サンマルクの社長が激白「あの大量閉店」<400店→290店>の知られざる真相 「目先の数字を追い求めた」ことも…

「不採算のスクラップを終え、再び成長期に突入している」(サンマルクカフェ代表取締役社長・小山典孝氏)

【写真を見る】サンマルクといえばこの陳列が有名だが…

最盛期から3割近くの店舗を畳んだサンマルクカフェが、反転攻勢に出つつある。最盛期の407店舗から、2026年5月時点では290店舗まで縮小したものの、2029年3月期には370店舗まで回復させると宣言した。

栄枯盛衰が常の外食業界で、サンマルクカフェはいかなる変遷を辿ってきたのか。まずは大量閉店にいたった経緯を振り返りつつ、苦境に陥った背景を見ていこう。

大量閉店の真相は「コロナとは別にあった」

サンマルクカフェ(以下、サンマルク)といえば、店頭の陳列棚に並べられた惣菜パンを、トレーとトングで選んでいく。そんな「パン屋とカフェの中間」をいく光景を思い浮かべる人が多いはずだ。

パン屋といえばテイクアウトが主流だった1999年、サンマルクはイートイン併設の「ベーカリーカフェ」として、銀座のマロニエ通りに1号店をオープン。パンは店内オーブンで焼き上げ、コーヒーは注文ごとに豆を挽く、手作り感を売りに参入を果たした。

チョコクロにピザトーストなどの定番メニュー(写真:筆者撮影)

直後の2000年には、看板商品である「チョコクロ」が誕生し、メディアにも取り上げられ大ヒット。当時は、チョコクロとコーヒーのみを提供する「チョコクロ店」も登場し、勢いに乗っていく。2004年に100店舗を超え、2007年には200、2010年には300、2017年には400と、商業施設や駅前立地を中心に店舗拡大を続けていった。

しかし、順調に規模拡大を続けていく水面下で、業績は陰りを見せはじめていた。2015~16年にピークを迎えると、以降は前年比割れが続き、周知の通り新型コロナウイルスが直撃。結果、路面店を中心に撤退を余儀なくされ、2025年3月期には285店舗まで縮小を余儀なくされた。

ここまで駆け足でブランドの沿革を振り返った中、強調しておきたいのは「業績不振は直接的にコロナ禍とは関係ない」ということだ。時系列を振り返れば、業績自体は2016年にはピークアウトしており、コロナはあくまでも引き金に過ぎないという構図が浮かび上がる。

では、大量閉店につながった本質的な要因はどこにあるのかーー。サンマルクカフェ代表取締役社長の小山典孝氏は「店舗数を優先し、過度な出店が経営を圧迫していた」と振り返る。

当然ながら、ベーカリーカフェをコンセプトにするサンマルクにとって、店内にはパンを焼く厨房が必須となる。「手作り感」をウリに差別化を図ってきたぶん、一等地にそれなりの坪数を確保するのはハードルが高かった。

そこで目をつけたのが「ショッピングモール内への出店」だった。ちょうどサンマルクが出店攻勢を加速し始めた2000年は、大店法(大規模小売店舗法)が廃止された時期と重なる。

大店法とは?

大店法とは1974年に、地元に根ざした小規模小売店を保護する目的で、スーパーなど大型店の出店を制限する法律だった。これが1990年代に入ると、対日貿易不均衡の是正を求めるアメリカの圧力もかかり、日本政府は段階的な規制緩和を進め、2000年には大店法が正式に廃止となる。後継として大店立地法(大規模小売店舗立地法)が制定されるが、事実上、商業施設の出店規制は大幅に緩む形となった。

結果、全国各地で、大型ショッピングセンターの開発ラッシュが始まった。郊外を中心に数十~数百のテナントを抱えるモールが次々と誕生し、空きスペースを埋めるべく、デベロッパー各社がナショナルチェーンへのリーシング(誘致)に動いた。

サンマルクカフェ 荻窪タウンセブン店(写真:筆者撮影)

店内の棚に陳列された「チョコクロ」などの商品(写真:筆者撮影)

これがサンマルクにとって、願ってもない好機となった。区画単位で広めの面積を確保しやすく、初期投資も路面店より抑えられる。開業したてであれば人流も期待できるうえ、複数区画をまとめて契約する「バルク出店」の打診も珍しくなかった。

つまりサンマルクホールディングス全体としても、サンマルクカフェのみならず、「鎌倉パスタ」や「倉式珈琲店」など別ブランドを同時に出店し、全社レベルで規模拡大できるチャンスにもなる。こうしてサンマルクカフェは、モール内の出店に比重が傾いていった。

一方で、デベロッパーのリーシング主導による出店は、融通が利かない側面も大きい。固定賃料に加え、売上歩率や共益費の支払い、館の都合による改装の負担がかかる。運営面でも、営業時間の制約や、契約更新、他テナントとの価格調整を求められる場合も珍しくない。要は、商業施設内への進出は容易な反面、営業を続ける上で自由が利かない局面が多々発生したわけだ。

「どうしてもショッピングモールは、だいたい開業2年目をピークに、館全体の集客が停滞する傾向にある。デベロッパーも施設の開業を矢継ぎ早に続けることで、同じグループ内の施設で、来場者を食い合う構図が強まっていった。そうなると事業者側は、常に集客を上げようと動き、我々テナント側が改装を求められるケースも増えていった」(小山氏)

無理に出店していたことも

またサンマルクホールディングス代表取締役社長の藤川祐樹氏によれば、コロナ禍以前はグループ全体で1000店舗の出店を掲げており、店舗数を増やすインセンティブが強すぎたという。サンマルクは月商が小さい箱でも、やや無理に出店していた実態もあり、少しでも売上が下がると赤字になる店舗が非常に数多くあったと振り返る。

つまりショッピングモールへの出店強化は、短期的に規模拡大を後押しした一方、後に収益性悪化の温床にもなった。こうした歪みが2010年代後半に露呈し始め、不採算の店舗が増えていく。こうしてサンマルクの店舗数は、2018年12月の407から、2025年3月には285店舗までに落ち込んだ。

その一方、冒頭で小山氏は、「不採算店舗のスクラップを終え、再び成長期に突入している」と話す。店舗数で見れば、2026年5月時点では290店舗に微増し、2029年度までに370店舗まで積み上げる算段だ。

憂き目を経て描いた戦略が、モール内出店からの脱依存、そして路面店の強化だ。

「コロナ禍に店舗をスクラップしたのは、店舗数先行だった皺寄せが来た結果だ。やはり路面店は、モール内に出すよりも初期投資がかかり、数字が上がっていくまでに時間がかかる。かつては路面店が軌道に乗るまでの我慢ができず、根負けして目先の数字を追い求めたことで、店舗撤退につながった。

そこで得た教訓は、われわれの本質的なゴールは、新店を開けることではなく、マーケットシェアを上げていくということ。どうせ一度開店するなら、目先の数字に惑わされず、デベロッパーの意向にも左右されず、安定的な成長を追求していく。そのためにも足元では路面店の強化を図っていく」(小山氏)

こうした路線変更を体現するのが、サンマルクの新コンセプトである「FFHモデル店舗」だ。「Fresh(新鮮・焼きたて)」、「Fast(素早い提供)」、「Handmade(店内手作り)」の頭文字を取った、手作り感と効率化を両取りするコンセプトを掲げる。2026年5月時点では、新宿御苑前駅や目黒駅などの駅近に、試験的に2店舗を運営している。

FFHに足を運んでみた“感想”

早速、新設されたFFHに足を運ぶと、従来のサンマルクとは、かなり様相が異なる。

新しいモデル店舗「FFH」として営業する「サンマルクカフェ&茶 新宿御苑前店」の外観(写真:筆者撮影)

まず入店すると、目の前にはセルフレジが設置されており、トングでパンを選ぶスタイルが廃止されている。メニューも通常のサンマルクとは異なり、フルーツティーやパフェ、ホットサンドなどメニューが幅広い。

新しいモデル店舗「FFH」では店頭にセルフレジが設置され、そこで注文する流れになっている(写真:筆者撮影)

目移りした挙句、セルフレジで決済を終えると、オープンキッチンを傍目にカウンターに移動して、レシートに記載された受け取り番号が表示されるモニターを前に出来上がりを待つ。いわばマクドナルドや松屋などファストフードのような、デジタルなオペレーションに置き換わっているのだ。

新しいモデル店舗「FFH」として営業する「サンマルクカフェ&茶 茗荷谷駅前店」。店内はオープンキッチンのような佇まいに(写真:筆者撮影)

期間限定の「プレミアム濃密抹茶チョコクロ」税込み390円(写真:筆者撮影)

サンマルクカフェによれば、2029年までに掲げた370店舗のうち、3分の1程度をFFHモデルに刷新していくという。出店立地としては、路面店を8割、ショッピングモール内を2割の目安で展開していく予定だ。コンセプトも立地戦略も路線を変え、再生の青写真を描くサンマルク。後編では、この新コンセプトを軸に、再成長の全貌に迫る。