深刻なシカの「食い尽くし」今や毒草も食べ、アーバンベア出没要因にも…「シカ柵」全国調査で食害を防げ

 市民参加型の科学調査「全国シカ柵センサス」が期待を集めている。全国に広がるシカの害に備えた「防鹿柵(ぼうろくさく)」が生態系保全にどう効果があるのかを一斉に調べる取り組みだ。費用に充てるインターネット寄付は目標を超え、調査地点も質も拡充する。今は参加者を募っている。(福岡範行)

◆科学的根拠が分かれば、作業意欲も上がる

 群馬県桐生市の桐生自然観察の森は、調査に参加する予定だ。里山の仕事を学ぶ連続講座の1回に組み込む計画をしている。元所長の寺内優美子さんは「シカ柵の設置も、一般の方と一緒に作業している。科学的根拠が分かれば、作業のモチベーション(意欲)も上がる」と期待する。

知床、幌別台地の天然林に20年前から維持されている防鹿柵。シカの採食により柵内外に顕著な植生の違いが見て取れる=北海道・知床で(東京大の西澤啓太氏撮影提供)

 周囲の鳴神山などでは近年、シカの生息域が広がり、「低木も草もない」場所が拡大しているという。生息数の増加に伴って「毒があって食べない」と言われていた植物も食べ始め、「最近は何でも食べるようになっている」と寺内さん。

 それでも餌が足りず、人里近くに迫ってきている。山沿いでは「夜、シカが畑にいて、牧場のようになる。本当に困っています」。植物の減少は、食べ物を探すクマが人里に出没する要因にもなると心配する。

◆森林の世代交代が阻まれ、山の土砂流出にも

 全国シカ柵センサスを企画した研究者3人のうちの一人、九州大の阿部隼人助教(森林科学)は、食べにくいササやトゲがある植物も「食べ物がなくなれば、食べ出す」というシカの食性の柔軟さを指摘する。

シカ(資料写真)

 幅広い種類の植物を「食べ尽くす」特徴は厄介だ。若い木がなくなって森林の世代交代が阻まれることや、二酸化炭素(CO2)の吸収貯留効果の劣化、山からの土砂の流出増加などにつながる恐れがある。

 草木がなくなることによる生き物のすみかや餌の減少は微生物にも及ぶ。微生物のバランスが崩れれば、後にシカの進入を防いでも生態系の回復は遅れかねない。

 食害を防ぐため、各地で柵の設置が進んでいる。漁網の再活用や電気柵など種類はさまざま。シカが跳び越えないように、高さは2メートル以上が多いという。柵の外だけ植物が激減したり、動物の病原菌になりやすい菌類が増えたりする事例が確認されている。

全国シカ柵センサスの調査で使う道具(阿部隼人氏提供)

 ただ、生態系保全の効果は柵が設置された場所の気候などで地域差がある可能性があり、元々の植生、柵の種類などの影響も想定される。今回、センサスで一斉調査をすることで、条件の違いも踏まえた効果の可視化を目指す。

◆目標の倍以上集まった寄付金、調査地点拡充で

 当初150万円が目標だった昨年11月~今年1月のクラウドファンディングでは321万円余りが集まった。造林などを行う関東地方の企業の担当者は「一企業には調査や解析は難題。大学などと取り組まないと」と考え、寄付をした。

 費用を確保できたことで、50カ所想定だった調査地点は、目標100カ所に倍増。さらに葉っぱを使ったDNA解析も追加し、植物の種の豊富さや希少な種の有無も、正確性高く調べられることになった。落ち葉や土壌の採取、植生の写真撮影なども決まった方法で行い、柵の内外を比べる。

伊吹山で実施された市民調査のトライアル試験の様子(阿部隼人氏提供)

 参加者は、シカ柵に関わる自治体や森林組合、学校、自然保護団体などを想定。7月中旬を期限に募集し、秋ごろの調査を目指す。

 土壌の微生物の構成は季節によって違うので、100カ所を短期間で調べる必要があり、市民の協力が不可欠だ。有志たちの寄付のおかげでDNA解析も可能になり、調査精度は「プロが行う水準に限りなく近づいた」。

 阿部氏は「身が引き締まる思いだ。活動を通し、シカ問題の大変さが伝わってほしい」と語った。

 取り組みの詳細や、応募方法は「全国シカ柵センサス」のウェブサイトへ。

九州大学宮崎演習林に設置された防鹿柵。柵の外側では下層植生が消失しているが、内側はシカの採食を免れ、青々とした植生が見られる=2023年10月ごろ、宮崎県椎葉村で(阿部隼人氏撮影提供)

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