ロシアとアメリカ。2つの「宇宙基地」で、交わした”日本ロケットの父”との会話…その後に送られてきた、「超弩級書類」の正体

追悼・ロケットの神様「五代富文さん」(3)

日本の「大型ロケットの父」と言われる五代富文さんは、1975年(昭和50)のN-Iを皮切りに、N-II、H-Iロケットを手掛け、国産技術100%のH-IIロケットを実現。五代さんの采配で開発したH-IIAロケットは2001年(平成13)の初号機から2025年(令和7)まで50号機が運用され、打ち上げ成功率は世界トップの98%を誇った。

だが五代さんは奢ることなく、いつも淡々と「ロケットは失敗するものなんです、常に気を引き締めて」と語っていた。

H-II、H-IIAの遺伝子を受け継ぐ新世代の大型ロケットH3は、初号機が打ち上げに失敗(2024年・令和6)。後、順調に打ち上げを続けていたが、2025年(令和7)12月22日、8号機がトラブルにより司令破壊された。徹底した原因解明ときわめて迅速な対策を終えて、6号機(30型)が6月12日に打ち上げられる予定だ。

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日本の大型ロケットの半世紀 (NASDA、JAXAの資料を元に山根一眞が作図)

科学探求より、カネ探求…!? 宇宙ビジネスの世界

日本はH3ロケットの打ち上げが中断、日本のもうひとつの主力ロケット、イプシロンS(JAXA/宇宙科学研究所)も2回の燃焼試験での爆発事故以降、現場復帰していない。

一方米国では、イーロン・マスクが率いる宇宙企業スペースXが「スターシップ(完全再使用型2段式超大型ロケット)」の打ち上げを続けている。全世界いかなる場所でもインターネット接続を可能にするすスターリンク衛星の打ち上げが目的で、すでに1万機近くが地球を周回。「目指すのは100万機」とも言う。

世界の天文台では宇宙観測ができなくなる不安が大きくなっているが、「科学探求」よりも「カネ探求」にこそ価値がありと、スペースXは6月12日にナスダック史上に上場し12兆円を調達、時価総額は1兆7700億ドル(約283兆円)になると報道は熱くなっている。

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スターリンク衛星を筆頭に地球を網のように包み込んでいる小型衛星群のごく一部。イーロン・マスクは100万機を打ち上げると息巻いているという(出典:starrink)

スペースXの大ライバル宇宙企業、ブルーオリジンも負けじと、インターネット衛星網構築に必死で、主力ロケット、ニュー・グレンの打ち上げを行っている。ブルーオリジンは、アマゾン・コムの創業者、ジェフ・ベゾスの設立だ。いずれも、アルテミス計画による「月開発ビジネス」も標的だ。

というブルーオリジンだが、5月28日、フロリダ州の打ち上げ基地で、ロケット、ニュー・グレンがエンジンの燃焼試験中に大爆発を起こした。

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2026年5月28日、ブルーオリジン社のロケット、ニュー・グレンが試験中に大爆発した(世界中が報道した映像) 出典:NASASpaceflight(https://www.youtube.com/watch?v=r7yNQuNSGBw)

ロケット発射台も大損壊、アルテミス計画にも遅れが出ると言われているが、ジェフ・ベゾスはマスクには及ばないものの、純資産約2150億ドル(約32兆2000億円、2025年)、世界で3番目の資産家だ。この程度の失敗、損失は蚊に刺された程度にすぎないと受け止めているのでは。

2000年前後、インターネットの新ビジネスが台頭し始めた時代、私は何度か渡米しシリコンバレーの取材を続けていたが、「自宅の台所でインターネット通販の本屋を始めた者がいる」と聞いた。それが後にアマゾン・コムを怪物企業に育てたジェフ・ベゾスだった。当時の彼自身、宇宙ビジネスに巨額投資をするなどとは夢にも思っていなかったろう。

だが、今や宇宙ビジネスは巨大覇権を競い合う、いかがわしさに満ちた世界となり、彼はその主役の一人になっている。

ロケットとは失敗するもの

話を戻す。

ニュー・グレンの爆発事故に接して、まず頭によぎったのが、「ロケットとは失敗するものなんです」という五代さんの言葉だった。その真意は何だったのか。

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日本の大型ロケットの父、五代富文さん(1932〜2025)(写真・山根事務所)

五代さんが1991年(平成3)に出版した『ロケット 21世紀の宇宙開発』(読売新聞社)の中にその答があった。

〈なぜロケットはときどき失敗するのか〉

ロケットの部品の信頼性を示すとき、シックスナインとよくいわれています。これはO・九九九九九九と九が六つ並ぶほど故障しにくい、まちがいのない部品であることを示しています。百万個に一個故障するといってもいいでしょう。ところが、ロケットはおよそ十万点以上の部品からなっています。そこに冗長系がなければ、このような非常に言頼性の高い部品を使っても、十~二十回打ち上げると一回は失敗します。

部品に限らず電気回路の設計や機械的な工作でもごくごく小さなミスが100万か所に1か所あるだけでも、打ち上げを重ねるうちにそれが頭をもたげ失敗に見舞われることがあるのがロケットだ。H-3ロケット初号機と8号機の失敗も、ごくごく小さな部品や回路設計、工作の問題が原因だった。

だが日本は、H-IIAロケットで98%の成功率を手にしている。JAXAや三菱重工などのロケットエンジニアの能力と繊細さ、凄まじいまでの努力の賜物だ。6月12日、H3ロケットは、かならずやリベンジを果たしてくれると期待している。

大型ロケットの成功連続から、国際宇宙ステーション(ISS)計画参加へ

1985年(昭和60)、日本が国際宇宙ステーション(ISS)計画への参加を表明したのは、一部米国の技術導入とはいえ大型ロケットH-Iの完成を目前としていたからだろう。そして、西側主要国と日本、さらにロシアも加わったISSの建造が始まったのは、1998年(平成10)11月、H-IIロケット5号機打ち上げの9か月後だった。

大型ロケットの打ち上げ成功連続による自信が、日本の宇宙進出に弾みをかけたのだ。

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1985年頃から1991年に描かれた国際宇宙ステーション案の想像図(図・NASA)

ISSは15か国(日本、アメリカ、ロシア、カナダ、欧州宇宙機関加盟国)が協力して宇宙空間に「新しい地」を創造し、各国の代表が宇宙という「新しい地」(「地」というのも変だが)で生存の可能性を探る人類史の新たな一歩だ。

そこには国境はなく、人類が数千年にわたり殺し合ってきた「戦争」の最大の原因である「領土問題」はない。戦後長いこと冷戦状態にあった西側諸国と旧ソ連が協力してISSを運営し争うことなく同じ領土で共に生活するのは、夢の実現に思えた。

宇宙だからこそ実現する「理想の地」建設開始は、人類文化史の新たな1ページ、何としてもその始まりを見届けたかった(プーチンのような時計を逆戻しする独裁者が出てくるとはまったく思っていなかった……)。

1998年(平成10)11月半ば、私は雪と氷が覆い日中も気温が-10度Cのモスクワ入りした。さらにモスクワ〜フランクフルトと同じ距離、2600km東南のカザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地へと飛んだ。

この宇宙基地、冷戦時代には地図に描かれていない秘密基地だったらしいが、何とも殺風景な砂漠地帯だった。11月20日、CNNテレビのクルーなどの報道陣とともに現地入りしたものの、さすが旧ソ連、報道サービスはひどかった。「外を見るな」と窓にカーテンを下ろした古びたバスであちこち引きずり回され、「ここが報道撮影ポイント」という場所からは、プロトン-Kロケットの発射台も打ち上げロケットもゴマ粒ほどにしか見えず、がっかりした。

打ち上げ成功後、バスで案内されたのは舞台の背後に真っ赤なカーテンが下がったホールだった。ロシアの宇宙関係者による「記念式典」だが、ロシア人の演説はどの人も気絶するほど長かった。五代富文さんの姿もあり「ロシア人はいつもこんなでね」と言っていた。こんなことじゃ人類初の平和の地の創造も何もあったもんじゃない。

そこで2週間後、米フロリダ半島のNASA、ケネディ宇宙センター(KSC)での第2回資材打ち上げを見に行くと決意した。こちらは、有人のスペースシャトル「エンデバー」が資材「ユニティ」を運び、軌道上で「ザーリャ」と合体工事を行う。もっとも私は、打ち上げ予定日前後は日本での予定が詰まっていたので、往復機中泊、現地0泊のトンボ帰りだった(現地では、またも五代富文さんとごいっしょした)。

12月4日の未明の打ち上げ直前にはブラス・バンドの伴奏で副大統領も混じる見学者が胸に手を当てて米国国歌を斉唱した。夜明け前ゆえ、シャトルが上昇していく様は、燃料の液体水素が酸化剤(液体酸素)と混じり合い大燃焼、夜闇が真昼になったかと思うほどの眩さだった(火炎は15分後まで見えた)。

ロシア宇宙局のセルゲイ・クリカレフ宇宙飛行士ら6人の乗組員は、水素が大爆発を続けるエンジンの真上にいる。この世にこれほど怖い乗り物はないと衝撃を受けたが、カザフスタン宇宙基地での無念はケネディ宇宙センターで晴れた。

驚きのクリスマスプレゼント…「分厚い書類封筒」の中身とは

この興奮が覚めやらぬ年の瀬、1998年(平成10)12月25日付の分厚い書類封筒が郵便で届いた。五代富文さんからだった。

開封して驚いた。それはISSの日本実験棟「JEM」(「きぼう」と命名されたのはおよそ4年後の1993年)の詳細な設計図面ワンセットだった。「きぼう」は2008年〜2009年にスペースシャトルが3度にわけて部材を宇宙に運び組み立てたが、そのおよそ10年前に設計図面が届いたのだから、驚いたどころではなかった。12月25日付けなので、これは五代さんからの驚きのクリスマスプレゼントか……。

それにしても、これはどういう図面なのかーー 。

120ページにおよぶ分厚い設計図集の扉には、英文で「JEM加圧モジュールのモックアップ・仕様データ」というタイトルが記してあった。この「モックアップ」とは何を意味しているのか、今回、NASDA(現・JAXA)の古いデータを探り判明した。

「きぼう」日本実験棟の開発では、開発過程を、

  1. 開発基礎試験
  2. エンジニアリングモデル製作試験
  3. プロトフライトモデル製作試験

の3つに分けて実施した。第一段階として行った「開発基礎試験」では、重要な構造や電子回路などの機能を検討、基本的な設計仕様の妥当性を確認するため実物大模型(モックアップ)やブレッドボードモデル(BBM)を製作、これらによって必要なデータを取得したのだという。ちなみにBBMとは、宇宙用ではなく地上の一般用部品や材料を使用した簡易モデルのことだそうだ。

五代さんが送ってくれたのは、おそらく製作が進行中だったその実物大模型の図面だったのだ。五代さんがこんな「とんでもない図面」を送ってくれた「わけ」には心当たりがある。私が「とんでもない希望」を五代さんに話したからにちがいない。

私は、ISSに計画中の日本棟の計画を聞き、その完成予想図を見て、ふと思った。きわめて限られた宇宙空間に建造される日本棟は、徹底した空間デザイン(レイアウト)がなされ、壁面にはびっしりと引き出しや操作パネルが美しく配置されている。宇宙へモノを運ぶには1kgあたり1億円かかると聞いていた。それだけに「きぼう」は一切の無駄がない究極の空間デザインで設計されているはずなのだ。

当時私は、自宅を新築する準備中で建築家とあれこれ案を練っていた。とりわけ仕事場である書斎は効率的で斬新なものにしたかった。「日本棟」の床面積は約65平方米(約20坪)とちょっと広いが、そのまま地上に建設すれば理想的な書斎棟になると思えた。そんな「雑談」をカザフスタンだったかフロリダで、五代さんと交わしていたのだ。そこで五代さんは、参考になればとその図面ワンセットを送ってくれたのである。

そもそも無重力の宇宙では天井も床もない。無重力の世界では「宙」を飛んでどの面にもアクセスできるが、地上では無理だ。かつ、自宅宇宙ステーション書斎は家族の反対が大きく夢は挫折、この図面セットだけが残ったのである(いずれしかるべき機関に寄贈予定)。

当時の日本では、「宇宙開発」と言えば「予算削減」ばかりを耳にした。「宇宙ビジネスで時価総額283兆円」などという未来イメージを描ける官僚も経営者も、もちろんジャーナリストもいなかったが、五代さんは、H-IIロケットシリーズの成功をバネに、日本独自の再利用可能な宇宙往還機「HOPE」の実現にも情熱を傾けていたが予算削減で実現できなかった。

五代さんが私に、「きぼう」の図面を送ってきたのは、もし私が地上に「きぼう」の書斎を作れば人々に宇宙への関心を高め、「きぼう」や「HOPE」の実現の一助になると期待されたからだろうと思う(実現できずすみません)。

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五代さんが最後まで実現の夢を抱いていた無人宇宙往還機、HOPE。五代さんから寄贈されたその模型は今も私の書斎のお宝だ(写真・山根一眞)

五代さんはH-IIAロケットのデビューとほぼ同時期、2000年(平成12)にNASDAの副理事長を最後に退職された。だが、宇宙開発委員会委員や参与、日本航空宇宙学会会長、日本ロケット協会会長、国際宇宙航行連盟(IAF)会長、米国航空宇宙学会国際理事など世界の宇宙開発のお目付け役として活動、2020年にはIAFの宇宙殿堂入りしている。

「宇宙世界」への扉を開いた五代富文さん

五代富文さんが私に導いてくれた「宇宙世界」は数えきれないほどで、2001年4月の「微小重量体験飛行」もそのひとつだった。名古屋空港を飛び立ったダイヤモンドエアサービス(株)の双発ジェット機、ガルフストリーム2が、能登半島沖のG訓練空域で急上昇、急降下の放物線(パラボリック)飛行をすると、約20秒間、重力がほぼ0になる。

つまり、宇宙飛行士と同じ体験ができるのだ。五代さんは、欧米では実現している「一般人のためのパラボリック飛行サービスを普及できないか」と考えていて、意見を聞きたいと言われた。そこで、宇宙ジャーナリストの中野不二男さんらと体験したのである。航空機によるパラボリック飛行による無重力は、映画『アポロ13』のロケでも活用されている。

ちなみに現在、この「無重力飛行」は、実験を中心に行われていて、日本宇宙フォーラムが窓口となって「大学や企業の研究・開発チーム」などにサービスが提供されている。

日本宇宙フォーラムは、「無重力簡易実験は法人による貸切であり、高度な科学研究、商品開発、学生教育、無重力訓練、商業メディア撮影等の明確な使用目的を伴った利用を対象とします」と伝えており、4人貸切料金は約420万円。搭乗機はビジネスジェット、MU-3000だ。

*日本宇宙フォーラムによる無重力簡易実験の案内

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ダイヤモンドエアサービスによる無重力体験。右下・背を見せて浮遊中が山根(写真・山根事務所)

久しくお目にかかっていなかった五代さんをお訪ねして再会したのは2022年(令和3)だった。そして思いがけずある大事なお願いをして実現できたのだ。

2023年(令和5)3月、H-IIロケットの「孫」にあたるH3ロケットの初号機が打ち上げに失敗、対策を施した2号機の打ち上げが2024年2月に迫っていた。

そこで、五代さんに、「H3ロケットのプロジェクトマネージャ、岡田匡史さんを激励してあげてくれませんか」と話したところ、快諾してくれた。NASDAに入社した当時の岡田さんにとって五代さんは、言葉も交わせないほどの「神様」だったという。激励対談は五代さんのご自宅と筑波宇宙センターを結ぶオンラインで実現した。

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H3ロケットの岡田匡史さんをオンラインで激励する五代富文さん、当時90歳、2023年1月9日(写真・山根一眞)

そして2月17日、H3ロケット2号機は打ち上げに成功した。

その成功を私は種子島で見届けたが、真っ先に「成功、よかったですね」というメールを送ってくれたのが五代さんだった。

この経緯は『文藝春秋』(2024年4月号)に『H3ロケット JAXA再挑戦の365日』というノンフィクションとして書くことができた。

関連記事(リンク):文春オンライン、山根一眞『H3ロケット JAXA再挑戦の365日』(『文藝春秋』2024年3月7日) https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h7771

横暴的宇宙利用への警鐘

大型ロケットの神様、五代富文さんは、私にとっても数多くの「宇宙」への扉を開けてくれた「神様」だったが、H3ロケット2号機成功の1年5か月後、2025年7月24日に逝去された。

H3の岡田さんへの激励の後、五代さんは「無節操にロケットや衛星を打ち上げると宇宙デブリ(宇宙ゴミ)となって自由な宇宙活動ができなくなる」として、「持続可能な宇宙利用」のためのロケット機構想を描いたレポートを送ってくれた。

それは今思うと、スペースXやブルーオリジンなどの横暴的宇宙利用に対する杞憂であり警鐘に思える。私はそのレポートについて詳しく聞きたいとお伝えしたが、お目にかかる機会を逸したまま旅立たれてしまった。

五代さんの著書に『月に行こうか、火星に行くか』(丸善出版、2006年7月)がある。五代さん、今頃、MacBook Airの新型を片手に「平常心を忘れずにね」と口にしながら火星を散歩中かもしれません。心からの感謝を捧げ、ご冥福をお祈りしています。

(完)