トヨタ、「次世代EV」開発中止は何を意味するのか? EV市場が“一枚岩”で語れなくなった根本理由

量産中止に秘めたトヨタの勝機

 トヨタ自動車がレクサスブランドで進めていた次世代EV「LF-ZC」の量産開発を取りやめたことがわかった。2023年のジャパンモビリティショーで公開された同モデルは、ギガキャスト構造や車載OS「Arene」、1000km級の航続距離といった先端技術をまとめた象徴的なEVだっただけに、今回の判断は業界内で大きな意味を持つ。

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 ただし、この判断はEVからの撤退を示すものではない。世界全体では電気自動車(EV)需要の伸びが鈍りつつある一方で、中国では新エネルギー車の比率が約5割に達するなど、地域ごとの差は広がっている。ホンダ、フォード、GM、VWも投資計画の見直しを進めており、産業全体が加速中心の局面から調整局面へ移っていることは明らかだ。

 こうした状況の中でトヨタが選んだのは開発の中止ではなく、市場投入の時期を後ろにずらす判断だろう。この選択を後退と見るのか、市場の広がりを待つ動きと見るのかで評価はわかれる。

 本稿ではこの判断をひとつの結論として扱うのではなく、複数の将来像がわかれる起点として整理し、5年後から10年後にかけて何が結果を左右するのかを検証する。

開発工程の分離と判断の合理性

量産中止に秘めたトヨタの勝機, 開発工程の分離と判断の合理性, 技術格差の懸念と三つの未来図, 量産適期を見極める経営の眼, 戦略再編を左右する外部変数

EUにおけるパワートレイン別シェア2025年(画像:欧州自動車工業会)

 今回の「次世代EVの開発中止」は何を意味するのか、内容をわけて見る必要がある。明らかになったのは、レクサスの次世代EV「LF-ZC」の量産に向けた開発の中止であり、車づくりの考え方そのものやEV事業全体の停止ではない。

 自動車の製品化は、研究開発、試作、量産に向けた検討、生産準備、生産という流れをたどる。今回のレクサスLF-ZCは試作の段階までは進んでいたが、その先の量産に向けた検討から先、製品として市場に出すための段階が止まったにすぎない。

 実際には、ギガキャスト構造の採用や車載OS「Arene」、全固形電池の開発は続くとしている。量産に向けた準備を進めるうえで、研究開発の時間がまだ必要だった可能性もある。いずれにしても、技術開発と量産への動きは別の段階にあるため、今回の判断はEV事業からの撤退ではなく、量産に向けた時間の調整と見ることができる。

 トヨタの件に限らず、ホンダをはじめとする各社のEV事業見直しでも「EV需要の鈍化」が理由として挙げられている。ただし、EV市場が本当に一様に減速しているかは慎重に見る必要がある。実際には、米国、欧州、中国で状況は大きく異なる。

 新車販売におけるEVとプラグインハイブリッド車(PHV)の割合は、米国が8%、欧州が26.8%、中国が47.9%となっている。米国では政策の変化によりガソリン車回帰の動きがあり、EV比率は伸びにくい状況にある。欧州は補助制度の見直しや充電網整備の遅れで伸びが鈍っている。一方、中国は買い替え支援策などを背景に大きく伸びている。

 このように地域ごとの差が大きく、「EV市場」をひとつのまとまりとして語ることは難しい。実際には

・政策

・価格

・充電環境

の違いを持つ複数の市場が並んでいる状態であり、世界的に減速といったいい方だけでは実態を捉えきれない。自動車メーカーには、量産に向けた動きを各地域の状況に合わせて細かく進める対応が求められている。

 EVを市場に出すには、生産準備や生産の段階で工場設備の改修など大きな投資が必要になる。自動車メーカーは、研究開発を含むこうした投資を長い期間で回収する前提で動くことになる。

 しかし現状では、地域ごとにEVの売れ行きが大きく異なり、販売台数の伸びも読みづらい。さらに世界情勢の先行きも見通しにくく、不確実性は高い状態にある。また米国や欧州では、EVよりも収益性の高いHVが一定の支持を得ている状況が続いている。

 こうした条件のもとでは、EV投入の時期を後ろにずらす判断には一定の合理性がある。短期の収益と長期の投資をどう両立させるかという経営判断の問題でもある。今回のトヨタの判断は、米国・欧州・中国でEV化の進み方が異なり、かつHVの販売が成立している環境を前提として成り立っている。

技術格差の懸念と三つの未来図

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トヨタのCASE戦略(画像:トヨタ自動車)

 今回のトヨタの判断は合理的に見える一方で、批判もある。そのひとつが技術の進み方の差である。中国市場では、欧米とは異なる速度でEVが広がっている。中国メーカーやテスラはすでに量産のデータを積み上げ、製造コストの低減とソフトの改良を速い速度で進めている。

 量産を止めることは、市場に出して経験を積み重ねる流れから離れることになり、技術の進み方に差が出る可能性がある。EVやソフトウェア定義車両(SDV)の領域では、研究開発だけでなく、実際に市場へ出して得られる反応が重要になるため、量産を行わない場合は市場への対応の速さが落ちやすい。

 例えば、無線でソフトを更新する技術であるOTA(Over The Air)がある。OTAは将来の収益につながる手段のひとつと見られているが、量産を先送りすることで実際の運用を通じた改善の機会を失う可能性がある。また、他社がEVの生産と販売を続け、その間に製品の種類を増やしていけば、後から入り込む余地が小さくなることも考えられる。

 ここでは三つの将来像を想定する。

・現状維持

・EV加速

・EV鈍化

である。「現状維持」では、EV市場は地域ごとにわかれたまま続き、トヨタはHVを収益の中心に置きながら、EVは量産の速度を抑えつつ研究開発を進める。「EV加速」では、米国・欧州・中国が同じようにEVへ向かい、中国勢を中心に価格と技術の競争が世界に広がり、電池性能とソフトが競争の中心になる。「EV鈍化」では、地域ごとの分断が続き需要も大きく伸びず、資源価格の上昇でEVの利益が下がり、ハイブリッド技術の価値が見直される。

 どの道に進むかは、各国の政策や規制、技術の進み方、とくに電池技術、そして景気動向によって変わると考えられる。どの展開になった場合でも、自動車メーカーは研究開発を続けながら、量産へ進む時期を見極める必要がある。

量産適期を見極める経営の眼

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電動車のグローバル販売台数とパワートレイン別構成比(BEV/PHEV/HEV)(画像:マークラインズ)

 今回のトヨタの判断は、「EVかHVか」という単純な話ではなく、EV化の流れの中で量産の時期をどう置くかという点が中心にある。米国・欧州・中国が同じ方向に進み、「EV加速」の形になるなら、経営の方針は比較的立てやすい。

 ただし現実には、地域ごとに状況が異なり、その違いが判断を難しくしている。政策や規制、技術の進み方、充電設備の整備状況などを踏まえた対応が必要になる。そこに各社の体力や経営判断、先の見通しが加わり、量産に進む時期の決定に差が出る。

 EVに特化した新興メーカーは、状況に関わらずEVを出し続ける必要があり、その中で技術を磨いていく強みがある一方で、資金面の制約を抱えることになる。これに対し、ガソリン車時代から続くメーカーは選べる技術の幅が広いが、その分だけ状況に応じた細かな判断が求められる。

戦略再編を左右する外部変数

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リチウムイオン電池の価格予測(BEV/PHEV/HEV)。McKinsey&Companyの資料を基に作成(画像:阿伏兎崎ひびき)

 判断が変わる条件としては、電池の値段、国や地域の政策、中国メーカーの海外展開がある。

 電池の値段は年ごとに下がっており、マッキンゼーの報告では2025年のリチウムイオン電池パックは8%下がって1kWhあたり108ドルとなった。2018年と比べると半分以下である。このまま年8%の下落が続けば、2030年には71.2ドル、2035年には46.9ドルとなり、今から10年ほど先にはさらに半分以下の水準になる。マッキンゼーは2035年時点でNMCが75~90ドル、LFPが55~65ドルになるとも見ている。電池価格の下落は車両価格の下落につながり、EVの広がりを後押しする可能性がある。

 国や地域の政策では、米国のような大きな方針転換に加え、補助金、充電網の整備、関税、現地生産の優遇などがある。近年は保護貿易の動きも強まっており、市場の動きを見ながらEVとHVのどちらを作るかに加え、輸出するか現地で作るかの判断も必要になっている。

 中国メーカーの海外展開も影響が大きい。市場での占有率だけでなく、技術の進み方にも関わる。中国メーカーは現時点では米国では限られた動きにとどまるが、欧州では販売を伸ばし、現地生産も広げつつある。ただし、この状況も米国や欧州の政策次第で変わる可能性がある。

 いずれにしても条件が変われば判断も変わるため、将来の動きを想定しながら量産の時期を決めることになる。読者は今回のトヨタの判断を後退と見るのか、それとも市場の広がりを待つ動きと見るのかが問われる。