「港区だけどボロボロ」「30m²・2Kで使い勝手も悪め」転勤で狭小暮らしになった夫婦が「理想を詰め込んだ部屋」を作るまで

間取りを変えることは、自分と向き合うことだったーー
壁を剥がし、床をめくる。そこに見えるのは、建物の骨組みだけではありません。私たちが無意識に縛られてきた「世間体」や「理想の家族像」という名の古い壁紙なのです。
リノベーションを通じ、住まいと人生を再定義した人たちに話を聞く本連載。第1回は築50年・25㎡の6畳1Kに、夫婦と介助犬で暮らすライターの大木奈ハル子さん(50歳)に話を聞きました。

前編では、大木奈さんが25㎡というかなりコンパクトな住まいを選んだ理由やリノベーションでおこなった工夫などを聞きました。後編では、リノベーションしたことで住まいに対する価値観や暮らしがどう変わったのかをライフストーリーからひもときます。

【画像17枚】築50年超の「30㎡」「25㎡」の部屋で暮らしてきた大木奈さん。センスが発揮された100万円セルフリノベの様子

最初に住んだのは、夫と前妻のモノであふれていた85m²

東京・中央区にある25m²、6畳1Kのワンルーム。このかなりコンパクトな空間で、ライターの大木奈ハル子さん(50)は夫と介助犬とともに暮らしている。「え! さすがに狭くない?」と思ってしまう広さだが、家の変遷を聞くともっと驚く。85m²、50m²、31m²、29m²、25m²と、大木奈さんの住まいは結婚してからの10年間でどんどん狭くなっているのだ。

大木奈さんはこの過程でリノベーションとの関係を深めてきた。まずは目まぐるしい家の変遷を、順にたどっていこう。

2015年、最初に住んだ85m²の家は、夫が前妻と暮らしていた大阪市内の分譲マンション。

「結婚を機に夫が所有していた4LDKのマンションに移り住んだのですが、電車の本数も少ないうえ、駅から徒歩15分かかる場所で。しかも家のなかは、夫の荷物と前妻の婚礼家具などであふれかえっていました」

食器棚は前妻と使っていたものでギュウギュウ。捨てたくても夫に「使えるから」と言われ、家のなかに自分のものはなにもない。近所に住む親族との濃いつき合いも息苦しい。おまけに毎月15万円の住宅ローンと200万円のカーローンも残っている。貯金もほぼゼロの状態だ。

「家にあるのは好きじゃないモノばかり。いいところがなにもない……」

不満が溜まり、夫婦の関係にも影を落としはじめていた。まずは借金のない暮らしをしようと、引っ越しを決断した。

一念発起して引っ越した50m²の「事故物件」でDIYに目覚める

2016年に移り住んだのは、50m²のマンション。「ネットで見つけた一番安い物件」で、いわゆる事故物件だった。抵抗はなかったのかと聞くと、「割安で買えるメリットしか感じなかった」と即答。相場より2〜3割安い750万円で手に入れ、ここから夫婦ふたりの新たな暮らしがはじまった。

最初に住んだのは、夫と前妻のモノであふれていた85m², 一念発起して引っ越した50m²の「事故物件」でDIYに目覚める, 「さずがに大丈夫かな」30m²の2Kで小さな家の面白さにハマる, モノを削ぎ落とし続けた先に見つけた「ちょうどいい」, 引っ越しを重ねたことで、家に対する執着がなくなった, 持たないけど、持つ暮らし

50m²の事故物件を購入。残置物としてついてきた家電と、購入したカラーボックスで新しい暮らしをスタート(写真:大木奈ハル子さん提供)

半年ほど経った頃、初めてのリノベーションを経験する。母が喫茶店で知り合った工務店の親方に「安くしてやるぞ」と声をかけられ、それならばとお願いすることにした。ただし当時はまだ、リノベーションに特別な興味があったわけではなかったという。

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キッチンのBefore & After。キッチンは安い業務用キッチンに入れ替え、壁は自分たちでタイルを貼り付け(写真:大木奈ハル子さん提供)

「間取りを変えるような大がかりなリノベーションまでは考えてませんでしたね。自分でネットで買ったキッチンやトイレを職人さんに見せて『これにつけ替えてください』とお願いするぐらい。でも自分の思うようにできたのが楽しくて、DIYにハマるきっかけになりました」

「さずがに大丈夫かな」30m²の2Kで小さな家の面白さにハマる

リノベーションからわずか半年後の2017年、夫の転勤で東京へ引っ越すことに。選んだのは、夫の職場まで徒歩圏内のマンションだ。予算内でペット可の物件は30m²の2Kの部屋しかなかった。当初はそのボロボロ具合にビックリ。マンションの住人から「私も内見したけど、めっちゃ古かったでしょ」と声をかけられるほどだったが、それでも住んでみることにした。

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老朽化が激しく、畳はワラのようだったという(写真:大木奈ハル子さん提供)

「実家が60m²ぐらいの団地で、両親と3人で暮らしていたので、50m²に夫婦ふたりならそこまで狭いとは感じなかったんです。だから30m²に引っ越したときは、さすがに大丈夫かなと不安でした。でも住んでみたら、小さい家の面白さにハマりましたね」

賃貸だったが、老朽化が激しかったためリノベーションもOK。その後、同じマンション内で引っ越しをして、4畳のキッチンと6畳のリビング、2畳の押入れという間取りを、約12畳のワンルームにリノベーションした。費用を抑えるためネットで探した「便利屋さん」に部屋の仕切りや押入れの解体を依頼して、壁の塗り替えといった部分は夫とふたりでおこなった。

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30m²2Kだった部屋のリノベーション時の様子。間仕切りと押し入れをぶち抜き、12畳ほどの箱のように(写真:大木奈ハル子さん提供)

「家の大きさに合わせてモノを減らし、隙間に残ったモノを詰めていくと、床がだんだん広くなっていく。その過程が楽しかったです」

既存の枠に自分を合わせるのではなく、空間を自分に合わせてつくり変えたい。自分のなかにあるその感覚を発揮しはじめたのが、この30m²の家だった。

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キッチンはIKEAのキャビネットを並べ、タイルを敷いてDIY(写真:大木奈ハル子さん提供)

ところが「大好きだった」と語るその家を、とある事情で引っ越しを余儀なくされた。次の住まい選びの絶対条件は、がんを患う夫のかかりつけの病院に近いこと。その条件で探した結果たどり着いたのが、現在の25m²、6畳1Kのワンルームだ。前編で詳しく紹介した通り、明らかにひとり暮らし用のサイズだが、大木奈さんにとっては「ここで会ったが百年目!」と思うほど理想的な物件だった。

では、大木奈さんの「空間を自分に合わせてつくり変えたい」という感覚は一体いつからあるのだろうか。

原点を探るには、京都で過ごした少女時代までさかのぼる。古い町家や寺社仏閣がそこかしこに残る街で育った大木奈さんは、小学生の頃から文化住宅(高度経済成長期に大量供給された、木造2階建ての賃貸集合住宅)を見て「しびれていた」そうだ。

「古い建物に憧れてましたね。古くて狭い感じにしびれるというか。豪邸いいなって思うのと同じくらい、古いアパートに住んでいる子のことをうらやましく感じてました」

築100年を超える京都大学の学生寮「吉田寮」や、戦前に建てられたといわれる「銀月アパートメント」など、長い時間を経た建物がまとう独特の空気にも惹かれてきた。その理由を大木奈さんは「京都出身というのも影響しているかもしれない」と分析する。古いものを壊さず、現代の暮らしに合わせて使い続ける街で育った経験が、大木奈さんの根底にある価値観を育んだのだろう。

モノを削ぎ落とし続けた先に見つけた「ちょうどいい」

かつて大木奈さんは、暮らしから徹底的にモノを排除していたという。

「合理的にすることにハマってたんですよね。モノが少なければ少ないほどいい、みたいな。これも減らせる、あれも減らせると考えるのが楽しかった」

狭い家は、油断するとあっという間にモノでいっぱいになってしまう。小さく暮らす快適さを求め続けるうちに、「もっと減らしたほうが身軽になれるはず」という考えが加速していった。

香水はいらない、柔軟剤もいらない。快適に暮らすための「手段」だったはずの断捨離が、いつしか「目的」にすり替わり、なくても困らないものを片端から排除することが自分のなかの「正義」になっていた。

けれどここ1〜2年、その意識が少しずつほどけてきているそう。10年近く柔軟剤を使っていなかったが、かわいらしいクマのボトルにひと目ぼれして購入。香水もまた手に取るようになった。ストイックだった暮らしに、やわらかな変化が生まれている。

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ひと目ぼれしてお迎えしたという柔軟剤のくまボトル(写真:大木奈ハル子さん提供)

きっかけを聞くと「暮らしに向き合う時間が増えたんだと思う」と大木奈さん。夫がほぼ自宅で過ごすようになり、大木奈さん自身も家にいる時間が長くなった。洗濯がただの作業ではなくなり、ささやかな日常の楽しみに変わったのだ。

「いろんなモノを削ぎ落として、今はもう一度暮らしにうるおいを戻している感じですね。モノを次々と減らすのが楽しいというところから、モノを足すと楽しくなるというところに興味がシフトしているんだと思います」

モノを削ぎ落とした先に、大木奈さんは自分にとっての「ちょうどいい」を見つけはじめているようだ。

引っ越しを重ねたことで、家に対する執着がなくなった

しかしながら25m²の家で、夫婦と中型犬で暮らす。このあまりにもコンパクトな空間での生活は、誰にでも成立するものではないだろう。

「夫はとても前向きで楽天的な人。『これからどうしよう』と悲観的になることがないので、すごくいい影響を受けてます。この家も狭すぎるし、最初私は『無理やな』と思ってたんですけど、夫は『いけるいける』と言ってましたね」

インタビューをすぐそばで見守っていた夫に「住まいを狭くしていくのは不安ではありませんでしたか」と聞いてみると、「楽しかった」と即答。その迷いのないひと言からも、大木奈さんが背中を押されてきた様子を垣間見ることができた。

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単身用の広さのため、家具は最低限。右側にある幅1mのテーブルが食事スペースでもあり仕事スペースでもある(写真:大木奈ハル子さん提供)

結婚してから10年で5回の引っ越し。一生住むつもりで買った2軒目の事故物件も、やむを得ない事情で結局は手放した。今は「売る前提」で価値の下がりにくい家を買い、夫の体調に合わせて病院の近くへ、介護ベッドが必要になったらもう少し広い部屋へと、暮らしの変化に合わせて次の場所へ移れるようにしている。

「引っ越しを繰り返すうちに、軽やかに引っ越すのはありだなと思うようになりました」

引っ越すたびにモノや広さへの執着を手放してきたことが、「定住しなければならない」という思い込みからも自由にしてくれたのだろう。

持たないけど、持つ暮らし

現在、大木奈さんはミニマリストを名乗っている。85m²から25m²へ、10年かけて住まいを縮小してきた。けれどこの25m²の部屋は、いわゆるミニマリストの住まいとはだいぶ様子が違う。

かつてはモノを減らすことに囚われていたが、今は「余白を確保しつつ、日々の暮らしに支障をきたさないだけの分量だけをもつ」生活をしているという。壁と棚にはレトロな缶や懐かしい絵本キャラクターのフィギュアが並ぶ。20年ほど前に登場し、話題となったペット型ロボットもある。好きなものが、限られた空間のなかできちんと居場所を与えられているのだ。

最初に住んだのは、夫と前妻のモノであふれていた85m², 一念発起して引っ越した50m²の「事故物件」でDIYに目覚める, 「さずがに大丈夫かな」30m²の2Kで小さな家の面白さにハマる, モノを削ぎ落とし続けた先に見つけた「ちょうどいい」, 引っ越しを重ねたことで、家に対する執着がなくなった, 持たないけど、持つ暮らし

狭いながらも好きなものに囲まれて暮らしている(写真:大木奈ハル子さん提供)

「今までモノを増やさないようにって感じだったんですけど、今はおおらかに増やしてます。自分を楽しませることに重きを置いているのかな、と」

大木奈さんはその状況を「部屋が狭く持ち物が厳選されるからこそ“好き”の純度が上がる」と表現する。一度徹底的にモノを削ぎ落としたからこそ、今手元に残っているもの、新たに迎え入れたものには理由がある。そこにあるのは、広さや便利さだけでは測りきれない、心のうるおいだ。

【前編】中央区で駅徒歩7分、築50年超の「オンボロマンション」を自分の理想へ大変身!「25m²・6畳1K」で暮らす夫婦が見つけた幸せ では、大木奈さんのリノベ遍歴をさらに詳しくお届けしている。