かつては「都心の通過駅」――新宿から1.5kmの小駅が、住みここちランキング「121位→12位」となったワケ

移動の質が生んだ12位への躍進

 小田急線・参宮橋駅が、大東建託の「街の住みここちランキング2026<首都圏版>」で、前年の121位から12位へと一気に順位を上げた。

【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが63年前の「参宮橋駅」周辺です!(計10枚)

 新宿駅からわずか1.5km。駅番号OH03という都心のど真ん中に位置しながら、2024年度の1日平均乗降人員は1万3182人にとどまる。これは小田急線全70駅の中で58位という規模だ。前年度比で4.3%ほど増えてはいるものの、周辺の巨大ターミナルに比べれば、人波は驚くほど穏やかだといえる。

 この異例ともいえる躍進の背景には、住まい選びの基準が変わってきたことがありそうだ。これまでは、どれだけ早く目的地に着くかという「物理的な時短」が重宝されてきた。しかし、今の読者が求めているのは、むしろ脳や神経への負担をいかに減らすか、という視点ではないか。

 巨大なハブ駅のすぐそばにありながら、都会特有の熱気をふっと遮ってくれる。そんな緩衝材のような街の佇まい。都市生活で避けられない疲労を前にしたとき、移動の価値を速さではなく「ストレスのなさ」で捉え直す。こうした動きが、数字の上での驚異的な上昇を後押ししたのだろう。

都心の利便性と平穏の稀有な共存

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「街の住みここちランキング2026<首都圏版>」(画像:大東建託)

 かつて都心に住む価値は、商業施設や再開発、タワーマンションといった街の勢いに象徴されていた。事実、今回のランキング上位には、馬車道やみなとみらい、代官山、六本木一丁目といった都市機能が高度に集積した街が顔を並べる。

 その中で、参宮橋の存在はきわめて異質だといえる。

 新宿からわずか2駅という好立地でありながら、駅前に巨大な商業ビルは見当たらず、派手な開発とも縁がない。行き交う人の数もどこか落ち着きを保っている。巨大なターミナルに隣接しながら情報の雑音をふっと逃がしてくれるような、都心との程よい距離感。

 鉄道の利便性をしっかり享受しつつ、日々の生活に騒がしさを持ち込ませない。そんな環境は、いまの東京において類を見ないほど貴重なものになっているのではないか。

鉄道の制約が守る穏やかな日常

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参宮橋の位置(画像:OpenStreetMap)

 各駅停車しか止まらない。この一見すると不都合に思える制約が、今やポジティブな効果を生んでいるようだ。今回の調査結果を眺めると、住まいの満足度を左右する要素として、行政の充実や街の賑わいと並び、人とのつながりを感じさせる

「親しみやすさ」

が大きな意味を持っていることがわかる。

 満足度ランキングで上位に並ぶ街、たとえば馬車道などは、都市としての機能と親しみやすさが高度に両立している。参宮橋もまた、その系譜にあるといえるだろう。

 新宿からすぐの場所でありながら、駅前に巨大な商業施設はなく、行き交う人の数もどこか落ち着きを保っている。急行が止まらないことで、過剰な人の流入が抑えられ、結果として街の穏やかさが守られているのだ。巨大なターミナルに隣接しながら、生活の場に騒がしさを持ち込ませない。この絶妙な距離感こそが、今の東京において類を見ない価値となっている。

 鉄道の利便性をしっかり享受しつつ、都市生活特有のトゲをそぎ落とす。各駅停車というフィルターが、情報の雑音をふっと逃がし、住み手にとっての心地よさを形作っている。

通過されない街が保つ高い純度

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「街の住みここちランキング2026<首都圏版>」(画像:大東建託)

 渋谷区の一等地に身を置き、新宿という巨大な経済圏のすぐ隣にありながら、明治神宮や代々木公園の深い緑に直結する。この対照的な環境が不自然にならずに同居しているのは、ここが長らく「通過される街」であり続けたからだろう。

 広大な森が街の行き止まりとなり、通り抜けようとする交通を物理的に遮っている。そのおかげで、外部からの資本による急激な変化に飲み込まれることなく、街本来の姿を保つことができたのだ。

 経済的な合理性も見逃せない。LIFULL HOME’Sの家賃相場(ワンルーム・1K・1DK(マンション・アパート・一戸建て))を比較してみると、参宮橋の13.3万円に対し、新宿は14.34万円、南新宿は14万円だ。さらに、近隣の人気エリアである代々木八幡の15.45万円や、代々木上原の16.37万円と比べれば、都心至近でありながら値頃感がしっかり保たれていることがわかる。

「通過されない」という性質は、街の純度を守り、過剰な人の流動性から生活を切り離してくれる。今回の調査で、持ち家層から8位という高い支持を得た事実は、腰を据えて暮らしたいと願う人々が、この遮断された環境を積極的に選んでいる証しだろう。

 これまでの都市開発において、街が消費の対象から外れていたこと。それこそが、今の参宮橋にとって代えがたい価値となっているのではないか。

低密度な都心居住という新たな贅沢

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参宮橋付近の航空写真(画像:国土地理院)

 リモートワークが当たり前になったことで、住まいに求める価値の軸が変わってきた。混雑をうまく遠ざけながら、必要なときだけは即座に都心へ出られる。そんな「自在さ」が、今は何より重宝されているようだ。新宿へは数分、原宿や表参道も生活圏に収めながら、ゆったりとした店舗環境と豊かな緑が共存する参宮橋は、まさにこのニーズに応える存在といえる。

 2020年に行われた駅舎の刷新も、この街の性格を強めることになった。木をふんだんに使った温かみのある空間は、都心の喧騒から私生活へと気持ちを切り替えるための、一種の緩衝地帯となっている。

 興味深いことに、今回のランキングでは北千束や西ヶ原、東北沢といった、過密を避けるエリアが軒並み順位を上げている。もはや移動時間を分単位で削ることよりも、暮らしそのものの質や、周囲の密度の低さを優先する。そんな都市生活者の意識の変化が、こうした数字からもはっきりと透けて見える。

奇跡的な均衡の上に立つ危うい価値

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参宮橋(画像:写真AC)

 今回の調査で、回答数46という決して大きくない規模ながら、持ち家層のランキングで8位に食い込んだ点は見逃せない。資産の安定を何より重んじる層が、変化の少ない環境に潜む価値をいち早く見抜いている証拠といえる。

 もっとも、参宮橋の魅力はすべての人に向くものではないだろう。大型の商業施設を好む人には物足りないだろうし、各駅停車しか止まらないもどかしさを感じる人もいるはずだ。しかし、その不自由さがあるからこそ、外からの過剰な流入が遮られる。結果として生まれる一種の選別が、この街の独特な空気を支えている。

 もし今後、さらに鉄道の便がよくなれば、今この街で求められている平穏はあっけなく壊れてしまうに違いない。開発がほどほどで止まっているという、いわば中途半端な状況がもたらす危ういバランス。利便性が完全には満たされていないこと自体が、かえって街を外敵から守っている側面がある。

 便利さと平穏が、互いに譲り合うようにして折り合った贅沢な瞬間。参宮橋の躍進というデータは、そんな都心の奇跡的な均衡を物語っているのではないか。