中国に弱みを握られたイーロン・マスクの限界 「台湾有事」でも中国にベッタリ

イーロン・マスク率いる宇宙開発企業「スペースX」が6月12日に米ナスダック市場へ上場する。企業価値は1兆7500億ドル(約280兆円)とされ、「史上最大のIPO」として注目を集めている。

だが、スペースXはもはや単なる宇宙企業ではない。同社の衛星通信網「スターリンク」は、ウクライナ戦争や対イラン軍事作戦でドローンの誘導・操縦を支えるなど、米国の軍事インフラとして重要な役割を担っている。

低軌道に1万基超の衛星を展開するスターリンクは、スペースXの成長を支える強みである一方、米軍や同盟国がマスク率いる一企業の技術に深く依存する状況は、新たな安全保障上のリスクも生み出している。

しかし、国家の安全保障が、民間企業であるスペースXやマスク個人に過度に依存している現状には、当然ながらリスクが指摘されている。とりわけ懸念されるのは、マスクと中国との関係だ。電気自動車(EV)メーカー、テスラを率いるマスクは、中国共産党の指導者たちと友好的な関係を維持することで、中国国内で単独で工場を所有・運営することを許された。また、近年はテスラの販売が各国で低迷する中で、成長を遂げた唯一の市場が中国だった。つまり、中国共産党政府は、テスラを人質に取ることで、マスクに強烈な圧力をかけられるポジションにある。

【前編を読む】スペースX上場「お祭り騒ぎ」のウラ側…「軍事インフラ企業」への変貌でイーロン・マスクがトランプ政権を呑み込む日

中国に弱みを握られたイーロン・マスク

「この状況は、マスクが今後も中国政府と友好的な関係を維持しなければならないことを意味する」と、米フォーブスは2025年2月の記事で述べていた。「アップルなどの米国企業も中国と深い関係を持つが、テスラは別格だ。同社は、合弁事業を義務づけられたトヨタやGMとは異なり、上海工場を完全に単独所有することを許されている」とも同誌は指摘した。

中国に弱みを握られたイーロン・マスク, 台湾有事でスターリンクが使えない懸念, 「ものづくりへの執着」が生んだ異端の起業家, マスクという「怪物」に依存する危うさ

Photo by iStock

こうした懸念は、スペースXの株主構成にも及んでいる。米民主党のエリザベス・ウォーレン議員らは今年2月、中国と関係のある投資家が秘密裏にスペースX株を取得した疑いがあるとの報道を受け、米国防総省に調査を要請した。同議員は以前から、「国家安全保障のインフラを、外国の中でも特に中国のような敵対国に経済的弱みを握られている一人の億万長者に委ねるべきではない」と主張してきた。今回の要請は、マスクがテスラ事業を通じて中国政府から受け得る圧力が、米軍の作戦判断に影響しないかを改めて問うものだった。

台湾有事でスターリンクが使えない懸念

この問題は、台湾有事を想定するとさらに重みを増す。対中強硬派として知られた共和党のマイク・ギャラガー前下院議員は2024年、スペースXが米国防総省向けに衛星インターネットサービスを提供する契約を結んでいるにもかかわらず、「台湾では米軍向けのサービス提供を意図的に控えている」と指摘した。

台湾政府は2019年にスペースXとの協議を始めたが、台湾で通信事業を行う企業には、株式の過半数を台湾側が保有することが義務づけられている。この条件をめぐって交渉は折り合わなかった。マスク側は台湾でのスターリンク事業について完全な所有権を求め、要件の免除または変更を要求したとされる。その後、交渉は停滞し、台湾は独自の衛星システムの開発に動き出した。

中国に弱みを握られたイーロン・マスク, 台湾有事でスターリンクが使えない懸念, 「ものづくりへの執着」が生んだ異端の起業家, マスクという「怪物」に依存する危うさ

Photo by iStock

マスク自身の発言も、台湾側の反発を招いてきた。彼は2023年9月のインタビューで、台湾は「中国の不可欠な一部」だと発言した。これに対し、台湾のジョセフ・ウー外相(当時)は「台湾は中国の一部ではないし、売り物でもない!」と公然と批判した。

直近のデータで、テスラ車の2台に1台(52%)は中国・上海の工場から生み出されている。中国に売上の2割以上を依存し、製造の過半を上海工場に頼っているというこの生々しい数字こそが、中国共産党政府がイーロン・マスクに対して持っている「巨大なカード」の正体だ。

スペースXのIPOは、この地政学的リスクを抱えた巨大防衛テックが、公開市場へと踏み出すことを意味する。宇宙、通信、AI、防衛を一体化させた企業が、国家安全保障の中枢に入り込む一方で、その創業者は中国との深いビジネス上の利害を抱え続けている。このねじれこそが、スペースX上場をめぐる最大の不安材料の一つだ。

「ものづくりへの執着」が生んだ異端の起業家

現時点で世界トップの富豪であるマスクの総保有資産は、8390億ドル(約132兆円)で、スペースXのIPOによって1兆ドル(約160兆円)の大台を突破する可能性がある。世界長者番付の上位には、グーグル共同創業者のラリー・ペイジやセルゲイ・ブリン、アマゾンのジェフ・ベゾス、メタのマーク・ザッカーバーグ、オラクルのラリー・エリソンらが並ぶが、マスクがこれらのテック業界の富豪と明確に異なるのは、「ものづくりの現場」を深く知っている点にある。

スティーブ・ジョブズもかつて、デザインとユーザー体験のためにハードウェアの細部にこだわった。だが、マスクはそれをさらに進め、物理的な生産コストをいかに下げるか、いかに速く作るかという製造現場の問題に自ら踏み込んできた。

ジョブズとマスクの両方の公式伝記を書いた唯一のジャーナリスト、ウォルター・アイザックソンは2023年の評伝『イーロン・マスク』の中で、マスクが「ロケットの溶接」「バッテリーセルの化学組成」「自動車の鋳造(ギガプレス)」といった泥臭いハードウェアの製造現場を主戦場としてきた姿を描いている。2018年、テスラが生産拡大に苦戦し、破綻寸前に追い込まれた際、マスクは「生産地獄」と自らが呼んだ工場の床で寝起きしながら、製造工程の自動化の失敗を自ら修正した。

中国に弱みを握られたイーロン・マスク, 台湾有事でスターリンクが使えない懸念, 「ものづくりへの執着」が生んだ異端の起業家, マスクという「怪物」に依存する危うさ

Photo by iStock

この「ものづくりへの執着」こそが、マスクをテック業界の富豪のなかでも突出した存在に押し上げた。スペースXはその延長線上で、ロケットや衛星というハードと、通信ネットワーク、データ伝送、AIアルゴリズムというソフトを一体化させた。既存の防衛請負企業が、政府からの発注を受けて兵器やシステムを開発するのに対し、スペースXは民間市場で磨き上げた技術を、軍事インフラへと転用している。

そこに、同社の強さと危うさが同居している。スペースXは、ロケット打ち上げで西側世界の宇宙アクセスを事実上支配し、スターリンクで戦場の通信を支え、スターシールドで偵察・監視網を構築し、さらにゴールデンドームでは次世代ミサイル防衛の中核を担おうとしている。そこにxAIを取り込んだことで、同社は宇宙、通信、軍事、AIを束ねる巨大プラットフォームへと姿を変えつつある。

これまで非上場だったスペースXは、財務状況や内部統制の多くが外部から見えにくい存在だった。上場すれば、一定の情報開示や市場の監視を受けるようになる。その意味では、透明性が高まる側面はある。だが、同時にIPOは、スペースXに過去最大規模の資本を与えることにもなる。

マスクという「怪物」に依存する危うさ

問題は、その資本が向かう先だ。スペースXが手にする巨額の資金は、低軌道衛星(LEO)網、軍事通信、偵察衛星、ミサイル防衛、AIインフラが一体となった「巨大防衛プラットフォーム」の構築をさらに加速させる可能性が高い。これは、既存の防衛企業に対する価格破壊や技術革新をもたらす一方で、米国と同盟国の安全保障が、マスクという一人の起業家の判断にますます左右される構造を強めることでもある。

卓越したエンジニアであり、起業家であり、資本市場の寵児でもあるマスクは、その一方で、激しい感情の振幅を抱えた人物でもある。時に暴君のように周囲を追い込み、SNS上の一言で市場や外交、安全保障をめぐる議論を揺さぶってきた。マスクの異常なまでの集中力と実行力は、スペースXやテスラを前例のないスピードで成長させてきた。X(旧ツイッター)やニューラリンク、ボーリングカンパニーを含め、彼が率いる企業群では、独裁的ともいえるトップダウンが組織を突き動かす原動力になってきた。だが、その衝動性や個人的な利害は、すでに国家の軍事インフラにも影を落とし始めている。

中国に弱みを握られたイーロン・マスク, 台湾有事でスターリンクが使えない懸念, 「ものづくりへの執着」が生んだ異端の起業家, マスクという「怪物」に依存する危うさ

Photo by iStock

スペースXの上場は、この「怪物」が公開市場からさらに巨大な資本を得ることを意味する。投資家にとって同社株は、宇宙、AI、防衛をまたぐ前例のない成長銘柄かもしれない。だが国家にとって、同社のIPOは、軍事通信、偵察、ミサイル防衛、AIインフラの中枢が、一人の民間起業家の判断にさらに深く結びついていくことを意味する。

国家の安全保障を、どこまで一人の天才に預けてよいのか。スペースXの上場は、その問いを投資家だけでなく、米国政府や日本、そして台湾やウクライナのようにスターリンクの存在に安全保障を左右される国々にも否応なく突きつけることになる。

【もっと読む】トム・クルーズもビックリ仰天…米議会で「トップガン・マーヴェリック法」が成立、アメリカ人が愛する戦闘機「F14」の”光と影”