乏しさからくるものではなく、むしろ制度と現場が噛み合っていない点にこそある。充電器をひとつ置くにも、環境審査から入札、許可の申請、さらには送電網へのつなぎ込みといった幾多の壁を乗り越えなければならない。
なかでも電力会社が進める変電設備の増強審査は、許可が下りるまでに1年から2年もの歳月を費やすケースがもはや珍しくなくなっている。お金を出す主体が州や民間へと散らばっていることも災いし、手続きが重なれば重なるほど、予算は現場に届かず滞留してしまう。
そこへ、採算をいかに守るかという難題が重くのしかかる。民間企業は投資を回収するために、どうしても利用者が多い都市部や幹線道路沿いを選びがちだ。そのしわ寄せとして地方や所得の低い地域の整備は後回しにされ、いつまでも空白地帯が埋まらない。IEAの報告を読んでも、米国や英国では充電拠点ひとつあたりのEV台数が増え続けており、世のなかの求めに供給がまるで追いついていない実態が浮かび上がる。
こうしたインフラの不足は、巡り巡って車両の価格にも跳ね返ってくるはずだ。変圧器の更新といった多額の費用をいったい誰が持つのか。そのあたりがうやむやなままでは、企業側も将来を見通せず投資に踏み切れない。役所の進める工程と民間のそろばん勘定が一致しない限り、整備が速まることはないだろう。
インフラの足踏みは、送電網の容量や煩雑な手続きといった目に見える、あるいは見えない制約が、車両の広がりを直接押しとどめている現実そのものだといえる。
政治の変節が招く投資判断の硬直

ドナルド・トランプ米大統領(画像:EPA=時事)
2025年1月20日、トランプ政権の発足とともに、大統領令(EO 14154)による予算執行の見直しや停止措置が矢継ぎ早に打ち出された。これによって各地で進んでいた計画の足踏みや遅れが相次ぎ、充電インフラを担う事業者は軒並み動きを止めている。当然ながら、自動車メーカー各社も北米市場での戦い方を改めざるを得ない状況に追い込まれた。
IEAの「Global Energy Review 2026」に目を向けると、米国のEV販売台数は2025年に前年比2%減という数字を記録している。市場の関心は目に見えてハイブリッド車(HV)へと移っており、政権交代という政治の動きが、企業の投資判断を厳しく縛り付けた格好だ。先行きの見えなさは消費者が買い控える理由となり、メーカー側も売れ残りの恐れを避けるため、エンジン車やHVへと再びかじを切っている。
なかでも部材の国産化を厳格に求める動きは、これまで築き上げてきたサプライチェーンを断ち切り、設置コストを跳ね上げる要因にしかならない。企業にとって、こうした不透明な状況はそのまま経営上の危うさにつながる。メーカーが手堅く既存の資産から利益を得ようとするのは、いわば自分たちの身を守るための振る舞いだろう。
この計画の停滞は、政治の移ろいやすさが産業の根幹を揺さぶり、企業の意欲を削ぎ落としていく現実を如実に物語っている。
法制度と権利関係が阻む普及

米国(画像:Pexels)
米国が予算執行の仕組みに手こずる傍らで、日本もまた別の根深い問題を抱えている。日本の充電インフラは、2011(平成23)年3月時点の623基から、2025年3月には6.8万口規模へと数字の上では大きく膨らんだ。しかしその実態を覗けば、使いたい場所に設備がないという、需要と供給のちぐはぐな偏りに突き当たっているのが現状だ。
とりわけ分譲マンションなどの集合住宅では、区分所有法に基づく総会決議が厚い壁となって立ちはだかる。住人の間での話し合いがまとまらず、設置を諦めてしまう物件も珍しくない。
その一方で地方に目を向ければ、採算が取れないことを理由に空白地帯がそのまま放置されている。米国のように大型スポーツタイプ多目的車(SUV)が主流で送電網への負荷が問題になる国とは事情が異なり、日本は特有の住まい方や権利関係が、普及の足を引っ張っている。
こうした状況を眺めていると、土地や建物の権利といった古い仕組みが、移動手段の移り変わりに追いついていないことがよくわかる。都市部に住みながらEVを選びたくても選べない人々を置き去りにしたままでは、市場が広がるはずもない。いくら優れた車を世に送り出したところで、場所や権利のしがらみを解きほぐせなければ、足踏みは続くだろう。
日米の事例が物語るのは、車の性能といった話の前に、社会の土台である法制度や権利のあり方が今の時代に合っていないことこそが、普及を妨げる最大の壁だという事実だ。
政策信頼の失墜と市場停滞の連鎖

ドナルド・トランプ米大統領(画像:AFP=時事)
NEVIの執行が厳しく制限されたことで、いま産業界全体に強い警戒が広がっている。政府の方針が揺れれば、民間の投資判断は自ずと後ろ向きになるものだ。事業者が赤字を恐れて資金投入を渋り、それを見た消費者が使い勝手の良いHVへと流れる。こうなるとインフラを整える優先順位はさらに下がり、販売がさらに冷え込むといった、出口の見えない悪循環に陥ってしまう。
ここで見誤ってはならないのは、インフラの不足が「普及が進んでいないから起きた結果」ではなく、むしろ
「市場を停滞させている直接の原因」
だという点だ。米国のいまを眺めていると、一度損なわれた政策への信頼を立て直すことがどれほど難しいかを痛感させられる。事実、民間の動きを追うと、かつてのような全方位への網羅的な展開は影を潜めた。代わって、物流拠点など確実に稼働が見込める特定の場所に狙いを定めて投資を絞る、といった戦略の切り替えを余儀なくされている。
いくら巨額の予算を積んでも、それだけで世のなかの仕組みが変わるわけではない。送電網の容量をどう守り、役所の手続きをどこまで省けるか。そして政治がどこまで一貫性を保てるか。こうした土台が盤石でない限り、産業の歩みはどこかで止まってしまう。現場に横たわる構造的な壁を取り除く道筋がはっきりしないうちは、インフラ整備を前に進めることは、不可能に近いといわざるを得ない。