【日銀の利上げが遅れる?】沈黙のサービス物価、「ビハインド・ザ・カーブ」のリスクが静かに高まっている

日銀の植田総裁(写真:ロイター/アフロ)
5月下旬に、4月の消費者物価指数(全国)と5月の消費者物価指数(東京都区部)が相次いで公表された。
これら年度初めの消費者物価指数*1は、物価の基調を占う上で注目度が高い。なぜなら、中長期インフレ予想や賃金といった「ゆっくり動く物価関連指標」との相関が高く、それゆえ物価の「基礎体温」という性質を持つサービス価格は、年度替わりのタイミングで改定されることが多いためである。実際、消費者物価指数を構成するサービス品目の価格変動状況をみると、4月が突出して多い(図表1)。
■図表1:サービスの価格改定期(1970~2023年)(出所:総務省)

図表:筆者作成※前月比±3%以上の変化を価格改定と認識(消費税率引き上げのあった月は除く)
*1:消費者物価指数の基礎統計である小売物価統計では、原則として「12日を含む週の水~金曜日」の価格を調査しているので、例えば3月後半(4月後半)に価格が変わった場合は、消費者物価指数においては4月(5月)の価格変化として記録される。
日銀「基調的インフレ率は2%に達していない」の弊害
早速、CPI全国の数字を確認してみよう。サービス価格全体としては、2024年度から前年比+1.5%前後で安定した動きが続いてきたが、2026年4月には前年比+0.9%に大きく鈍化した(図表2)。ただし、これは複数の制度要因(私立高校授業料無償化、学校給食無償化など)が重なった結果である。物価の基調判断に際しては、こうした制度要因の影響は除いて考えるのが基本となる。
■図表2:サービス価格の推移(出所:総務省)

図表:筆者作成
そうした観点で、①学校給食、②高校授業料、③保育所保育料を除いたサービス価格の推移をみると、2026年4月は「前月と比べて若干の鈍化」といった姿になる(図表3)。加速はしていないが、目立って減速もしていないし、こうした動きを素直に見れば、「2%前後で安定している」と評価しても(≒2%目標が概ね達成されたと評価しても)差し支えないように思える。
■図表3:制度要因により押し下げられている品目を除いたサービス価格(出所:総務省)

図表:筆者作成
問題は、日銀が「基調的インフレ率は2%に達していない」と今なお評価していることである。つまり、理屈のうえでは、サービス価格も含めて基調的物価に関連する指標が「加速」しないと基調的物価の判断を引き上げることは難しいし、したがって追加利上げの説明もしづらくなる。この場合の「説明」とは、メディアや市場関係者に対する説明のみならず、利上げに消極的とされる高市総理に対する説明という側面もある。
もちろん、日銀はサービス価格だけで物価の基調判断をしているわけではない。特殊要因を除くベース、刈込平均値、加重中央値、最頻値、インフレ予想、トレンドインフレなど多数の指標をチェックしたうえで、最後は「総合判断」だと繰り返し述べている。だが、日銀が毎月公表している「消費者物価のコア指標」も足元伸び悩んでいるのが実情である。
「消費者物価のコア指標」は全て鈍化傾向
まず、昔から公表している3指標(刈込平均値、加重中央値、最頻値)はいずれもこのところ伸びを縮小している。刈込平均値は1年前に2%を超えていたところから直近では1%台半ばまで鈍化しているし、加重中央値に至っては0%台半ばにまで落ち込んでしまっている(図表4)。
■図表4:刈込平均値、加重中央値、最頻値(出所:日本銀行)

図表:筆者作成
最近になって公表を始めた3指標(除く生鮮、除く生鮮エネ、除く食エネのそれぞれ除く特殊要因)についても、伸び率の水準は2%前後と悪くないが、より基調に近いとされる「除く生鮮エネ」や「除く食エネ」が1年前と比べて鈍化傾向にあり、いかにも冴えない姿である(図表5)。
■図表5:特殊要因を除いたインフレ率(出所:日本銀行)

図表:筆者作成
つまり、月次で日銀が公表している「消費者物価のコア指標」は全て鈍化傾向にある。サービスインフレが年度初めに加速しなかったことも含めて、このような状態では、基調的物価の判断を引き上げるのは少々苦しい。
中東情勢を受けた輸入物価上昇や石油化学製品の供給不足を踏まえれば、財価格(モノの価格)は遠からず大きく上がっていくことがほぼ確実である。ただし、こうした輸入物価要因によるインフレは一時的なものとみなされ、「基調的」とは判断されないのが基本である。中長期インフレ予想や賃上げといった「基調」色の強い指標にまで波及して初めて、「基調的」という判断が妥当なものとなる。
これから中東情勢を受けたインフレが顕在化していけば、これら「基調」色の強い指標にもどこかで押し上げ影響はありそうだが、中長期インフレ予想は通常ごくゆっくりとしか動かないし、来年の賃上げがどうなりそうかは年末年始頃までわからない。つまり、基調的な物価上昇率の判断引き上げのタイミングは、早くとも年末年始頃(=2027年の賃上げの雰囲気が見えてくる頃)まで訪れなさそうである。
高まるビハインド・ザ・カーブのリスク
政策委員の講演や金融政策決定会合の「主な意見」などを見る限り、日銀内部では利上げに向けた機運が相当高まっているように見受けられるし、そうしたもとで金融市場も年内2回の利上げを既に織り込んでいる。こうした「前のめり感」対比では、5月下旬に公表されたCPIはやや物足りなかったことは否めないように思う。
本稿執筆時点(5月末時点)でOIS市場*2は6~7月の利上げ(0.75%→1.0%)を9割程度織り込んでいる。こうした市場の予想は日銀も当然認識しているので、6月3日の植田総裁の講演でこうした期待を打ち消すような情報発信が行われない限りは(+高市政権が明確に難色を示さない限りは)、6~7月の利上げは既定路線と言っていいだろう。
*2:OIS市場とは、金融機関同士が固定金利と一定期間の翌日物変動金利を交換する市場。日銀の将来の政策金利(利上げ・利下げ)に対する市場の予測がダイレクトに反映される指標。
一方、その先の追加利上げ(1.0%→1.25%以上)については、基調的物価の判断引き上げ材料がしばらく見当たらない状況が続くもと、日銀執行部の慎重さもあって、これまでの「半年に1回」ペースを維持せざるを得ないようにも感じられる。中東情勢、AIブーム、円安などにより水面下で着実に高まる(しかしデータでは見えにくい)インフレ圧力に対して、これまでと同じペースの利上げで十分かどうかは少々疑問が残るところである。
年度初めのサービス価格に目立った動きがなかったことにより与えられたかに見える「時間の猶予」が、ビハインド・ザ・カーブ(中央銀行の政策対応が後手に回ること)のリスクを高めることにつながってしまうとすれば皮肉な構図である。このところ中央銀行界隈で定型句になっている「data dependent」(これから出てくるデータ次第)、「meeting by meeting」(予断を持たずに会合ごとに判断)というスタンスは、ビハインド・ザ・カーブのリスクに弱い。確固たる景気分析に基づく「経済・物価見通し」が重要な局面に差し掛かっているのではないかと筆者は感じている。

河田皓史さんが本を出しました。『働く人が減っていく国でこれから起きること』(朝日新書)ぜひご覧ください。
■FIREを語る河田さんの動画もご覧ください!
関連記事
FIREしたいエコノミストが試算!インフレ下、50歳リタイアに必要な資産額は?「早く辞めたい」が日本経済を揺るがす
AIとFIREで働く人が消える? カネ・結婚・地位…「総取り」と「ゼロ」に分かれる、日本は超格差社会に
日銀の需給ギャップ改定で物価上昇圧力が鮮明に、もっとも先行きはホルムズ封鎖が状況を一変させるリスク