高市首相と習近平氏の首脳会談は実現するのか 外交の最前線を担う金杉憲治・駐中国大使が語った決意とは【中国の今を語る】

北京の日本大使公邸でインタビューに答える金杉憲治駐中国大使=5月20日(撮影・鷺沢伊織)
日本と中国の関係は、台湾有事は「存立危機事態になり得る」とした高市早苗首相の昨年11月の国会答弁後に極めて悪化した。両国の関係はこれからどうなるのか。北京に駐在し、日本の対中外交の最前線を担う金杉憲治・駐中国大使が語る日中関係の重要性と、関係改善に向けた決意とは…。(聞き手・共同通信中国総局長=芹田晋一郎)
▽ウィンウィンの関係は可能
―現在の日中関係の概況について教えてください。
日本と中国は長い歴史がある隣国同士です。経済でも人的な部分でも、文化面でも地方間交流でも、本当に多層的な交流が長年にわたって行われてきています。
特に経済面で言えば、1万社を超える日系企業が3万を超える拠点で活動していて、人数が減ったとはいえ10万人弱の在留邦人が、ここで生活して活動しているということはすごく大きいことです。それが故に、中国は日本にとって第1の貿易相手国で、中国にとっても今でも日本は第3の貿易相手国です。
―中国は不動産不況などを背景に内需が低迷して輸入が伸び悩んでいる一方で、輸出は堅調で貿易黒字が拡大していますね。
中国の貿易不均衡がよく取り沙汰されますが、日中貿易は大体バランスが取れて、まさにウィンウィン(相互利益)の関係を実現できます。日中関係が安定していないと、直ちに近隣諸国に影響してきます。安定した関係を保つことは、地域やグローバルの視点からも重要だと思います。
中国との間では、新型コロナウイルス禍の3年間にやや交流が途絶えた中で、日中双方の互いの認識が少しずれたのではないかと考えています。
―中国の変化をどう感じていますか。
私自身も北京に赴任してきて、2019年に最後に出張してきた時の中国と今の中国を比べますと、イノベーションのレベルや生活環境なども全く違います。そういったことを日本の方には、率直に受け止めてほしいと思います。中国の変化の激しさとスピードは、この国を定点観測していないと分かりません。
中国の存在の大きさゆえに、それを理解することなく国際情勢全般を理解することは難しいです。ぜひ日本の政治家の方々にも、中国が好きか嫌いかは抜きにして来ていただきたいと思います。
同時に、中国の方にも、今はなかなか日本に行くのは難しい状況かもしれないですが、日本に行って今の姿を見てもらいたいです。

日中首脳会談を前に中国の習近平国家主席(右)と握手を交わす高市首相=2025年10月、韓国・慶州(共同)
▽心理的なバリアーを取り払いたい
―日本と中国の関係改善に大切なことは何でしょうか。
過去の例で言うとやはり、(関係改善には)首脳会談はものすごく大事です。日本でもそうですが、特に中国において、やはり首脳会談が行われると、そのメッセージが国の隅々まで伝わっていきます。その前向きな影響は、私自身もかつて外交現場で経験して感じました。
簡単ではないですが、やはりこの先々積み上げていく中で、首脳レベルの出会いがあると、心理的なバリアーが一つ取り払われると期待しています。(会談実現は)なかなか楽観的にはなれませんが、そうした中でもやはり最善の努力をしていくのがわれわれの責務です。
▽人の交流の力は強い
―市民レベルでも、関係の改善につなげることはできますか。
日韓関係も一時期難しいときがありましたが、交流は脈々と続いていました。もちろん韓国において日本ボイコットが起きたり、日本に行くべきじゃないという声もあったりしましたが、それでも日本に来る人はいましたし、日本からも韓国に行っていました。さまざまな文化交流やイベントも続いていました。
そういう積み上げがある中で、日韓関係は相当変わってきているというのが、私が今、外から見た実感です。やはり人の交流の力は、強いものがあります。特に若い人。日本の方で韓国に行くことに何ら抵抗はないですし、韓国の方が日本に来ることも日常的に起きていますので、そういう力は大きいと思います。
中国政府が(日本への旅行や留学自粛の)号令をかけている中で、その大きな流れにさおを差すのは難しいかもしれませんが、われわれも地道な発信はできます。日本に行くことの良さや、日本留学のメリットは説明できます。そういう努力を地道にやっていきたいです。

APEC貿易相会合に臨む赤沢経産相(左)=5月22日、中国江蘇省蘇州(撮影・鷺沢伊織)
▽「タンゴは2人いないと踊れない」
―今、懸念していることについて教えてください。
今はなかなか中国の方に会えておらず、やはり日中間の対話の欠如、特に安全保障面での対話の欠如が個人的に一番心配です。
互いに「分かった」とは言わないまでも、自分たちが何をしようとしているのか、どういう背景でこうした政策がとられているのかをしっかり伝え合う努力が必要です。そのための対話が本当にできていません。それがもどかしいです。
アジア太平洋経済協力会議(APEC)の関連会合のために、黄川田仁志・男女共同参画担当相や赤沢亮正・経済産業相、堀井巌・外務副大臣らが訪中し、今後もいろいろな訪問が見込まれていますし、われわれからすれば対話の機会を何とか提供しようという努力をしています。そこは中国側に分かってほしいです。
よく英語では「タンゴは2人いないと踊れない」と言いますが、日本側の対話の呼びかけに中国が応じてくれない中で(広東省深圳で11月に開かれるAPEC首脳会議での首脳会談実現が)難しいのは事実です。ただ9月の国連総会などの機会も活用して、窓を開けていく努力はしていきたいです。

食事を用意する家庭用人型ロボット=2025年8月、北京(撮影・石井健)
▽日本では「中国脅威論」、中国は「新型軍国主義」と非難
―日本国内では「中国脅威論」も拡大しています。
日本政府が、中国を「脅威」と呼んだことはありません。この点は強調しておきたいです。中国の軍事活動や対外政策が、地域にとっての懸念になっており、日本は「これまでにない最大の戦略的な挑戦」という表現をしていることはありますが、「脅威」という表現は使ったことがありません。
ただ安全保障の部分と経済の部分が、どうしても心理的に影響してきているのではないかと思います。安全保障面は中国の軍事力の増強です。経済面では中国のイノベーションが急速に進んでいます。
かつて「ロボットは日本」と言われた時代がありました。今は人型ロボット「ヒューマノイド」になると、まさに中国のヒューマノイドが日本に輸出されて現場で活用される状態です。われわれの得意分野だったところが、中国の経済力によって日本の立場が弱くなるのではないかという懸念があるかもしれません。

「新型軍国主義」という言葉を用いた評論を掲載した中国共産党機関紙、人民日報(撮影・石井健)
―中国は高市政権が進める防衛力強化策を「新型軍国主義」と非難しています。
必ずしも中国のナラティブ(物語)が第三国で受け入れられる状況にはありません。ただわれわれに主張がある場合には、タイムリーかつ冷静に反論や発信をしていくことが大切です。
加えて日本が今進めている防衛力の整備は、決して高市首相になってから始まった話では全くなく、過去十数年の歴代の内閣が積み上げてきて、今に至っています。そういう歴史の大きな流れの中で、特にこの地域の国際環境が非常に厳しくなっている中で日本として防衛力の整備を進めざるを得ないと思います。
あくまでも、この地域の平和維持のためにやっているということを、透明性を持って地域の国や、あるいはそれを超えて説明していくという努力を重ねていかなければいけないと切実に思っています。
このメッセージを私が着任したときから中国側に伝えてきました。

北京市内の公園で記者会見するカナダのカーニー首相=1月16日(撮影・鷺沢伊織)
▽友好国との連携が、日中関係に及ぼす影響は…
―カナダのカーニー首相が1月に「ミドルパワー(中堅国)」の連帯を呼びかけました。
カナダと日本の置かれている状況は少し違います。カナダは北大西洋条約機構(NATO)メンバーで、米国の隣国なので、そこに存在していること自体が一定の抑止力になります。日本の場合は日米同盟が基軸で、アジアという非常に安全保障環境が難しいところに置かれています。
ただ地政学的に置かれた条件は違いますが、意思と志を同じくする国が力を持ち寄って、特定のアジェンダについて物事を動かしていく努力は、するといいと思いますし、日本もできることがあるのではないかと考えます。
例えばサプライチェーン(供給網)の強靱化で言えば、欧州も日本も同じような問題を抱えています。安全保障面でも、実際に日本が英国やイタリアなどと、次世代戦闘機の開発を行っています。オーストラリアには日本のフリゲート艦が輸出されます。
高市首相は、韓国やベトナム、オーストラリアという日本にとって非常に大切な国を訪問しています。日本としてもそういう努力を積み上げています。日本が多くの友好国としっかり連携していくことは中国に対するメッセージもあるし、国際社会に対するメッセージにもなります。
友好国との関係を強化して、同志国との関係も強化し、国際社会における存在感を高めながら日本の経済力や発信力を高めていく努力が、回り回って日中関係にも良い影響を及ぼしてくれることを個人的には期待しています。

北京の人民大会堂で歓迎式典に臨むトランプ米大統領と中国の習近平国家主席=5月14日(共同)
▽米中首脳会談で関係構築の合意に至った背景
―5月中旬に北京で行われたトランプ米大統領と習近平中国国家主席の会談で、米中は「建設的戦略安定関係」の構築で合意しました。
米側が今回同意したのは、やはり中国の存在感がますます高まっていることが大きいと思います。振り返ると、去年中国で「人工知能(AI)元年」があって、それが1年たつと、中国のAIの発展というのはすさまじいものがあります。
例えばヒューマノイドでも、記憶に新しいのは今年4月に北京で開かれた人型ロボットによるハーフマラソン大会で去年の優勝タイムが2時間40分だったのが今年は50分でした。この中国のイノベーションのスピードなどさまざまな要素を勘案して、米国として今回こういう言葉(「建設的戦略安定関係」)に合意をしたのではないかと思います。
少なくとも、米中間ではトランプ大統領の任期中、あるいはそれを超えて米中関係を安定させていこうということで一致しました。そこは大きな意義があったと思います。当面の間、米中関係を安定して取り進めていこうということは、この地域の安定にとってもいいことです。

ハーフマラソン大会でスタートを待つ人型ロボット=4月19日、北京(撮影・鷺沢伊織)
―日中関係への影響は出てきますか。
米中首脳会談が日中関係にどう影響してくるのかは、まだ終わったばかりで、予断することは難しいです。もちろん日中関係に前向きな動きが生じることを期待はしますが、もう少し見極める必要があります。この地域で日中関係、米中関係、日米関係が安定しているというのは、やはり地域の平和と安定にとって非常に大事です。
前任地のインドネシアにいたときも、あるいは北京に来てからも地域の各国大使から、次のようなことを繰り返し言われます。
やはりこの地域は、米国と中国を選ぶような状況になるのは、自分たちの利益ではない。日中関係が安定しているのが自分たちと東南アジアの利益でもある、ということです。
それが少しでも実現できるような環境整備をしていくことがわれわれの仕事かなと思っています。
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金杉憲治氏(かなすぎ・けんじ)
1959年、東京都出身。一橋大卒。1983年外務省入省。外務審議官(経済担当)や駐インドネシア大使を経て2023年10月に駐中国大使。中国の短文投稿サイト微博(ウェイボ)でグルメ体験や文化を投稿しフォロワーは約25万人。