実はいま、ロシアで「ウクライナ戦争終戦」に向けたシナリオ作りが始まっている…日本人が知らない具体的な中身
前編【ロシアの専門家が察知した「習近平は戦争準備を進めている」という確信的な予兆】では、ウクライナ戦争を背景としたロシアが中国に同調して日本叩きを行う背景を解説した。しかし、ロシアはこの中国に振り回されざるを得ない構図をよしとしてはいない。最近になって水面下で、この軛を抜け出す動きを始めている。そしてその対象が実は日本なのである。
「日本」というロシアにとってのカード
ウクライナ戦争の長期化という苦境のために、中国にすり寄り、おもねらざるを得ないという構図にロシアはある。しかし、実は、そういう露中関係を修正したいという動きがロシア国内に芽生え始めているのもまた確かだ。
そして、実は日本政府も、それに呼応するような動きを水面下でやっている。まずそのきっかけは、2024年11月7日のトランプ当選の日に起きた。
この日はちょうど、この年のロシアを代表する外交・安全保障問題のシンポジウム「ヴァルダイ国際討論クラブ」の会議でのプーチンのセッションの当日だった。会議では明らかに私に質問の機会を与えるような設定にされていた。そこで私は日露関係・露中関係について質問した。
「このまま行ってしまうと、ロシアが目指すような多極化の世界は実現しないのではないか。日本はアメリカとの関係を接近し、ロシアは中国との関係を強化していく。これでは二極化であって多極化の世界ではない。ロシアはどうやって多極化を担保しようとしているのか」
するとプーチンはえらい剣幕で怒りだした。
「日本だってアメリカと軍事演習やっているじゃないか。我々は当然、そういうアメリカとその同盟国の脅威に対抗するために軍事演習をやっているんだ」と反応をいったんやった上で、二国間関係について話を移した。
「日露は安倍政権の時に、なんとかこの難しい平和条約問題を解決しようといろいろやった、難しい問題も取り組んできた、ところが日本はこのウクライナの問題で急に日本が制裁をロシアにかけてきた。日本にも頭のいい人たちはいる。それはエネルギーの人たちだ。エネルギーの分野は制裁をかけていないし、やっぱり協力を続けている」。
さらに「ロシアは日本文化が好きだし、日本食は好きだし、今後5年、50年と日本との関係を発展させたい思いがあるんだ」と、日本に対し異例な熱いメッセージをなぜか送った。
実はこのようなプーチンのメッセージに対して、日本政府も、実は水面下でそれなりに反応をしてシグナルを送り、対話の糸口を切り開けないかという模索を実際にやっている。
もちろん、制裁の問題はアメリカが解除しない限り無理だ。ただ一方で、これだけ東アジアの情勢が不安定化している中で、日露が戦略対話の機会をまったく持てないというのは、ちょっとまずい。なんとか対話の可能性を切り開けないかということで、いろいろと模索が行われている。実はそのチャネルが文化学術交流だ。これは制裁対象外だから、積極的に出来る。

サハリンの天然ガス田プラットフォーム
そしてもう一つ。エネルギーもまた日露の関係を繋ぐとても重要な要素になっている。
昨年2025年10月の日米首脳会談では、トランプから直接、サハリン石油・天然ガス田の権益を手放すように圧力をかけられたが日本側は「そうしたら中国の手に渡る」といって拒否した。
イラン戦争でホルムズ海峡経由の輸入が困難になるという事態になって、サハリン2からの天然ガス輸入に加え石油輸入というカードを何度か切っている。そういう意味では、サハリン石油・ガス田の権益を維持しておくことは、やっぱり正しかった。トランプの圧力に対して、よく踏ん張ったといえる。そしてロシアは、当然、日本のこの動きを見ている。
文化・学術交流が下支えする日露関係
前編でも触れた去年1月14日のラブロフの年頭記者会見では、日本については「制裁に参加した」と言って批判をしたが、「ただし」と続く。「いくつかの例外がある。少なくとも我々は文化やスポーツや共同の教育プロジェクトを政治の犠牲にしたことはない、一度もない。我々は、このことについては評価をしている」と語っている。
要するに、他のあらゆる日本がやっている「悪いこと」にもかかわらず、日本は「ロシア文化フェスティバル」に呼ばれるロシアのパフォーマーたちを含め、訪問団をちゃんとホストしてくれていると。そして、今年もまた秋に行われると。「このような勇気はすべての、あらゆる国が持っているものではない、やってない国もたくさんある」とまで発言している。
今年の1月20日の記者会見では、ラブロフは前編で述べたように岩国、与那国へのアメリカと日本の中距離ミサイル配備の批判まで行っている。

ラブロフ・ロシア外相 by Gettyimages
「しかしながら」とまた続けられる。
「我々はこのことは決して健康的じゃない状況だと確信している。依然としてコンタクトは限定的だ。我々はそのようなコンタクトを否定はしない。ただし、このような背景、地政学的な問題に関する非常に深刻な矛盾・対立にもかかわらず、日露の文化・人道の協力は、ポジティブな方向で発展している」。
欧米(イタリアとか)で行われるようなロシアのカルチャーや芸術やそのパフォーマーたちをキャンセルするということはない。文化フェスティバルは、今年も行われる、ということをわざわざ言及する。
要するに、ウクライナ問題が解決しないうちは、やはりアメリカ対露中という基本的な対立構図は変わらない。ただし、ウクライナ問題が解決し、米露関係が正常化すれば、この露中が対日本で緊密に連携する構図は一挙になくなるということはないにしても、徐々に緩やかになる可能性は十分にある、ということだ。
外交・安全保障協議の復活へ
ここに来て新たな動きが浮上してきている。その「ロシア文化フェスティバル」の主催者のシュビトコイ大統領特使が、5月10日前後に日本に来たときに、日露は次官級協議をやるべきだと発言した。
彼が言っている次官級協議というのは、文化面のことではなく外交・安全保障のことだ。この話は、もともと前段がある。4月8日に武藤顕・駐ロシア大使がロシアのルデンコ外務次官と会っている。
武藤大使がルデンコ外務次官と会うのは、これまで数度しかない。大事な局面でしか会っていない。武藤大使は「外相会談」を提案したのではないかと言われている。
これに対し、そのあとに、鈴木宗男・参議院議員がロシアに行き、ルデンコ次官にあった。そこで7月のASEAN外相関連会合で、外相会談をやる用意があるとルデンコ次官は 述べたという。
そのあとにシュビトコイ特使が来日して、鈴木宗男議員と会談している。そこで次官級会談に言及しているのだ。面白いのはシュビトコイという文化担当特使が、事実上もう対日関係の外交特使のような形で今回動いていることだ。ロシアから見て、その「文化」というパイプを、日本側が傷つけなかったから、向こうからしたら、じゃあそこでいくと。多分、水面下で調整が行われているのだろう。

2025年の「ロシア文化フェスティバル」の開幕で挨拶をするシュビトコイ特使 by ロシア大使館
最近の軍国主義批判はともかくとして、日本とロシアは、まだ決定的な喧嘩やっていない。お互いがギリギリのところで踏みとどまって、関係改善の可能性を残そうとしている。
もちろん、直ぐにというわけには行かない。ともかくウクライナ戦争が何らかの形で収束しないかぎり、ロシアの中国全面依存という構図は変わらず、中露関係の中でロシア外交の自由度がわずかなりとも生まれる余地はないからだ。
始まったロシアの「終戦工作」
そういう中で、最近、ロシアで面白い動きが表面化した。政府は「ロシアが対ウクライナ特別軍事作戦で勝ったんだ」というストーリーを実は作っているというものだ。
ロシアは当初、「ネオナチ政権のウクライナを完全に、親露のウクライナに変えてしまう、それが目標。そこまでは我々は戦争をやめない」と公言していた。だが現状それがもう軍事的には無理であることが、あからさまになった。経済的にも同様だ。
現状で、仮に今、トランプが仲介をしている、ドンバスを、一応ロシアのテリトリーにするという条件でもって「勝利」とする、というストーリーを、実は作ってるのではないかという記事が、5月7日に反政府系のメディアが出して話題しなった。私は、これは結構、信憑性高いのではないかとみている。プーチンに近い人間が、ほぼ似たようなロジックの論文を、最近出したからだ。
その筆者は、前編でも紹介した、中国の「挙動不審」を分析した中国専門家のヴァシーリー・カーシン。彼は他でもない、トランプ政権誕生した後に、ウクライナ問題を巡って米露関係が正常化したら露中の力関係も変わると主張した張本人なのである。今回の論文の中では中国のことには、ひと言も言及はない。彼が言っているのは、ウクライナ戦争は、もうこれ以上続けると、経済的なリスク、エスカレーションなど、もろもろのリスクがあるので、今、政府がアメリカと話してるこのラインで終わることがロシアにとってのベストシナリオだという主旨だ。
彼の論文はフィナンシャル・タイムズのギデオン・ラックマンが、直近のコラムでわざわざ言及するなど世界的な注目を浴びている。

マリウポリ by Gettyimages
もちろんウクライナ側はウクライナ側の考え方があるし、ならば本当にドンバスを明け渡すということはウクライナにとって受け入れ可能なのかという議論はある。
しかし、この論文、そしてこの内容に対するメディアの反応を見ると、まさに今、ロシア国内で、「そろそろ戦争は、終わりだ」という、ある種の世論作りが始まってると見ることができる。
面白いことに、このカーシンの論文が公開された日が5月21日。プーチンの訪中の翌日だったということだ。これは、偶然ではないだろう。
カーシンはロシア有数の中国専門家でもある。このタイミングでの彼の意見表明は、ウクライナ問題を巡る米露関係と露中関係というのは、実はセットだとロシア上層部で考えられていることを意味する。
ウクライナ問題が決着つくまでは、ロシアにとって中国との関係は、それこそ高市早苗がトランプに接するのと同じように、べったりくっ付くしかない。しかし、もう次の準備を、視野に入れて始めてる。
中国との関係を、表向き悪化させる必要はないし、そんなことはやらない。だけれども、中国が日本叩きのテンションを高め、ロシアに同調を「強要」する状況下で、今までできなかった日本との関係を、文化のみならず、別のところでも拡大するということは、ロシアは、対中関係の自由度を高めることを真剣に考え始めたといえる。
この一件を見ても、ロシアはウクライナ戦争下の中国との関係を、このままで良いと考えてはおらず、さらに外交の自由度の回復を企図して、ウクライナ戦争の終戦をかなり真剣に考え始めているのではないだろうか。
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