三菱商事を3カ月で辞め、米アグリテックから女川町へ。なぜ彼は「養殖困難な高級貝」に賭けるのか

長谷川翔亮さん。株式会社チキンクラム代表、女川町地域おこし協力隊員。ブラウン大学卒業後、2017年三菱商事に入社。同年、Uber Japanで日本でのウーバーイーツ事業立ち上げに携わった後、2021年に米植物工場スタートアップのOishii Farmに参画。データ分析や研究開発の統括、工場長などを務めた。2024年、宮城県女川町に移住しチキンクラムを創業。
宮城県女川町。リアス式海岸が入り組む穏やかな海で、アメリカの名門・ブラウン大学を出た31歳の元商社パーソンが、「新しい養殖」を作り出そうと奮闘している。長谷川翔亮さん。今は女川町地域おこし協力隊員だ。
長谷川さんがトライしているのは、二枚貝「トリガイ」の養殖。高級寿司ネタとして知られる一方、天然漁獲量は不安定で、国内流通量も限られる。そのトリガイを安定生産し、新たな産業へ育てようとしている。
研究室でも、都心のスタートアップでもない。長谷川さんが選んだのは、女川町の海に入り込み、地域とともに事業を育てる道だった。
グローバルビジネスの最前線を歩んできたエリートは、なぜ今、地方の海で貝の養殖に人生を懸けるのか。
高級貝を「次世代のタンパク源」に

トリガイ。食用にする足の部分が鳥のくちばしのような形状をしていることに由来する。写真は女川町で見つかった天然トリガイ。
水産会社の建物を間借りした小さな一角。ここが現在、長谷川さんが主な拠点としている研究場所だ。オンラインで実施した取材時には、画面越しに水槽やパソコン、顕微鏡が並ぶ様子が見えた。長谷川さんの背後では研究を手伝うインターン生たちが忙しなく行き来していた。
株式会社チキンクラム。長谷川さんは2024年に立ち上げたこの会社の代表を務めている。
同年7月、女川町の地域おこし協力隊に就任し、この地へ移り住んだ。目的は、高級二枚貝・トリガイの養殖だ。
「鶏(chicken)のように、世界中で食べられるタンパク源になる貝(clam)をつくりたい」
社名にはそんな思いを込めた。
「トリガイは人類を支える新たな『世界的なタンパク源』になり得るポテンシャルがあると思っているからです」
なぜトリガイなのか。理由の一つは、その成長速度だ。養殖では、ホタテが水揚げまで約2年、牡蠣でも1〜3年かかるのに対し、トリガイは約1年で出荷できる。さらに、高級寿司ネタとして知られており、単価も高い。ビジネスとして合理的なのだ。加えて、貝の養殖は牛や豚などの畜産と比べて環境負荷が低い。
「成長が早く、高価格帯で、しかも持続可能性がある。かなり条件がそろった生物だと思ったんです」
ただ、それほど条件がそろっていながら、大きな課題もある。トリガイは養殖が非常に難しいのだ。国内では京都府農林水産技術センター海洋センターが種苗を大量生産し育成する技術を開発している。だが、長谷川さんによると、民間で本格的に取り組んでいる事例はほとんどない。
慎重に選んだ、事業のDay1の地

海へ向かって一直線に伸びる駅前空間。女川町では、海とのつながりを意識した復興まちづくりが進められた。
2023年、起業のためにアメリカのスタートアップ(後述)を退職した長谷川さんは、まず貝に詳しい人物を頼って熊本県へ渡り、トリガイの養殖について学びながら事業の候補地を探した。やがて三陸海岸沿いがトリガイの生育に適していることがわかり、複数の自治体を訪問して最終的に宮城県女川町を拠点に選んだ。
決め手の一つが、町の受け入れ体制だったという。
「訪問した初日に、行政や民間など関係者がみんな集まってくれて、『女川だったらこう進められる』『こういう施設や制度が使える』と、その場で示してくれたんです」
女川町は人口5686人(2026年4月末時点)の小さな町だ。東日本大震災後には「還暦以上は口を出さず」というスローガンのもと、若い世代を中心に復興を進めてきた経緯がある。変化や新しい挑戦を歓迎する空気が根付き、官民の距離も近い。
だからこそ、外から来た挑戦者に対しても柔軟だった。長谷川さんが感じたのは、そうした町の機動力だった。
「ここだったらやっていけそうだ、と思いました」
資本政策としての「地域おこし協力隊」

トリガイの種苗生産に向けた研究の様子。町のインターン制度を活用して訪れた大学生や社会人が、長谷川さん(右)の研究を助けた。
女川町で事業を始めるにあたって、長谷川さんが選んだ立場が「地域おこし協力隊」だった。
一般的には、都市部から地方へ移住し地域活動や起業に取り組むための制度として知られる。だが、長谷川さんにとっては単なる移住・起業支援ではなく、事業の自由度を守るためのいわば資本政策でもあった。
「出資を受けると、投資家の意向によって本当にやりたいことができなくなる可能性があると思ったんです。自分自身が100%の決定権を持って、妥協なく進めたかった」
スタートアップにおいては一般的なベンチャーキャピタル等からの資金調達はせず、金融機関の融資も受けなかった。トリガイの種苗生産は極めて難易度が高く、技術開発がいつ成功するか分からない。場合によっては、うまくいかない可能性すらある。
そうした中で、投資家の意向によってより堅実なビジネスへ方向転換を迫られる可能性のある出資や、返済義務が生じる融資は、自身の挑戦とは相性が良くないと考えたからだ。
思案の末にたどり着いたのが、地域おこし協力隊だった。協力隊であれば、地域に深く関わりながら事業を立ち上げることができる。活動費などの支援も受けられるため、研究拠点の整備などにも活用できたという。
もっとも、この選択は長谷川さんだけに都合のいいものではない。水産業を基幹産業とする女川町にとっても、意味のある取り組みだった。女川町はカキやホタテ、ホヤなどの養殖が盛んだが、近年は気候変動の影響もあって生産量の減少が深刻化している。トリガイは、将来的に既存品種に代わる新たな養殖品種になる可能性を秘めていた。
人気企業を3カ月で退職

Oishii Farm勤務時代の長谷川さん(写真中央)。
では、なぜ長谷川さんは、そこまでしてトリガイ養殖に挑むのか。その背景には、これまで歩んできたキャリアがある。
「学生のころからずっと、環境問題に関心がありました」
東日本大震災や原発事故をきっかけに「経済政策などの観点から環境問題に取り組んでいかなければならないのでは」という考えが芽生えた。
アメリカのブラウン大学で環境学を学んだ後、2017年に新卒で三菱商事に入社。世界各地で再生可能エネルギー事業を展開していたことに惹かれたからだ。しかし、上下関係をはじめとする大企業特有の文化に馴染めず、わずか3カ月で退職する。
その後、対照的な環境を求めてUber Japanに転職。2017年から約4年間、急拡大するウーバーイーツ事業の最前線を支えた。
「非常に面白く、やりがいのある仕事でした。スタートアップの環境が自分に合っていることも分かりました」
ただ、この頃に気づいたことがあった。全国を転々としながらリモートワークをしていた長谷川さんは、広島県で牡蠣の養殖を目にする。飼料が不要で、水中のプランクトンを取り込んで育つ。その姿に、可能性を直感したという。
食料生産に伴う温室効果ガスの排出において、特に大きな割合を占めるのは畜産、つまり動物性タンパク質の生産だ。二枚貝なら、新たな動物性タンパク質源になれるかもしれない——そんな考えが、頭の片隅に引っかかるようになっていた。
「ただ、その時は起業まではイメージがわかなかった。自分のやりたい環境問題に取り組んでいる会社に入ればいいと思っていました」
2021年、米植物工場スタートアップのオイシイファームへ転職。当初はデータ分析担当だったが、Uber Japan時代に培ったデータに基づく判断力を評価され、ニュージャージー州の大型工場で工場長も務めた。経営層とも近い距離で仕事をする中、次第に「自分で事業をやる」という選択肢が現実感を帯びてきた。
成長企業に残る道もあったはず。ただ、「オイシイファームも環境問題に向き合っている企業」とした上で、長谷川さんはこう話す。
「動物性タンパク源の環境負荷という、さらに深刻な課題を解決したい。その思いに対して、(自分のやっていることに)矛盾を感じていました。『これだ』と思えるテーマに一度本気で挑戦してみたかったんです」
わずか1年で種苗生産を確立

シャーレを並べ、条件を変えながら繰り返された実験。地道な試行回数の積み重ねが、研究を前進させた。
こうして地域と二人三脚でトリガイ事業に取り組み始めた長谷川さんは、通常は3年ほどかかるとも言われる種苗(稚貝)の生産方法をわずか1年で確立した。なぜ、短期間で成功できたのか。