「がんばれ」「何事も経験だ」はもう通用しない…Z世代が“努力”を嫌う本当のワケ

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若者の間で「努力すれば報われる」「失敗から得られるものは多い」という価値観が失われている。代わって広がるのは、人生が生まれ持った才能や環境に左右されるとする“ガチャ思考”だ。その実態と社会的背景を、若者の動向分析の専門家と、生活者データを分析する博報堂の主席研究員が読み解く。※本稿は、金間大介、酒井崇匡『仕事に「生きがい」はいりません 30年の調査データが明かすZ世代のリアル』(SBクリエイティブ)の一部を抜粋・編集したものです。

「努力すれば報われる」は

もう若者に通用しないのか

 今の若者はもうハードワークすることはないのか。

 その問いを読み解くポイントは、今の若者にとって「努力」とは何か。そして、努力した結果得られるものとは何なのか、にある。そこでまずは、努力よりもさらに前の段階、新しいことを経験することに対し、若者たちはどう思っているのかを見るところから始めよう。

「経験こそ宝」という言葉が、徐々に失われつつある――。

 まずは以下の問いを見てほしい。あなたならどちらを選択するだろうか。

どちらがあなたの気持ちに近いですか?

A:仕事や遊びなどで自分の可能性を試すために、できるだけ多くの経験をしたい

B:煩わしいことはなるべく避けて、平穏無事に暮らしたい

 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構の統計数理研究所では、1953年以来5年ごとに「日本人の国民性調査」という社会調査を実施してきた。膨大な設問が用意されていて、日本人の気質の変化が手に取るようにわかる。しかも、とても見やすい状態で公開されている(ただ、残念なことに2016年で更新が止まってしまっている)。

 このうちの1つが、質問「仕事や遊びなどで自分の可能性を試すために、できるだけ多くの経験をしたいか」である。結果を図表5-1にまとめてみた。縦軸は「A」を選択した回答者の割合だ。その上で、20代と50代、それぞれの30年間の変化が見える形でプロットした。

同書より転載

 結果として、50代の値は10ポイント以上向上していることがわかる。それに対し20代は大幅に減少している。すなわち、「仕事や遊びなどで自分の可能性を試すために、できるだけ多くの経験を」と考える若者は、この30年間で大きく減ったことになる。データは2013年で止まっているが、もし今アンケートを取ったら、もう20代と50代は逆転しているかもしれない。

 それに、「仕事や遊びなどで」と選択肢の文にあるように、これは「遊び」の経験も含めた問いになっている。それでいて、ご覧の通りの20代の落ち込みっぷりだ。ここから「遊び」を抜いて「仕事」だけを残したら、一体どれだけの割合が残るか。つまり、質問文を「仕事で自分の可能性を試すために」としたら……、きっとこのスコアはさらに大きく落ち込むだろう。

失敗を活かして成長するより

がんばらないのがトレンド

 僕たちはよく「経験こそ宝」と言う。人生における経験は非常に貴重であり、財産になるという意味だ。この言葉の前では、成功するか失敗するかはあまり関係ない。どちらも貴重な学びを提供してくれる経験であり、仮に失敗したとしても、次に活かすことで、より成長できる。その意味では、まずは行動することが大切で、結果はそのあとに付いてくる付属品みたいなものだ。

 しかし、上記のデータは、この「経験こそ宝」という概念そのものが若者たちの中で薄れてきていることを示している。実際、僕自身も「何事も経験だ」「まずはがんばってやってみよう」という声掛けが今の学生に全く通用しないことを、何度も身をもって体験している。いつから努力に負のイメージが付きまとうようになったのか。

 仮に、若者たちにおける経験や、そのための努力の意味合いが低下してきたとして、その背景には何があるのか。

「努力」「がんばる」といったキーワードで書籍の検索をかけてみた。すると、「努力はいらない」「がんばるのをやめよう」といったテーマを掲げた本がたくさん表示された。

 これらの次に多いのが、「効果的な努力」とか「効率的にがんばる」といったスキル修得系の本だ。効果的、効率的といった言葉がとにかく目立つ。「たったこれだけやればいい」といったキャッチコピーが、嫌というほど目に飛び込んでくる。

 もちろん「努力こそが人生を切り開く」といったテーマの本も、ちらほら登場する。ただ、それらの多くは海外で書かれた書籍の翻訳だったりする。

 いつから日本では、「努力」は不要で「いらない」ものとなったのか。いつから日本では、効果的で効率的な「努力」が優先されるようになったのか。

 いまや日本の上司や教師は、部下や教え子に「もっとがんばれ」という一言すら言えなくなった。言わざるを得ない状況になっても、「もうちょっとだけがんばってみようか」という具合に、最上級に神経を使いながらの指導になる。

 ましてや「がむしゃらにがんばる」なんて、もう完全に過去の遺物ということか。

 言うまでもなく、身体や心を壊してしまうほどがんばるべきではない。バーンアウトは働く上で最も気をつけるべき状態の一つだ。

 ただ、それを言うなら、あらゆることが程度問題であるはずだ。「○×しすぎに注意」という状態は、仕事や勉強に限ったことではない。しかし、今の若者たちの中にあるのは、まるでほんのちょっとの努力すら「有害」であるかのような論調だ。一体何が若者たちに、そこまで「努力」への負のイメージを抱かせているのだろうか。

成功の有無は「才能ガチャ」

がんばっても変えられない

 努力して何かを得る。がんばって成果をあげる。

 そんな考えの対極に位置するのが、がんばっても無駄、努力しても意味がない、という考えだ。そして、そんな考えを表現する言葉として「諦念感」が使われるようになって久しい。最近では、やはり「ガチャ」がわかりやすいかもしれない。

 ガチャとは、基本的に自分ではどうにもできない状況において、不平等が生じる際に使う言葉だ。これが、人の能力や育つ環境の優劣はあらかじめ決まっており、がんばっても無駄、という諦念感に通ずる。

 他方、努力とは、自分の意思で将来を変え、切り開こうとする際の言葉だ。つまり、ガチャと努力は対極の関係にあると見ることができる。そしてこの「ガチャvs努力」の構図として、努力派の若者が年々減少し、ガチャ派が増えている様子が僕の研究から浮かび上がっている。

 それが、「若者の5年後の幸福度調査」と呼んでいる僕のオリジナルの調査だ。2025年2月に実施したWEB調査で、対象は20代から50代までの1200人。20代には大学生や大学院生が含まれる。設問は全部で30問ほどを用意したが、そのうちの一つに以下の問いがある。

「人が成功する要因として『生まれもった才能や環境』と『自らの努力』、どちらが重要だと思いますか」

 この問いに対し、「才能や環境が重要」と思う場合を「1」、「努力が重要」と思う場合を「10」とした10段階で回答してもらった。

 その結果を図表5-2に示す。この図表の見方としては、各年齢層の平均値を算出し、10段階の真ん中である5.5を中央の0軸とし、そこより左にある場合は「才能や環境が重要」、右にある場合は「努力が重要」と考える人が多いという結果になる。

同書より転載

 人が成功する要因は生まれもった才能か、それとも生後の努力か。この問いに対する結果は、年代で明確に分かれる結果になった。特に50代の「努力志向」と20代の「ガチャ志向」の対比が際立っている。

思うようにいかない時代に

努力への信頼感は揺らぐ

 読者の皆さんの中には、このような差異を目の当たりにし、「最近の若者はハングリー精神がなくなった」と嘆く人もいるかもしれない。

 ただし、「努力した結果何かを得る」という点に限れば、昔よりも今のほうがハードルが上がっていると理解することもできるだろう。ビジネスをするにしても、想定顧客のニーズが全く読めず、顧客本人ですら欲しいものがわからないような時代だ。

『仕事に「生きがい」はいりません 30年の調査データが明かすZ世代のリアル』 (金間大介、酒井崇匡、SBクリエイティブ)

 また、社会課題の解決を志すにしても、課題そのものが深く入り組んでいて、どこから手を付けてよいのかすら見えない。仮に昔の若者たちのほうが努力志向だったとすれば、それはある程度「得られる結果が見えていたから」という可能性がある。得られる結果が可視化されていなければ、人はがんばれないものだ。

 そこで「若者の5年後の幸福度調査」では、外的に得られる成功ではなく、自身の能力を目的語に設定して、同じ質問をしてみた。

 成功は、時代など自分ではどうすることもできない環境要因の影響が大きい。しかし、能力の伸長なら、少なくとも時代や社会情勢は関係ない。完全に自分が100%コントロールできる変数だ。

 作成した問いはこうだ。

「人の能力の決定要因として『生まれもった才能や環境』と『その後の努力』、どちらが重要だと思いますか」

 結果を図表5-3に示す。傾向としては、全体的にやや右方向(努力が重要)へ回答が動いたものの、やはり若年層の「努力よりも才能や環境」を選択した割合の多さが目立つ。

同書より転載

「人生はなかなか思うようにいかない。生まれたときから定められている宿命のようなものがあって、自分の努力で変えることはできない」

 そんな思いを抱えた若者たちが増えているのかもしれない。努力したら報われるという気持ちを持っているからこそ、努力しようという意欲が生まれる。努力を信じていなければ、誰も努力などしない。

 こうした「努力に対する信頼感」のようなものが、特に今の若者の間で揺らいでいるように思う。