個人向け国債は「オルカン」に流れた家計資産をどこまで呼び戻せるか?「金利のある世界」の現実と限界

個人向け国債は投資初心者層やリスク回避志向の強い高齢者層の預金を吸い上げる強力なツールになり得る(写真:共同通信)
前回のコラムでは、自民党の資産運用立国議員連盟(会長:岸田文雄元首相)が政府に向けて提言する個人の国債保有促進に向けた提言について議論した。提言の念頭には、「海外投資家の保有比率上昇に伴い、市場が不安定化する要素が増えるため、安定的な投資家となる個人の保有率を高めたい」という思惑があるように推測される。
ただ前回も議論したように、為替市場の観点で見れば、「オルカン」に象徴される海外有価証券に傾斜しがちな家計部門の投資行動にとって、個人向け国債が新たな受け皿になる可能性、言い換えれば通貨防衛戦略という意味もある。
過去四半世紀を振り返ると、家計の金融資産は「円の現預金」から「外貨性資産(とりわけ米国株)」に急旋回している。ただ、「円の現預金」か「外貨建て資産(≒米国株式)」か、という二者択一は極論過ぎるし、「外貨建て資産」ではなく「国内株式」だったとしても飛躍がある。
「預金・株・外貨」という三択に加え、商品設計が工夫された個人向け国債はバランサーとして加わる余地があるように思える。片山財務大臣が「家計資産のポートフォリオにおいてもっと選ばれてもいい金融商品」と述べたことが大きく報じられているが、後述するように、筆者もそのように感じている。
現状は家計の金融リテラシーが高度化するに伴って、国債も含めた最適なアセットアロケーションへと変容していく過程にあると考えたい。
現在地を踏まえる限り、個人向け国債が増える余地はあるように思える。本稿では過去四半世紀の資金循環における歴史的構造を紐解きながら、今後の展望と限界を考察してみたい。
家計の国債保有が進まなかった3つの理由
マイナス金利解除以降、個人向け国債の発行額はすでに増加基調にあるが、この動きが続いても不思議ではない。日銀の資金循環統計を振り返れば(下記図表)、過去四半世紀にわたり、主要項目の中で絶対額・比率ともに著しく落ち込んだのは「国債等」だけだ。

具体的には2000年12月末と比較すれば、「国債等」の比率は3.4%から1.5%へと半減し、金額としても48.1兆円から34.4兆円へ減少している(もう1つ減っている「預け金など」は「証拠金、入居保証料、ゴルフ場預託金、従業員預り金等」であるため、大きな含意を見出すものではない)。ちなみに、比率で比較した場合、家計部門が保有する国債等は米国は5%弱、ユーロ圏は3%弱なので、やはり日本は相対的に低めだ。
本来、国債にとって追い風とも言えるデフレ的な経済環境の下、なぜこれが忌避されてきたのか。単に「金融リテラシーが低く、円の現預金だけが選好され続けた」という説もあるが、恐らくそう単純ではない。家計の国債保有が進まなかったのは異常な金融環境下における合理的な行動の帰結であった。その背景を大別すれば、3点に集約できる。
1つ目にして最大の理由は、言うまでもなく名目金利の消滅である。
1990年代後半から始まった日本経済の低迷は、もともとの理論的定義はさておき「デフレ」的であると解釈され(本当にデフレと言えるほどの環境だったのかは議論があるため“的”と付ける)、それ以降、日本経済では「金利のない世界」が定着した。それが極まった2016年1月には、マイナス金利の世界にも足を踏み込んでいる。微小な名目金利を求めて個人が国債を保有する動機は小さい。
物価が継続的に下落するデフレ経済を前提とした場合、「円の現預金」と「国債」の利回りが共にゼロであっても実質金利はプラスになるが、後者は決済利便性の面で前者に劣後する。たった0.1%の利回りを得るために流動性を犠牲にして、しかもデュレーションリスク(金利上昇に伴う債券価格下落リスク)を受け入れる理由はない。
「円の現預金」ならば価格は変動しないし、決済利便性も高く、デフレに強いのだから国債を購入する理由はない。前回の本コラムでも確認したように、個人向け国債(※販売解禁は2003年以降)は投資家が大きく優遇される設計となっているものの、それでも途中解約(1年未満)には期中金利分が控除されるというペナルティは存在している。
生命保険などを通じて進んでいた国債の間接保有
2つ目の理由は、日本経済全体で見れば、家計の直接保有ではなく間接保有が進んでいたという事実も見逃せない。
家計部門は直接的には国債を買わなかった代わりに、銀行預金や郵便貯金といった「円の現預金」のほか、生命保険といった形態を通じて資産を保守的に運用しており、それを原資として国内の民間金融機関(銀行や生保など)が国債購入に充てるという構図があった。
俯瞰すれば、家計は国債を直接的には購入していないが、間接的には購入していたということになる。資金循環統計に沿えば、日本経済において家計・企業からなる民間部門が貯蓄過剰主体になる一方、政府部門が借金(国債発行)して貯蓄不足主体となるという構図があった。
銀行部門に期待される社会的な機能は「資金が余っている経済主体」から「資金が不足している経済主体」へ資金を融通することである。ゆえに、「家計の預金で銀行が国債を購入し、政府がこれを使う」という構図は極めて理屈に沿った状況であった。
こうした情勢の下、2003年には「個人向け国債」が解禁され、その直後こそ販売額が伸びたが(図表)、緩和的な金融環境の継続と強化が繰り返される中、魅力的な利回りが提示できなくなり、家計部門の継続的保有には至らなかった。しかし、日本全体で見れば、家計の預金が金融機関を通じ国債を間接保有していた構図である。

最後の理由として、2013年以降に実施されてきた日銀による量的・質的金融緩和(QQE)やイールドカーブ・コントロール(YCC)を経て、銀行を含む民間投資家がクラウドアウトされたという事実があったことも見逃せない。
日銀が発行残高の半分以上を買い占めたことで、民間金融機関ですら保有国債を日銀に売却せざるを得なくなり、国債市場の流通量は枯渇した。金利が人為的に極限まで低く抑え込まれる歪んだ市場環境では、民間部門(家計を含む)の保有比率が押し下げられるのは必然であった。
「インフレのある世界」でどこまで国債が選好されるか?
こうした経緯を踏まえると、異質な経済・金融情勢が長期にわたって持続したことで、家計の国債保有が進まなかったのだと考えられる。だとすれば、「金利のある世界」という「普通の世界」に戻ろうとしている中、その巻き戻しは十分想定すべき話だ。名目金利の復活や前回議論したような議連提案を背景とする政策的なテコ入れもあれば、多少なりとも保有が増える可能性はある。
議連提案における「商品性の見直しや新たな商品の設計」が具現化して、中途換金ルールの柔軟化、より魅力的な金利の上乗せなどの環境整備が実装されれば、投資初心者層やリスク回避志向の強い高齢者層の預金を吸い上げる強力なツールとなる。
なお、新NISAを通じて資産運用という行為の社会的な裾野が拡がっていることの意味も大きい。実態としてオルカンに象徴される海外グローバル株式などのリスク性資産へ多くの資金を振り向けてきた個人からすれば、ポートフォリオ全体のボラティリティを抑えるための「無リスク資産(安全資産)」として国債を見る視点はあっても良い。これは2023年以前とは異なる社会環境である。
一方、大規模かつ持続的な保有増につながるかと言えば、これも定かではない。中長期的な視点では、「想定ほど増えそうにない」という懸念はある。
「金利のある世界」は、同時に「インフレのある世界」でもあるため、仮に名目金利が1〜2%に上昇する商品設計がなされたとしても、消費者物価指数の上昇率がそれを上回る水準で推移し続ければ、実質金利はマイナスである。
いや、プラスであったとしても、相応のリターンが要求される世相になっているとも言える。
というのも、多くの個人投資家は恐らく、オルカンや米株投資などを通じ、外貨建て資産のもたらす高い期待利回りを知ってしまった状態にある。円安も相まって、よほどタイミングの悪い売買でなければ損失を出す方が難しかったのが2024年以降の相場であろう。
ある程度、投資の概念が普及したことによって、個人投資家は「インフレ負け」に対し、かつてより容認しないと思われる。社会的にはNISA貧乏と言われるほど投資原資が問題される今、「預金よりはまし」という理由だけで、国債に投資する余地は大きくない。
特に、今後の資産形成の中核を担う若年・現役世代にとって、日本経済に対する成長期待は決して高いとは言えないため、そこから連想されやすい国債利回りを得るためにどこまで資金拘束を受け入れるかは相当に疑義がある。
その相場観の正否はさておき、もはや現役世代にとっての安全資産投資の対象は日本国債にとどまらず、より成長期待が望める米国債や米国株式と見なされている可能性すらある。NISA口座の保有比率を見ると、NISA発足当初は30%強だった20~40代のシェアは今や50%弱に達している(下記図表)。

「持たざる合理性」の終焉
どの程度増えるのかという点はさておき、過去四半世紀(俗に言えば「失われた30年」などに相当)における家計部門の国債離れは、決して金融リテラシー欠如の結果ではなく、ゼロ金利環境の定着や日銀による大規模購入(果てはマイナス金利政策)という異例の環境下において「持たざる合理性」があったことの必然でもあった。
「金利のある世界」へのシフトと、資産運用立国議連が主導する商品設計の見直しは、この合理性をある程度、反転させる契機になると筆者は考えている。「円の現預金」から個人向け国債へのシフトは数年単位で緩やかに進む状況にはあるだろう。
一方、そうしたシフトが家計部門の安定的な資産形成につながり、国家の資金循環を支えるほどの主柱になるのか。この点は確信が持てない。
表面的な商品設計の工夫だけで、外貨建て資産投資に目覚めてしまった家計がどれほど回帰してくるかには限界もある。家計の国債保有が真の意味で持続的に増加するためには、月並みな結論だが、インフレ率を上回る「実質的なプラス金利の安定」と、何より財政規律の回復等による「中長期的な円と国債への信認回復」が不可欠である。
結局、米国株に劣後する日本株の立ち位置を議論する際にも指摘される趣旨だが、「投資先として選ばれるだけの魅力をアピールできるか」という問いに真摯に答えられるかどうかである。まずは、金融政策においてインフレに応じた利上げを進め、政策金利を実質ベースでプラス圏まで引き上げて初めて、家計部門に国債をアピールできるような環境が整うのだろう。
※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2026年6日2日時点の分析です
2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、2024年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、2022年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、2021年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、など。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中
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