日本が「太平洋正面」の防衛力強化に踏み出す理由

これまで手薄だった太平洋側の防衛, 「後方」という前提を揺るがす中国軍の太平洋進出, 太平洋島嶼国への経済・外交を通じて影響力拡大, 台湾有事と「第2列島線」の戦略的意味, 原子力潜水艦の導入が視野?

2026年改定予定の安全保障関連3文書では、「太平洋防衛の強化」が盛り込まれる方針だ。増大する中国軍の太平洋進出に対し、強い危機感が持たれている(写真:mirai4192/PIXTA)

中国軍の太平洋での活動が著しく活発化する中、日本が太平洋正面の防衛体制をいかに強化するかが、安全保障政策上の重要な課題になっている。政府は2026年改定予定の安全保障関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)において、「太平洋防衛の強化」を盛り込む方針だ。

太平洋は日本の領空・領海やシーレーン(海上交通路)の防衛のための要衝であり、台湾有事ではアメリカ軍が展開・補給する主要ルートともなる重要な海域である。その場で中国軍の活動が常態化することに、政府・自衛隊内で強い危機感が共有されつつある。

中国が旧日本海軍の島嶼防衛や太平洋戦争期の作戦を研究している点も警戒されている。中国の軍事研究機関や学術誌では、太平洋島嶼国を拠点化してアメリカ軍の補給や増援を妨害する旧日本軍の作戦構想が、作戦・補給・情報の各側面から分析されている。

航空自衛隊の森田雄博航空幕僚長は26年1月20日の記者会見で、「周辺国等の動向を踏まえれば、太平洋防衛の強化は喫緊の課題である」と強調した。太平洋が日本防衛の「正面」の一部になりつつあるのだ。

これまで手薄だった太平洋側の防衛

戦後の日本の防衛態勢は、北のロシア、日本海側の北朝鮮、西の東シナ海方面の中国を主たる対象として構築されてきた。2010年代以降は南西諸島への部隊配備や装備増強を進める「南西シフト」が行われた。

その一方、太平洋側は外国軍の侵入リスクが低いとされ、「比較的安全な後方」と位置づけられてきた。

こうした認識の下、政府は、伊豆諸島からグアムへと連なる第2列島線上に位置する小笠原諸島周辺の空域を、日本の防空識別圏(JADIZ)に含めてこなかった。

これまで手薄だった太平洋側の防衛, 「後方」という前提を揺るがす中国軍の太平洋進出, 太平洋島嶼国への経済・外交を通じて影響力拡大, 台湾有事と「第2列島線」の戦略的意味, 原子力潜水艦の導入が視野?

日本の防空識別圏。小笠原諸島は含まれていない(図:防衛省『防衛白書』より)

外国軍が侵入してくる可能性が低いとの判断の下、小笠原諸島では、実質的な軍事拠点は硫黄島に限られてきた。もっとも、その硫黄島も火山活動による地盤隆起が著しく、固定式桟橋や大規模港湾施設の整備が困難という構造的な制約を抱えている。太平洋側の防衛インフラ整備は、こうした地理的・自然的条件も相まって、長年にわたり優先順位が低く抑えられてきたのが実情だ。

さらに、インド太平洋地域を担当するアメリカ海軍第7艦隊が横須賀を拠点とし、太平洋正面は米軍の圧倒的な制海・制空権によってカバーされているとの認識も、日本側に一定の安心感をもたらしてきた。航空自衛隊は、硫黄島の地上レーダーや早期警戒管制機(AWACS)を活用して警戒監視を行ってきたが、島嶼が点在し、海空域が極めて広大な太平洋では、常時・継続的な監視体制にはおのずと限界がある。

実際、日本が太平洋上で恒常的に使用できる飛行場は、海自が運営する硫黄島と南鳥島の両航空基地にとどまっている。ただし、南鳥島の滑走路は約1400メートルと短い。たとえ、短距離離陸・垂直着陸が可能なF35B戦闘機であっても、インフラなども整っていないことから運用が難しい。

「後方」という前提を揺るがす中国軍の太平洋進出

太平洋側が「後方」と見なされた前提を崩したのが、中国軍の太平洋進出と挑発行動だ。中国海軍は第1列島線を越え、西太平洋での活動を常態化させている。

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中国が想定する第1列島線と第2列島線(図:共同)

象徴的なのが2025年5〜6月の事例で、中国海軍の空母「遼寧」と「山東」が太平洋で同時活動し、艦載戦闘機などの発着艦を計1000回以上実施した。さらに「遼寧」は南鳥島の南西約300キロを航行し、第2列島線を越えて太平洋へ進出した。中国空軍の爆撃機や早期警戒機、電子戦機も西太平洋へ進出する動きを強め、海空軍力を統合した太平洋進出が常態化している。

こうした中国軍の行動を理解するうえで、注目されているのが、中国側で進む太平洋戦争期の旧日本軍研究である。中国人民解放軍軍事科学院や中国人民解放軍国防大学といった軍事研究機関や軍事学術誌では、太平洋戦争期の旧日本軍が島嶼をどのように拠点化し、アメリカ軍の補給や増援を妨害しようとしたのかが、作戦・補給・情報の各側面から分析されている。

具体的には、トラック諸島、サイパン、硫黄島といった要衝が研究対象だ。旧日本軍が平時には民生名目で港湾、滑走路、通信施設、気象観測拠点などのインフラを整備し、有事に軍事利用へ転用した点が強調される。

旧日本軍は、太平洋の島々を単なる前線基地ではなく、アメリカ軍の兵站を攪乱する「海上の生命線」と位置づけていた。国際条約による露骨な軍事化の制約を避けるため、港湾や滑走路などは漁業調査や気象観測といった「民生目的」を装って整備されていた。これが平時に基盤を築き、有事に活用するという発想である。

アメリカでもこの種の分析は現実の戦略議論に影響を与えつつある。25年11月、アメリカ連邦議会の諮問機関「米中経済安全保障検討委員会」が公表した報告書では、中国が太平洋諸島で戦略的影響力を拡大する活動を継続しており、経済・外交的手段と軍事的意図が重層的に絡んでいることが指摘された。

中国の進出には、歴史と現代の戦略が交錯する側面がある。「旧日本軍の島嶼戦略」の手法がそのまま再現されているわけではないが、平時のインフラ整備を通じて戦略的価値のある地点を押さえるという考え方には類似点が指摘される。

ワシントンのシンクタンク「民主主義防衛財団(FDD)」によると、グアムの南約670キロメートルにあるミクロネシア連邦ウォレアイ環礁では、旧日本軍が戦時中に建設した滑走路を中国企業が再建中だ。滑走路とターミナルはほぼ完成し、2月に開設のための検査が予定されている。アメリカ軍基地の至近で行われるこうしたインフラ整備と軍事的利用の両立には、強い懸念がある。

太平洋島嶼国への経済・外交を通じて影響力拡大

過去20年余りで中国は太平洋島嶼国の主要な貿易・投資相手国となった。観光、インフラ、資源開発を通じた経済関与は、島嶼国の中国依存を強め、外交的選択肢を狭めている。2010年時点では南太平洋島嶼国12カ国のうち6カ国が台湾と外交関係を維持していたが、その後キリバスやソロモン諸島などが中国に接近し、台湾との国交を断絶した。

中国は経済的影響力をテコに、国連など国際機関での支持も取り付けてきた。さらに近年、中国は治安支援や警察協力といった名目で、安全保障分野にも踏み込んでいる。この動きは、中国モデルや権威主義的統治手法が島嶼国に浸透する懸念を生んでいる。

中国のソロモン諸島、フィジー、サモア、キリバスへの接近は、旧日本軍が太平洋戦争期に目指した「米豪間の連絡遮断」という戦略を想起させる側面がある。

中国が旧日本軍の島嶼戦略を研究する背景には、台湾有事を見据えた現実的な作戦構想がある。中国指導部は、台湾をめぐる衝突は台湾周辺だけで完結するものではなく、その外側に広がる作戦空間が勝敗を左右すると認識している。とりわけ重視されているのが、「第1列島線」を突破した先に位置する「第2列島線」だ。

台湾有事と「第2列島線」の戦略的意味

小笠原諸島、グアム、サイパンなどを結ぶこの線は、米軍が西太平洋で作戦や補給を行う際の重要な拠点帯でもある。中国は台湾有事に際し、第2列島線までを含む広い作戦空間で米軍の増援や補給を阻止・制限することを重視しており、米軍がこの線を自由に使えるかどうかが、戦局を左右する分水嶺となる。

日本にとって重要なのは、この第2列島線の内側、あるいはその近傍に硫黄島や南鳥島といった自国の拠点が存在する点だ。台湾有事は、日本の太平洋正面そのものが作戦空間に組み込まれる可能性をはらんでいる。

中国の太平洋進出を受け、日本政府は太平洋正面での防衛態勢を現実的に見直し始めている。防衛省では、太平洋防衛に係る自衛隊の必要な体制について検討する「太平洋防衛構想室」(仮称)の4月設置を目指している。 

実際の取り組みは、日本の離島で最も顕著に表れている。硫黄島は、浅い沿岸や地盤隆起の問題を抱えつつも、港湾や滑走路の強化を進める対象となっている。さらに、航空自衛隊は鹿児島県奄美市や沖縄県北大東村に移動式警戒管制レーダーを配備し、島嶼部での海空域監視態勢を強化している。

南鳥島は日本最東端の拠点として広大な太平洋の警戒監視に不可欠であり、南鳥島周辺の海域では希少資源の確認も進んでおり、防衛と経済安全保障の両面から注目される。

こうしたインフラ整備はF35B、AWACS、将来の無人機など航空戦力との連携を想定している。広大な太平洋で持続的かつ柔軟な行動を可能にするためには、港湾、滑走路、通信といった基盤整備が前提となる。

さらに、太平洋上での対中抑止の切り札となりうるのが、原子力潜水艦の導入だ。中国空母の動きを継続的に追尾・監視する手段として、長期間の潜航能力と高い機動力を併せ持つ原潜は、有力な抑止力になりうる。しかし、海自はディーゼル電気推進方式を採用した通常動力型潜水艦を保有しているものの、原潜は保有していない。

原子力潜水艦の導入が視野?

齋藤聡海上幕僚長は26年1月27日の定例記者会見で、太平洋防衛の強化のための原潜の有用性をめぐる筆者の質問に対し、次のように述べた。

「原子力潜水艦の能力は非常に高いものがある。長く潜り続けられることやスピードが速いことなど、戦術的には格段の能力向上が見込まれる。大臣も述べているとおり、次世代の潜水艦については幅広いオプションがある中で、しっかりと検討していくということでしたので、われわれは潜水艦を含む水上ビークル(艦艇)を持つ専門家として、積極的に関与できるようにあらゆるケースを考えながら、その議論に臨んでいきたいと思っている」

中国海軍の太平洋進出が常態化する中、日本の防衛戦略は従来の延長線では対応が難しい局面を迎えている。太平洋正面での抑止力をいかに確保するのか。原潜を含む将来の戦力構想が、今後の重要な論点となりそうだ。