“脱中国”は本当に可能なのか? レアアース9割依存の現実、「ハイブリッド車」を直撃するサプライチェーンの死角とは
ホルムズ海峡封鎖と供給リスク
イラン情勢の緊迫化にともなうホルムズ海峡の封鎖リスクが現実味を帯びるなか、ナフサをはじめとする石油化学製品の供給不安が広がっている。インクや樹脂など、製造業の根幹を支える素材が滞れば、その影響は産業全体に波及する。
【画像】「えぇぇぇ!」 これが「ナフサショック」の調査結果です!(計12枚)
本件が改めて浮き彫りにしたのは、日本の経済安全保障環境の脆弱性だ。これはイラン危機によって顕在化したにすぎず、資源小国・日本が長年抱えてきた構造的な問題である。石油化学製品はあらゆる工業製品に使用され、軍事・防衛分野においても不可欠であることを考えると、その根深さは一層際立つ。
地政学リスクや経済安全保障の観点からは、こうした国際情勢の急変を常に織り込んで行動することが求められる。
とりわけモビリティ産業は、部品から原料まで世界中の調達網に依存して成り立っている。日本メーカーは資源小国という制約のもと、サプライチェーンが複雑に絡み合っており、地政学・経済安全保障リスクへの感度を高く保つことが不可欠だ。サプライチェーンの多様化とリスク分散は、企業にとって避けられない経営課題となっている。
しかし実態は厳しい。現状で企業が実質的にとれる手段は「在庫の積み増し」にとどまり、調達先の多様化はほとんど進んでいない。
さらに、サプライチェーン問題を論じる際には、原材料の精錬・商品化プロセスにも目を向ける必要がある。日本は原油をガソリンや軽油に精錬する技術を国内に持つが、ナフサについては国内精錬だけでなく、ナフサそのものを輸入に頼っている。プラスチックなど石油化学製品は理論上、非石油由来でも製造可能だが、日本では実用コストに達していないのが現状だ。今回のイラン情勢で、原油問題より先にナフサ不足が表面化したのはそのためである。
レアアース国産化の厳しい現実

南鳥島の位置(画像:(C)Google)
2026年2月、南鳥島沖の水深5600mの深海底からレアアースを含む泥の採取に成功したと発表された。高市早苗首相は街頭演説で
「日本はこれから今の世代も次の世代もレアアースには困らない」
と訴え、国内外の注目を集めた。だが、その楽観論には慎重な検討が必要だ。「レアアース」という名称から希少資源と誤解されがちだが、鉱物資源としての埋蔵量自体はそれほど珍しくない。問題は採掘・精錬コストを含めた工業的な実用性にある。南鳥島産レアアースの製品化には長期にわたる技術開発が必要であり、実用コストでの生産が可能かどうかはまったく未知数だ。加えて、採掘鉱物から実際に使えるのは約1割にすぎず、残る9割は不純物として環境負荷となって跳ね返ってくる。
こうした課題を克服している点で、中国は他を圧倒する。優良な鉱山を擁し、精錬コストも極めて低い中国は、世界のレアアース精錬量の約9割を握る。環境負荷低減技術においても中国の優位は揺るぎない。
自動車メーカーが推進する「電動化」も、この現実と無縁ではない。電動化の流れは環境対応から始まったものだが、その背景に天然資源をめぐる複雑な思惑が絡んでいることは、前回の拙稿「なぜ世界はEVに熱狂し、失望したのか?――「補助金疲れ」でも止まらない、国家とメーカーの消耗戦」(2026年2月16日配信)で論じた通りだ。
いずれにせよ、電動化は世界の潮流であり、日本メーカーが強みを持つハイブリッド車においても、中国産レアアースの安定調達なくして安定生産は成り立たないのが現状である。他の天然資源もBRICS諸国に偏在しており、仮に電動化を放棄してガソリン車に回帰したとしても事態は大きく変わらない。AIや半導体など高度化したモビリティを支える素材・部品もまた、中国依存の構造から抜け出せていない。中国は今やモビリティ産業にとって不可欠なプレーヤーである。
脱中国依存が孕む現実的課題

小林鷹之自由民主党政務調査会長(画像:首相官邸)
経済安全保障をめぐる議論では
「脱中国依存」
が自明の前提として語られがちだ。しかし、それは本当に現実的な選択肢なのか。
経済安全保障政策に精通することで知られる小林鷹之政調会長は、2026年2月に自身のX(旧ツイッター用)で次のように述べた。
「レアアースの輸出規制が始まっています。経済的威圧。一連の過程のうち、とりわけ「精錬」については中国が9割のシェアを握っています。精錬は、大量の水と電力を必要とする上に、環境コストが大きいとされるため、日本では難しいとされてきました。しかし、私は、わが国の経済活動の自律性向上を考えれば、その壁を越えて日本国内でも実施を政治決断する時期に来ている」
その気概は評価できる。だが現実には、国内でレアアースを精錬するには莫大な電力が必要だ。石油・石炭・原子力を問わず、発電に使う資源もまた輸入に依存する日本にとって、精錬の国産化がどれほど経済的自立をもたらすかは不透明といわざるを得ない。
中国サプライチェーンからの離脱が製造品質や開発スピードの低下、ひいては企業収益の悪化につながるリスクも無視できない。地政学リスクへの対応だけを理由に調達先を組み替えることには、相応の困難がともなうのが実情だ。
調達多様化を阻む実務の壁

総理官邸(画像:写真AC)
調達の多様化は経済安全保障の要諦として繰り返し強調される。複数国から原材料を調達することで、国際情勢の激変にも耐えられる体制を整えるというロジックだ。
しかし現実はそう単純ではない。天然資源はあるところにしかない。精錬・合金化・製品化のノウハウもまた、ごく限られた国に集積している。調達先を分散させれば、産地によって品質にばらつきが生じ、その調整コストが新たな負担となる。多様化にともなうコスト増を最終的に誰が負担するかという問題も避けられない。
政府が重視する外交・安全保障上のリスク管理と、経済合理性を優先する企業側の論理をすり合わせることも容易ではない。調達多様化に向けた調査・開発コストや国際情勢の情報収集まで企業が担わざるを得ない現状は、さらなる重荷となっている。
突き詰めれば、ひとつの結論に行き着く。
「経済安全保障は重要だが、簡単ではない」
この一言に尽きる。
経済的相互依存による対中抑止

サプライチェーンのイメージ(画像:Pexels)
ここまでの論旨に対し、
「結局、中国依存は仕方がないといいたいのか」
という批判が出るかもしれない。中華人民共和国の現体制に反発する立場からすれば、当然の疑問だろう。断っておくが、「脱中国依存は簡単ではない」という現実認識と、「政治・外交面で中国に屈従する」こととはまったく別の話だ。そこに中国封じ込めの可能性を探る余地がある。
ひとつの補助線として、イラン情勢への中国の対応を見てみたい。中国は原油の主要輸入先として中東に大きく依存しており、イランもその一角だ。一方でUAEなど他の中東諸国も重要な調達先であることから、中国としてはイラン情勢の穏便な収束が本音であろう。近年では珍しいほどの静観的姿勢の背景には、こうした利害計算があると見られる。
レアアース等のサプライチェーン問題に視点を戻すと、先進国が中国の工業製品に依存しているという事実は、裏を返せば
「中国の国内雇用が先進国の需要に支えられている」
ことを意味する。経済的相互依存が深まるほど、どちらの側も極端な外交・軍事行動に踏み切りにくくなる構造だ。
この非対称な依存関係を逆手に取る発想が、現実的な対中戦略の核心になり得る。多国間協力を基盤とした経済安全保障体制の構築を追求しつつ、中国との対話を維持しながら緊張緩和を図る。
率直にいえば、互いの経済を「相互人質」とする高度な依存関係を意図的に構築し、
「日本との関係悪化は自国のハイテク産業・経済安定にとってマイナスだ」
と中国側に認識させることが、抑止力として機能しうる。完全な脱中国よりも、はるかに実現可能な方策ではないだろうか。
もちろん、経済的利害を度外視した強硬な軍事・外交行動に出るリスクは常に残る。しかし逆に、早急な中国離脱は反日感情を高め、中国を過激な行動へと駆り立てる可能性もはらんでいる。
相互人質化による戦略的対話

中国のイメージ(画像:Pexels)
グローバルサプライチェーンの再編が加速するなか、企業は従来の延長線上にないリスク管理を迫られている。産業の高度化にともないサプライチェーンはさらに複雑化し、日本が採るべき戦略の難度は増すばかりだ。
経済安全保障の強化には政府と企業の緊密な連携が欠かせないが、その前提として
「脱中国依存は一朝一夕には実現しない」
という現実を直視しなければならない。中国市場とは切っても切れない関係にあるという認識のもと、実利に基づく対話を維持することこそが地政学リスクの抑止力となる。
同時に、今回のイラン情勢にともなうナフサ不足が示すように、特定の同盟国に外交を依存するリスクも改めて問われている。多角的な国際関係の構築もまた、経済安全保障戦略の重要な柱として位置づけるべき時期に来ているのではないだろうか。