「タワマンステーキ」のある街で聞いた旧住民の声

田町駅前の再開発現場(筆者撮影)
超高層ビルだけじゃない街
JRの田町駅(東京都港区芝5)と地下鉄三田線の三田駅(港区芝5-18-8)は、直線距離で300mほどだ。この界隈には10棟以上の高層ビルが林立している。三田駅の北側には、慶応大学の三田キャンパスがあって、駅前の交差点を渡った先には「慶応仲通り商店街」が街のにぎわいをつくっている。
【写真で見る】メニュー名「テラスハウス」「タワマン」「ザ・スカイ」のポークステーキ
一方、田町駅の駅前には東京科学大学田町キャンパスが広がっている。2024年に東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して誕生した大学だ。一帯は学生街と言っていい。また、三菱自動車を含む三菱系の会社やNECが拠点を置くビジネス街でもある。

田町駅近くの本芝公園(筆者撮影)
田町駅が開業したのは1909年(明治42年)12月16日だ。当時の線路は、ほぼ海岸線にあった。それ以前、江戸時代は海だった。当時の地名は「芝田町」。海岸線に広がる砂浜は「芝の浜」と呼ばれていた。落語の人情噺「芝浜」の舞台となった場所だ。腕はいいけど呑んだくれの魚屋が、早朝この浜で大金の入った財布を拾うことから始まる噺だ。
現在の田町駅周辺に、芝浜の面影はない。360度、視界のどこかに超高層ビルが並び、駅前ではさらに再開発の工事が進む。

田町の駅から見える工事風景(筆者撮影)
田町タワーを過ぎると…
田町駅前の工事現場は背の高いトタンの壁でぐるりと取り囲まれている。この白い壁に沿うように歩いて、29階建ての「田町タワー(港区芝5-33-11)」を過ぎると、線路沿いに「本芝公園(港区芝4-15-1)」が見えてくる。公園内には、ここが芝浜の舞台であることを物語る石碑「芝浜の記憶−舟」が建っている。

「本芝公園」内にある案内地図。現在の田町駅は、江戸時代は武家屋敷の並ぶ場所だったようだ(筆者撮影)

「芝浜の記憶−舟」(筆者撮影)
案内書きには「芝浜の記憶を後世に残すため、昔のかい、ウナギかま、モリ先などの魚撈具(ぎょろうぐ)を彫りこんだ舟の彫刻を作り設置したものである」とある。まわりを超高層ビルに囲まれた石碑だが、たしかにここは落語「芝浜」の舞台だったようだ。そのすぐ近くには、勝海舟と西郷隆盛の会見が行われた薩摩藩邸跡地の石碑もある。
1868年(慶応4年)3月14日、幕府陸軍総裁の勝海舟と西郷隆盛が会見し、江戸無血開城を取り決めたとされる場所だ。高層ビルの谷間、知らずに歩けば見過ごしてしまいそうな石碑だが、かつての芝浜からは日本の夜明けが見えたのかもしれない……なんて、慣れない脳内歴史散歩で遠出をしすぎると迷子になりそうなので、昔話はこのくらいにする。
勝と西郷の会見場所を背に、国道15号を越え、三田駅を過ぎると「慶応仲通り商店街」が慶応大学に向かって伸びている。通りはホルモン焼き、中華料理、居酒屋などが並ぶ活気のある風景だ。この商店街を通り過ぎてしばらく行った先に面白い店を見つけた。創作料理・ワインバーの「belts 三田(港区三田5-6-5)」だ。

「belts 三田」の外観(筆者撮影)
スパイスで調理したチキンをライスの上に乗せた「チキンオーバーライス」の専門店なのだが、近所にタワマンが増えてきたことをきっかけに、分厚いポークステーキをメニューに加え、人気となっている。
メニュー名「テラスハウス」は200gのポークステーキ、厚さは2cmだ。続いて「タワマン」。こっちは300gで3cm。さらに胃袋に自信があるなら「ザ・スカイ」の500g、5cmに挑戦してもらいたい。ちょうどランチタイムだったので、さっそくおじゃまして厚さ3cmのタワマン(1680円)を注文した。

ポークステーキ・タワマン(筆者撮影)

belts 三田のポークステーキメニュー(筆者撮影)
タワマン「白金ザ・スカイ」にちなんだメニューも
ステーキは見るからにボリューミーなのだが、低温加熱でじっくり調理しているので、やわらかく食べやすい。味付けは素朴なのだが、焼きあとのついた表面の香ばしさと、肉の内側のとろっとしたうま味が舌を喜ばせてくれる。歳のせいか、脂っこいものにめっきり弱くなった私だが、この分厚いポークステーキは、なんなくペロリと完食することができた。

「belts 三田」のオーナー國領浩樹さん(筆者撮影)
オーナーの國領浩樹さんに話を聞いた。
「この店は今年で8年目です。この界隈は、昔は町工場などが軒を連ねる場所だったようですね。この店も元は機械工場だった。それをニューヨークのブルックリンにある店のようなイメージで改築しました。たしかにタワマンは増えていますが、昔から住んでいる人が多い街でもあります。
学生も多いし、都会の真ん中だから、オープン当初は街の外から来るお客さんを意識して店作りをしていたんです。でもそれじゃだめなんだということに気づいた。そこからは……なんと言ったらいいのかな、地元に古くから住んでいる人にも楽しんでもらえるようにメニューを工夫しました。おいしい肉を手頃な値段で楽しんでもらうためのポークステーキもそのひとつです」(國領さん)
低温で2時間調理した豚肩ロースを、注文ごとに切り分けて表面をフライパンでカリッと焼き上げる。地元のお年寄りにもファンが多いそうだ。
「近くに白金ザ・スカイ(2022年竣工)というタワマンができたこともあり、メニュー名はそれにちなんだものにしています。わかりやすいのでお客さんの反応も上々です」(國領さん)
タワマンの街にあるタワマンにちなんだメニューが、「タワマンだけじゃない街」の魅力についても語っているようで、不思議な気分になった。
「belts 三田」を出て、田町駅方向に戻る。慶応仲通り商店街を来たときとは逆向きに歩いた。幅の広い道沿いには高層ビルが壁のように建ち並び、その影に隠れるように一段低い建物が密集する。商店街はこれらを縫うようにして伸びているので、渓谷の底を歩いているような気分になる。
ところが、JR田町駅を越えると、また違った風景に出会う。駅から東に伸びる「なぎさ通り」に沿って連なる店たちは「芝浦商店会」としてまとまっている。こちら側もタワマンが林立することに変わりないのだが、埋め立て地なだけあって、それぞれの道幅が広い。そのぶん景色に開放感がある。
自分史上最小の店を発見!
どちらがいいとか悪いとか言っているのではない。駅を隔てて少し歩くだけで、まったく趣の違う商店街を楽しむことができるのだ。

慶応仲通り商店街。慶応大学側の入り口(筆者撮影)

芝浦商店会のあるなぎさ通り(筆者撮影)
なぎさ通りに沿ってある7階建てのビルの1階に、自分史上最小の店を発見した。階段の脇、管理人室のような場所に「合カギ はんこ ムトウ」の看板が出ている。開閉式の庇(ひさし)が、通りに張り出すようにかかっており、その下にネーム印の回転式のラックが置かれている。店舗自体はたぶん一坪以下の物件だ。あまりに小さな店なので、思わず足が止まった。窓から中を覗くと、青い作業着を身につけた店主の鈴木豊さんと目が合った。

「合カギ はんこ ムトウ(港区芝浦3-11-9)」(筆者撮影)
「タワマンだけじゃない街ねぇ、たしかにここらへんはタワマンが増えていますね」
鈴木さんは小窓から顔を出して話を聞かせてくれた。
「私は生まれも育ちもここ芝浦です。私が若い頃は工場や倉庫が立ち並ぶ場所で、港湾労働者の人たちがたくさんいた。運河の脇には船が運んできた石炭の山があった。1丁目のほうには花街もあったらしいですね。そんな人たちを相手にした洋品店とか食堂、酒場が並んでいた。ここ20年ほどはビルが増えて、街の様子もかなり変わりましたね」(鈴木さん)
鈴木さんは窓から右手を差し出し、同じビルの1階に入っているチェーンの蕎麦屋「小諸そば芝浦店」を指さして続ける。
「昔はここで“バラエティショップムトウ”というわりと大きな金物や雑貨の店を商っていた。戦後間もなく、父が創業した店です。でも、今じゃこっちに引っ込んでハンコと合カギの店を、ビルの管理人と兼業でやってます。とは言え、店のほうはほとんどヒマで、仕事の中心は管理人業ですね」(鈴木さん)
そう苦笑いする鈴木さん。聞けば歳は70を超えているとのこと。ゆうゆうと年金暮らしの年齢だ。浮き沈みの多い人生だったのだろうと話を聞いていたのだが──。
鈴木さんは店舗兼管理人室から出てきて、7階建てのビルを見上げた。
「1991年にこれを建ててからもしばらく金物店は続けたんですよ。でも、時代の流れとともにやっていけなくなりましてねぇ。それでも、なんにもしてないと身体がなまるでしょ、だから今でもこうして働いてるんですよ」(鈴木さん)
──つまり、ビルのオーナーということ?
「そうですよ。この土地で生まれてこの土地で育ちました。ここらへんは商店会の活動が盛んで、毎年7月の“芝浦まつり”では2年に1度、各町内会が神輿を出して盛り上がります。今年は“うら”ですが、来年は本祭なので神輿が出る。毎年多くのお客さんでにぎわいますよ」(鈴木さん)
そんな話を聞いたあと、鈴木さんに「商店会のことなら、会長に聞くといいよ」と、紹介してくれた店を訪ねた。

オーナーの鈴木豊さん(筆者撮影)
魚がおいしい「諸国地酒銘酒処 芝の浦」
鈴木さんの店から歩いて数分の場所にある居酒屋「諸国地酒銘酒処 芝の浦(港区芝浦3-14-4)」のご主人である大野岳史さんは「芝浦商店会」の会長だ。
午後5時の開店と同時におじゃまして、刺し身の盛り合わせと、串焼きの盛り合わせを注文した。私は下戸なので、飲み物はいつものように烏龍茶だ。刺し身は新鮮でつまんだ箸先を押し返してくるようだ。つまには大葉の細切りが混ぜ込んであるなど、細かい仕事も嬉しい。焼き鳥はどれも大ぶりで、食べ応えがある。
タイミングを見て声を掛けると、店主の大野さんは快く話を聞かせてくれた。

「芝の浦」の店主で「芝浦商店会」会長の大野岳史さん(筆者撮影)

「芝の浦」刺し身の盛り合わせ(1人分1100円)(筆者撮影)
「この店は1987年からここでやっています。食べてもらいたいのはやっぱり魚ですね。毎日豊洲に仕入れに行っています。私が商店会の会長になったのは7年ほど前です。芝浦商店会には約110の店舗があって、ほとんどは飲食のお店です」
タワマン増殖で田町に起きた変化
タワマンが増えたことで、街にはどんな変化があるのか、大野さんは次のように話す。
「ここらへんはビジネス街だから、昼間の人口が多くて、夜の人口は少なかったんですよ。でもタワマンのおかげで夜間人口も増えているようですね。ファミリー層の数も急激に増えていて、2022年には芝浜小学校が新設されました。今後が楽しみな街と言えるでしょうね」(大野さん)
タワマンの増加に目を奪われがちだが、田町界隈の現実はもっと分厚い。駅の東西を歩くだけで、歴史も店の顔ぶれも人の流れもまったく違って見える。タワマンだけじゃない魅力が詰まった街だった。

朝夕のラッシュ時は乗降客でごった返すことで知られる田町駅。人の行き来を捌くために色分けされたコース指示が貼られている(筆者撮影)

慶応仲通り商店街、夜になると特ににぎわう(筆者撮影)

慶応仲通り商店街の人気店「ホルモン まさる」。行列の絶えない店だ(筆者撮影)

夜の「ホルモンまさる」(筆者撮影)
タワマンがある風景と歴史が交差する田町

勝海舟、西郷隆盛会見跡地(筆者撮影)

会見跡地にある西郷と勝のレリーフ(筆者撮影)

居酒屋「芝の浦」串焼き盛り合わせ(990円)(筆者撮影)

居酒屋「芝の浦」外観(筆者撮影)